夢物語を編ゆみし者
仲仁へび(旧:離久)
第1話 バス事故
その瞬間、視界がひっくり返った。
私の体は、あちこちにぶつかる。そしてかきまわされるようにぐるぐると回っていく。まるで洗濯機の中に入れられたボールにでもなってしまったかのようだ。
いくつもの悲鳴と絶叫が、一緒くたに私の耳をついてくる。
何度も私の体は転がった。何か渇いた物がへし折れる様な音がして、薄い金属が歪むような音がした。
しばらくそうやってされるがままだったが、やがて回転がおさまった。
しばらく痛みに呻き声を出した後、私は立ちあがった。立ち上ることができた。
あちこち確かめてみるが、奇跡的に無事だ。細かい傷はあるが、骨を折ったりなどして、動けなくなるような事態にはなっていないようだたった。
私は……バスガイドの
たった今事故が起きた。
仁科含め運転士や多くの人間が乗車したバスが。
それは中学生の生徒が楽しんでいた、修学旅行の際中に起きた。
三十四名の生徒を乗せた大型バスは運転手がハンドル操作を誤った結果、ガードレールに衝突。山合を走行していたことが災いして、崖下へと何十メートルも転落してしまったのだ。
「……っ」
体を動かせばあちこちが痛みを発する。動けなくはないが、体を何度も打ったことには間違いない。無理に動かせば、どこか悪くする可能性もあった。
けれど、恵子には確かめねばならないことがあった。
バスの車内をゆっくりと見回す。
横倒しになった車内には上部の棚に収容していた生徒達の荷物などがあちこちに散乱している。
荷物だけではない、人間も……。
「………………」
耳を澄ませるが、聞こえてくるのは自然の音だけで、声は聞こえなかった。
動くものも、……ない。
「皆、死んでしまったの?」
一人一人、確認していくが恵子は作業の半ばから諦めていた。生きている者は、誰もいない。生存は絶望的だと思った。
だが……。
「……っ、姉……さん、それは……ちょっと、気……早すぎ……るんじゃ、ないか?」
生存者が……いた。担任教師の下敷きになるようにして子供が倒れていた。
生存者がいたならば、恵子はやるべきことをやらなければならない。
少年の状態を見た後に、苦心してバス内を歩き回り、応急手当品が詰まった箱を取り出す。
今回の修学旅行が始まる前に、教師が持ち込んだという話を聞いていたからだ。
『うちのクラスは本当にお転婆な子が多くて』
そう言って、苦笑した人の好さそうなあの教師も今はもう生きてはいない。
人が死ぬのなんて、一瞬だ。
それで全てなくなってしまう。
これからの未来、一切合切が。
できる限るの手当て……傷口を消毒したり、動かせない腕を(これも、苦心してありあわせの物を探してきて)包帯で固定したり……をしていると少年が話しかけてくる。
「……なー、ガイドの姉さん」
「どうしたの?」
「皆は?」
恵子は目を合わせずに、力なく首を振って見せる。
それで分かったようだ。
「そっか」
何を考えているのだろう。
無性に気になったが、それより他にまだやる事がある。
再びバスの中を歩いて、自分の荷物であるハンドバッグを漁る。
中身から携帯を見つけて操作するが、少年に話す報告は芳しいものではない。
「駄目ね、圏外だわ。携帯は繋がらない。画面はつくけど」
「そっかー」
恵子は操作していた携帯をいったん電源を切って胸ポケットへとしまう。
時刻はもうすぐ夕暮れ、夜になったら灯りが必要になるだろう。
するべき事がなくなれば、途端に車内は静かになった。
無事だと言っても少年の体の傷はかなり重い。
動く事は出来ない様だったし、それならば下手に動かすこともできない。
会話はないままに、無言の時間が過ぎていく。
あるのは、自分以外の人間の呼吸音、そして車外の木々が風にそよいで静かに鳴らす、木の葉の音だけだ。
少年は何も言わずに、視線を真っすぐ向けたまま動かない。
時折り、心配になってそちらに視線を向けたくなるくらい、身動きをしなかった。
どれぐらいの時間が経ったのか、空が赤く染まり始めた頃。
少年が口を開いた。
「今から話をするから、ちょっと黙って聞いてくんねぇかな」
「……いいわよ」
そして今までの沈黙が嘘のように少年は話し始める。
一つの短い夢物語を。
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