「こんこん、失礼しまーす。こんにちは、初めまして。私と結婚してください」

肩メロン社長

ヤンデレ イン トイレ

「こんこん、失礼しまーす。こんにちは、レイくん。お忙しいところ申し訳ないんだけど、とても大事な話だからしっかり聞いてね。あのね、あのね、見てこれ。ねえ、これ何かわかる? ――そう、ラブレター! 残念ながらわたしからレイくんへの手紙ではないのだけれど、え? 今度書いて欲しいって? もちろんあなたのためならA1用紙で愛を綴ってあげたいのだけれどそんなことしたら寿命を全うしちゃうことになってしまうので、手紙ではなく直接鼓膜に届けてあげたい派のわたしからしたら手紙って非効率的なの。だからごめんね。それでね、話を戻すのだけれど」


「あの、ま、待ってくださいえっと……だ、誰ですかあなた?」



 素朴な質問だった。ドン引きするマシンガントークの羅列に比べたら、僕の質問は陳腐なものだろう。

 ちなみに返答は、乾いた平手打ちだった。



「……え?」


「年甲斐のある老害は、テレビを叩けば治ると勘違いして叩いていたらしいけれど……」


「ちょ、まって痛っ――やめて、ご、ごめんなさいやめてくださいっ」



 狭いトイレの個室内で、僕は初めて出会った女の子に平手打ちを何度も浴びせられていた。


 why、なぜ? ハハ、すごい古いネタが浮かんできた。というかなんで僕、ビンタされてんの? 謝ってんの?



「思い出した?」


「……は、い」



 痛いのは嫌なので、とりあえず頷いておく僕。



「ふふ、意外と効果てきめんみたい。レイくんって女の子みたいに泣くんだね」



 ヒリヒリする、というよりかはアイロンを押し付けられているかのような熱さと痛み。


 涙をボロボロとこぼす僕の目元をハンカチで拭う眼前の少女は、整った顔立ちを歪めるように破顔した。


 ところで、僕の涙を拭っているそのハンカチ。酷く見覚えがあるのだけれど気のせいだろうか? 僕が高校受験の日に失くしたはずのハンカチとそっくりな気が。



「じゃあ話の続きをしたいのだけれど……この牝(メス)、知り合いかな?」



 一度クシャクシャに破り捨てられ、セロハンテープで雑に補修された一枚の紙を見せつけられて、僕はその見覚えのあるきれいな字に、名前を見ずとも誰が書いたのかを悟った。


 コクリとうなずいた僕の腹に膝がきれいにハマった。


 昼飯のおにぎりとサラダが混ぜ合わさったかのような吐瀉物が、便座のしたに撒き散らされる。



「レイくん、大丈夫? 気分悪いの?」



 鳥肌が止まらない。恐ろしくて声すらでなかった。



「保健室に行く? 大丈夫、今の時間帯って先生いないから」



 何が大丈夫なのかはわからないけれど、とりあえず僕は首を横にふった。


 痛みと混乱と恐怖で、ろくに思考がまわらない。


 えと、なんで僕はここにいるんだっけ? ――そうだ、授業があまりにもつまらなさすぎて旧館のトイレへサボりにきたんだった。


 ということは今は授業中で、ここは人気のない旧館で。


 相討ち覚悟で叫ぼうにも、誰も助けにはきてくれないという結論が導き出されてしまった。



「そっかあ。残念。まあでも、ここで十分だよね。ちょっとゲロくさいけど。しっかり掃除しておいてほしいよね。いくら旧館で誰も寄り付かない、かつ誰も使用しない立ち入り禁止のトレイだからって、手抜きはよくないよね? そう思わない? レイくん」



 己の考えを再確認させられた僕の膝は、ガクガクと震えていた。まるで真冬の中で行う筋トレのように、今にも壊れてしまいそうなほどに。



「レイくんの下駄箱にね、この牝がこんなものを入れてたの見ちゃったんだ。許せないよね、ていうか気持ち悪くない? あの子ぜったいストーカーだよ、メンヘラだよあれ。人の所有物に欲情する牝犬だよ。いや牝猫かな? どっちでもいいけど、とりあえず鉄パイプでおとなしくさせといたんだけれど、その間にね、あの牝牛、こんなこと言ってたんだ」



 耳にかかった髪を指先でくるくる巻きながら、少女は酷く冷めた瞳で僕を見下した。



「『レイくんはあなたのものじゃない。わたしと両想いなの。付き合ってるのよ愛し合ってるの』って、なんかうわ言のように繰り返してたから、口に肥料詰めてきたんだけど……大丈夫だとは思うけど、信じてるけどやっぱり彼女からしたら不安になるじゃない? 彼氏が浮気してるかもしれないって――信じてるけどね? ほら、それを確かめたくってここに来ちゃった」



 まず第一におまえは僕の彼女ではないし、名前も知らないクソ女だよ。しかもそのネクタイの色、僕の一個下じゃねえか。混乱しすぎて気づかなかったぞ。


 そして第二に、僕に恋人はいないし、そもそも口に肥料を詰め込まれた手紙の差出人は僕の妹であってそういう関係になったことは一度もない。一度もないぞ。



「ねえ、正直に答えて欲しいな? レイくん、わたしのこと好き?」



 どう答えるのが正解なのだろうか。

 好きになるわけないし、むしろこんなことしておいて好きになるほうもおかしい。


 

「あはは、即答しないとダメだよレイくん」



「あぐっ」



 平手の次はグーが飛んできた。目の奥がチカチカする。


 筋繊維以外傷付けたことがない僕なのに。

 どうして見ず知らずの女に暴力を振われているのだろう。


 

「隙ありっ♪」


「あ———」



 可愛らしい掛け声とともに突き立てられたのは、注射針だった。

 早々に、意識が朦朧としてくる。

 


「大丈夫」



 だから、何が大丈夫なんだよ。



「月並みな言い方になるけど、むしろ一周回って陳腐な言い回しになってしまうのは何故だろう。とにかくあなたのことは、私が一生をかけて愛し抜きます。結婚してください。大好きです、私と付き合ってください」



 首を横に振る前に、クソ女が僕のあごにアッパーを食らわせた。

 そして何故か大喜びするサイコ野郎。


 多分、側から見れば頷いたように見えたのかもしれない。


 意識を閉ざしながら、僕は死にたいと思った。

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「こんこん、失礼しまーす。こんにちは、初めまして。私と結婚してください」 肩メロン社長 @shionsion1226

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