黒髪少年を弟にした。彼はパンと私をよく食べる。

蹴神ミコト

私の夢はパン屋さんだった



 私はかつて竜に滅ぼされた町の唯一の生き残り。



 当時、9歳の私は町の外れ、いや町の外の山中にある倉庫へと小麦の袋を取りに行っていた。

 この頃から私は戦士の才能があったらしく、同世代の子供よりずっと力持ちだったのだ。


 小麦の大袋を持ち抱えて家へ運ぶ。それが私の日課だった。私の家は人気のパン屋さんでこれくらい1日で使い切ってしまうのだ。

 戦士の才能があるなんて大人は言っていたけれど私はお父さんやお母さんのようにふっくら幸せなパンを作れるパン屋さんになりたかった。



 ある朝、倉庫について扉を開けようとした時のことだった。

 後ろ、町の方から悲鳴が聞こえた。この倉庫は町からも距離があるので町の声が聞こえるなんて珍しかった。それも悲鳴。

 恐る恐る後ろを振り向くと、町の反対側に大きな大きな竜が空を飛んでいた。


 竜、太古の昔にはたくさんいたけど今では1頭しかいないと言われている死の象徴。

 どうして竜が減ったのかなんて誰も知らないけど、みんな知っているのは…見かけたら死ぬことだ。

 竜を見て生きてられるのはAランク上位の冒険者、詩人たちに何度も題材にされるような一流の戦士くらいなものだ。そんな一流でも死を覚悟して逃げる存在が竜。



 竜の方を見ながら逃げた、視界を埋めつくすように世界が赤い炎で埋まっていく。私は余所見のせいで井戸にぶつかって衝撃、その後浮遊感、からの水に叩きつけられるように落水。私は井戸の底に落ちた。

 でもそのおかげで生き残れたんだよね。私以外は全てブレスに焼かれてしまった。人も畑も建物も。まあ、私も生き埋めになっちゃったけど。


 赤い炎の次に見えるのは真っ暗な暗闇だけ。




 何時間か何日かわからない時間が真っ暗の中で過ぎた。

 体は痛いしお腹は減るし。水の中で体は冷えるし。ああ、死ぬんだなって思った。


 暗闇に光が入って、助けてくれたのが師匠。元Aランク冒険者のラッセル爺ちゃんだった。

 爺ちゃんは私を弟子として、孫として受け入れてくれてそれから5年…私は先日、14歳にしてBランク冒険者になり、それを見届けるようにして爺ちゃんは息を引き取った…






 爺ちゃんが亡くなって半年もしないうちに『竜に襲われた町の生存者探し』の依頼がギルドに舞い込んだ。もちろん私は即座に動いた。

 


 駆け足で町の外に出て魔道装備を起動する。

   ≪飛行≫≪風よけ≫≪加速≫≪中容量充填魔石接続≫



 こんな時のために貯め込んだ魔力だ。5年間ちびちび貯蓄していたけど全部持ってけ!!


 自前の魔力では連続20秒と持たない接近戦用装備だけど貯め込んだ魔力量で強引に空の旅をする。

 お願いだから誰か生きていてと願いながら私は空を飛び現地へと翔けた。



 現地はそれはもう酷い有様だった。かつて建物だった真っ黒な木材とがれきの山。

 5年前の記憶がフラッシュバックする、怖い。怖いけど、今助けを待っている人もきっと怖いのだ。頑張る。あの時の爺ちゃんのように。


 魔石に蓄えた残りの魔力で広域に生命探知の魔法を広げる…反応が無い、もっと、もっと広く………人間の反応、1つ!!生きている!!



