第40話 魔族

「フフン、少しは使える奴が出てきたようですね。長々と虫けら共をいたぶってきた甲斐がありますねぇ。これで少しは楽しめるでしょう」


 炎の中から悠然と歩み出た人影は異形だった。


 二足歩行で腕が二本。しかしその腕は地に着きそうなほど長い。禍々しい意匠の鎧から伸びた異様に長い首の上に載った蛇のような頭と併せて人では無い事は歴然だ。


 余りにも普通に歩いてくるものだから俺は足元に転がる枯れ枝を炎の壁に投げてみると一瞬で燃え上がり灰となった。


「自分、何しとるん?」


 えっ?関西の方ですか?


「いや、普通に歩いてるから熱くないのかと思って確かめてみた」

「んな訳あるかい!魔物どもみんな燃えとるわ!」

「お前は熱くても平気なの?」

「フフ、私の強力な防御結界を抜けられる魔法などないのさ」


 あっ、戻った。


「ふーん、魔法の炎だから効かないのか。お前、魔族か?」

「ああ、そうさ。私は魔将が一、ザルタン。そう言うお前は何者かな?」


 何かカッコイイ名前だな。見た目はニョロ助で十分な感じなんだが。


「冒険者のジンだ。魔物を操ってけしかけてたのはお前だな」

「そう。せっかく集めた駒は全て燃やされてしまったようだがね。酷い事だ」

「襲ってこなけりゃ燃やす必要もなかったんだけどな。人族の領域に出しゃばらずに大人しくしておいてもらえないかな」

「勘違いしているようだが、私の結界すら破れないこの程度の魔法で何かできるとでも思っているのかい?」

「出来る事は色々あるけど、交渉は決裂でいいのかな。退く気はないと」

「フン、虫けら共の戯言など「分かった」


『ゴキッ』


「!貴様、何をした!」


 うん、しぶとい。首を折った程度じゃ死なないらしい。喋ってるし。


「私の結界を抜ける魔法など「煩い」


 目の前に『移動』して、逃げられないように腕を掴んで右ストレートを振り抜く。


『ブチッ』


 掴んでいた腕が肘から千切れ、ニョロ助が吹っ飛ぶ。


「馬鹿な!私が人間如きを相手にダメージを受けるなど」


 千切れた肘の先がボコボコと盛り上がり手が生えた。首も元に戻ってる。

 超速再生。〇ッコロかよ。


 スクラわがままに聞いた魔族を滅する方法は一つだけ。

 女神の力聖魔法の魔力で核となっている邪妖精を浄化するしかないらしい。

 手足を千切ろうが、頭を吹き飛ばそうが延々と再生するというのは本当だな。


 蒼い炎に抵抗レジスト出来るなら他の魔法攻撃も通すのは難しいだろう。

 魔法が結界で遮られるなら相手に魔力を叩きこむための手段は最も単純な手段となる。


 結界を抜けられる唯一の武器、己の肉体を使って直接魔力を流し込む。つまり、タコ殴りすればいいだけだ。


爆炎獄ラプトラ!」


『ドーン!!!』


 シールドの外が爆炎に包まれる。


魔鎖縛エビルレガート!」


 球形に形成されたシールドごと黒い鎖にグルグル巻きだ。


「その鎖はお前の魔力を吸い尽くす。いつまで耐えられるかな。トドメだ、天降邪槍フォールジャベリン!」


 黒い槍が空を埋めつくし降り注ぐ。


 シールドはそのままにして内側だけニョロ助の前まで『移動』と。

 前回の教訓で複数展開できるように練習しました。


 結界で魔法は通らないけどコイツはどうだ。両手を前に突きだし念じる。


『レンジ パワーMAX!!!!!』


「私に魔法は効かn…何だこれは!体が!私の体がー!!!」


 ニョロ助の体のあちこちがボコボコと膨れ上がり、内側から皮膚を突き破り白い煙が噴き出す。細胞が沸騰し逃げ場のない蒸気が暴れているのだ。骨も破裂する。

 部分欠損ならば再生できるだろうが体全体ならどうだ。


「グァー!そんな馬鹿な!私の結界で防げない魔法などあるはずがないぃ!!!」


 残念でした、超能力ですから。


 ダメージを受けながらも再生を繰り返して死なないニョロ助に手が届くところまで近づく。


 超速再生で死にはしないが、その体は半ばグズグズに崩れ動くことはできない。


「無駄だよ」


 眼球が破裂した顔を向け驚くニョロ助を無視して、はい聖魔力注入のお時間です。


 「無ー駄、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!」


 結界を突き抜け聖魔力を込めた拳の嵐をお見舞いする。


 おっ、胸の真ん中が小さく光ってる。コイツが核か。


「ホワァチョー、アタァー!!!」


 魔力を込めた渾身の貫手が光ごと胸を貫いた。


「ば、馬鹿な…こんな力が、ゴボッ…」


 ドロリと黒い血のような物を吐くとザルタンの体がサラサラと白い砂になって崩れていく。


 チッ、女神ワガママの計画通り魔族とはヤリ合うしかないのか。面倒な事になったもんだ。


 ザルタンの崩れた体の中から小さな光の珠が天へと還っていった。






Side ロベルト


 それは信じられない光景だった。


 魔物を呑み込み、一面に広がる青い炎。不思議な事に熱は感じない。


 中央の空白地帯に炎の中から歩み出る影がある。


 現れたのは見慣れた魔物とも違う異形の生き物だった。

 その姿を目にしただけで背中を冷たい汗が伝う。


(あれはダメだ。人が手を出してはいけない相手だ)


 ロベルトの騎士としての経験が全力で警鐘を鳴らしていた。


 距離を置いて向かい合っていたはずのジンが突然化け物の前に移動したかと思うと化け物が後ろに吹っ飛んだ。殴り飛ばしたようだ。ジンの手には千切れた化け物の腕が握られている。


 速過ぎる。ジンの踏み込みを眼で捉える事ができなかった。まるで瞬間移動したかのようにしか見えない。(正解です)


 あの場所での二人の攻防が理解の枠の外の出来事であることだけは間違いない。


 立ち上がった化け物の腕が一瞬で生えた。おかしな角度に曲がっていた首も元に戻っている。


『ドーン!!!』


 ジンの周りが突然の轟音とともに爆発して燃え上がった。

 それと同時に中空から湧き出した黒い鎖が炎を巻き込みジンに絡みつく。

 

 陽が陰ったので視線を上げれば上空には空を埋めつくさんばかりの無数の黒い槍が浮いていた。


 それは驚く間もなく鎖に絡めとられたジンに向かって降り注ぐ。

 視線を地面に戻した時、ジンは何故か化け物に拳を叩きつけていた。

 最後の一撃が化け物の胸を貫くと、化け物の体は崩れ、白い砂山になった。


(…終わったのか?)


 周りにあった青い炎もいつの間にか消えていた。


 魔法士ガリアンの言葉が脳裏に蘇る。


「これは私の知る魔法ではありません」




 うん、お前は正しい。






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