第38話 ラッシュ
飛び掛かる
しかしその奥の森の淵からは更に多くの魔物が途切れることなく滲みだすように現れる。
砦に入って四日目の事だった。
ミラの仕事もようやくひと段落しそうなその日の昼前に斥候隊が慌てて戻ってきた。
「来るぞ!二月前と同じだ!デカいぞ!」
二か月前に起こった侵攻は、いつもより魔物の数が多く強い魔物もいたせいで10名以上の犠牲者が出ていた。今回もそれと同じ規模だと言うのだ。
警報の鐘の音と共に現場に緊張が走る。
「騎士は隊ごとに準備を始めろ。整った隊から堀の外に展開して迎撃準備。魔法士の第一は訓練通り騎士隊に付け。第二は弓隊と一緒に防壁に上がれ。急げよ!」
ロベルトの腹に響くような大声の指示が飛ぶ。指示がハッキリと伝えられるのは指揮官の素養として必要な事だ。馴染んだ声が聞こえるだけで多少は落ち着ける。
俺は作業の邪魔にならないように砦の屋根の上から外を眺めていた。
「キースさんよぉ、俺たちも出た方がいいんじゃないのか?」
「いや、戦線が崩れるまでは余計な手出しはしない方がいいだろう」
「だが手前のコボルトだのオークだのは問題ないだろうけど、
ミノタウロスなんて迷宮の奥にいる魔物だし、トロールはそもそも何処にいるのかも分からない魔物で人を狙って襲う事は無いはずだ。どうやって集めたんだよ。
結局、砦にはミラの他に俺とマット、キースが残った。ラント達も残りたそうだったが空荷とはいえ馬車だけで街に向かう訳にもいかず付いていった。アレックスも帰りの荷物の手配のために戻った。
マットはてっきり酒飲みたくて街に行くかと思ってたのに残ったから理由を聞いてみたら「お前にくっついてた方が面白そう」だからだそうだ。
失礼しちゃうわ。
「しっかし迷宮もねえこんな場所に何でこんなに魔物がいるんだ?まるで
「森の中の様子が確認できていないらしいから、ひょっとすると新しい迷宮ができているかもしれないな」
そんな話をしている間も戦いは激しさを増していく。
騎士は基本的な条件として強靭な肉体と共に身体強化魔法が使えることが必須となる。それが無ければ重い鎧を纏い重い武器を振り回して長時間戦う事ができないからだ。ある意味、身体能力的には人間の限界を超えている選ばれた超人なのだ。
その騎士たちが斬りつけてもミノタウロスを傷つける事は難しいのだからその討伐難易度は高い。
今も一匹を四人の騎士が取り囲み責め立てているが、致命傷となる一撃は加えられずにいる。攻撃の手を止めれば巨大な戦斧で反撃される。
そこに砦から飛び出した一騎の騎兵が突っ込み、ミノタウロスの戦斧と見紛う程の大きさの両刃戦斧の一撃で首を飛ばした。
強っ。ロベルトさん強っ。黒い鎧で熊感が5割増しだ。
驚いてばかりはいられない。
司令官が前線に出て戦線を立て直す必要がある程度にはヤバくなってきているようだ。
騎士や兵たちの動きも鈍くなってきている。このままでは早晩、戦線は崩れて押し込まれるだろう。
「マット、ロベルトさんに一旦引いて体制を立て直すように伝えて。後続は俺が何とかするから」
そう告げると返事を待たずに肩を掴んで『移動』。
次の
「いきなりすぎるだろー!」
マットが何か叫んだようだが気にしないでおこう。
ロベルトはいきなり目の前に現れた冒険者の姿に馬を止める。
「マットといったか。こんな所で何をしている!」
「ジンの野郎が一旦引いて立て直せって言ってます。奴がやらかす前に退いた方がいい」
「やらかすだと。一体何をだ」
侯爵様からは好きにやらせろとは言われているが命令に従えととまでは言われていない。しかし現状が苦しいのも事実だ。途切れない魔物との戦いで騎士たちの疲れも見えてきている。身体強化魔法が使えたとしても、それにも限りは有るのだ。
そう言いながらロベルトは二日前の出来事を思い出していた。
ルカが気に掛けるジンの実力を知るために魔法士と仕合わせのだ。
相手をしたのは砦の魔法士№3のガリアン。冒険者を試すには十分な実力の相手だったはずだ。
その結果は『実力は分からない』だった。
何しろガリアンの多彩な魔法攻撃はジンに一切のダメージを与えることなく、ジンの攻撃は魔法障壁をいとも容易く貫きガリアンを吹っ飛ばしてしまったからだ。
その間にジンは右手の掌をガリアンに向けただけで詠唱の素振りすらなく魔力の流れも感じる事はできなかった。
助け起こしたガリアンの言葉が蘇る。
「これは私の知る魔法ではありません」
今なら一旦砦に退いても戦力を組みなおせば再び押し返す余力はまだある。
良かろう。この機会にその力、とくと見せてもらう。
「分かった。全軍に退却の合図を!」
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