 反応があったのは町はずれの井戸の中から。家の壁だったモノで上が塞がれた井戸。中にいたのは9歳の黒髪少年。唯一の生き残り、井戸の中、9歳。私と類似点が多すぎる。



 だから私、Bランク冒険者アリサが9歳の少年、ドーガを弟として迎え入れたのは自然な事だったと思う。なお、他の井戸の中を念のため全て確認した所。多くの死者を発見した。ブレスの有効射程の差なのだろうか。









「ドーガ、剣の振りは最初はとにかく大きく振ればいいよ。小さく振るのは慣れてからでいい」

「はい、アリサさん」



 ドーガを引き取って半月が経過した。やっと会話ができるようになってきたもののドーガは暗いままだった。親を亡くし故郷も滅んでまだ半月なので仕方ないといえば仕方ない。

 時間が解決するならいいけれど、それは放って置くって意味ではない。これからは私が家族になって立ち直らせてあげねばならない。よし。



「ドーガ。私の事はアリサさんって呼ぶの禁止ね。お姉ちゃんって呼びなさい」

「…はい、お姉ちゃん」



 うーん…大丈夫かな?反応が鈍い。自意識が薄いというか…自分の思いをしっかり口にできるようになってほしいね。


 私には爺ちゃんのような包容力は無かったのでとにかくいっぱい構って、世話をして、稽古を付けて、愛情を注ぐ決意をした。

 ドーガを一人前に育てて、幸せにすることが爺ちゃんへの恩返しにもなると思うし全力で頑張ろう。


 そして愛情といえばパンだ。幸せの味がするパンを作ろう。

 実家では『大特価!未熟者の娘が作ったパン』なんて売り出されてたけどそれはお父さんお母さんのプロ意識が高かっただけで本人たち曰く及第点ではあったそうだ。

 噛んだ瞬間に口の中にふわっと味が満ちる、噛んだ弾力が心地いい。それが実家の、今は私だけが作れるパン。


 今でも作っていてお世話になった人にはお礼として渡しているパンを…食べたドーガは泣いた。私のパンも心を動かせるくらいの域にはこれたのかな。9歳で人気パン屋の店頭に並ぶパンを作れていけどお父さんとお母さんの域まではまだ足りない。もっと美味しく作れるようになりたいな。



「私の家はパン屋さんでね。私も大きくなったらパン屋さんになりたかったんだ。でも、誰かを守れる力が欲しくて拾ってくれた爺ちゃんに鍛えてもらった。そのおかげでドーガを助けられたんだ。ドーガも、もしよかったら強くなって誰かを守れる男の子になってほしい」



 今までは体を動かしている方が気分が紛れるだろうからって理由で稽古をつけていたけど、この日を境にドーガは熱心に稽古をするようになっていった。



 稽古はいいけど、愛情を注ぐってのがどうすればいいかピンと来なかった。親の愛、爺ちゃんの愛はあったけど姉弟愛とか年の近い男の子にどう愛をあげればいいのか…うーんずっと傍にいてあげればいいかな?




「今まで色々作ったけどドーガは嫌いな物ある?無いの?偉いね、今日はかぼちゃのスープだよ」


「ドーガ!ほら髪の毛ちゃんと拭きなって。お姉ちゃんが拭いてあげるね」


「え、パンを作りたい?いいよ教えてあげるねドーガ!」


「今日はドーガの冒険者デビューだね!うん、皮の鎧も似合ってる!カッコイイね!」


「ふぁ~ドーガ…寒いから一緒に寝よ…身長も伸びてくっつき甲斐があるなぁ…」



「ねぇドーガ、今日は町でナンパされちゃったの。さすが私の魅力だよね~…ど、どうしたの怖いよドーガ?」


「どーがっ、だいじょうぶ、だからっ、ナンパはすぐにことわったからっ、もう、やめっ──」










「Sランク冒険者ドーガ様!ああああ握手してください!わぁ!Aランクのアリサさんもいる!お2人ともお願いします!」

「おおお!ドーガ様にアリサさん!!」


 ドーガを拾って8年。17歳になったドーガは私たちの故郷を滅ぼした竜を倒し英雄として扱われていた。それ以降竜による被害は確認されておらず、平和な世界がやってきたのだ。

 現在ドーガは17歳、身長は2mを超える体躯。竜の首を断つ豪剣。Sランク冒険者筆頭と呼ばれるまでになった。


 私は現在22歳のAランク。身長はドーガより頭2つは下だ。実力も下。

 さらに最近は──



「すまないがアリサの握手は女の子だけにしてくれるかな?」



 人前でも呼び捨てである。

 最強の冒険者、成長して黒髪イケメンに育った我が弟は私を呼び捨てにする。姉の威厳はとうに消えた。

 くっそうイケメンめ。


 街中でドーガにぐいっと引き寄せられて、彼の腕に抱きしめられる。なんだこれ?私がまるで妹のようじゃないか。

 くっそう大きく育ちやがって。上背も下も大きくて大変だよ。


 冒険者は人気商売でもあるので適度にファンサービスをして家に帰った。疲れたー。

 疲れたからドーガに膝枕してもらお。あー膝枕から頭撫でてもらうの癒される~。

 ソファーに座るドーガの膝に寝転ぶ。最近の私の指定席だ。



「こうしているとアリサがペットみたいだなぁ」

「ドーガは姉への敬意が足りないと思うんだ…あ、ちょっと、のど元やめっ、あっ」

「はいはい、可愛いお姉ちゃんですねー」

「馬鹿にして、もう!」



 こうやって仲の良いやりとりができるのは嬉しい。いじわるなのは仕方ない。夜もそうだし。

 それにしても主導権をほとんど奪われてしまったのは悔しい。昔は私が世話を焼いていたのにすっかり甘やかされてしまった。


 ドーガの膝から起きてキッチンにあった私の作ったパンを食べる。うん、今日も良くできている。作りたてじゃなくても美味しい。

 はぁ…ドーガとの上下が逆転してしまった関係は別にいいんだけど早くプロポーズしてくれないだろうか?なんでプロポーズしてこないんだドーガは?




 ……まさか私の事、体だけの関係だったりしないよね?




 いや、でも聞くの怖いな…捨てられちゃったらどうしよう…せ、世間話でも振ろう!

 


「ドーガは今度、EXランクになるじゃん?世界を救った専用英雄クラスだーって。今後の冒険者活動はどうする予定?」

「え、引退するけど」

「聞いてないよ!?」

「驚かせたかった」



 ドヤるな!ビックリしたよ!!



「もう竜も倒したし人類がどうしても勝てないってくらいの厄災は消えたんだ。もう冒険者はいいよ」

「引退したらどうするの?」

「あー…その…」



 すっごい言いづらそうにするドーガ。近年ではなんでもスッパリ言う彼にしては珍しい。お?もしかするとこれは──



「ねえ、ドーガ。男らしく言ってほしいな」



 うん、男らしく言ってくれたら完全に上下関係つくけど…私はあなたにずっとついていくよ。

 顔を赤らめたドーガは言う覚悟を決めたのか…目をそらしながら呟くように言った。



「俺さ…アリサと一緒に、パン屋さんをやりたい」

「だめ、むり、」


「えっ、アリサ…」

「むり、萌え死ぬ…」



 お前カッコよくプロポーズ待ってたらなんだよ可愛すぎかよ!!

 今もパン作ってるしドーガの好物だけど!私がパン屋さんになりたかったって言ってたの覚えていたの!?



「ばーか、ばーか、ばーか…最高のプロポーズよ…」

「じゃあ俺と一緒に引退して、一緒にパン屋さんやってくれるか?」

「ずーっと一緒ならいいわよ…」


 がばっと抱きしめられた。うん一緒にずっとパン屋さんやってこうね。そうか、ドーガは人類だけじゃなく私の夢まで守れる男になったのか。



 やっと手に入った平和な世界でドーガと一緒に、ふっくら幸せなパンを今日も焼く。

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黒髪少年を弟にした。彼はパンと私をよく食べる。 蹴神ミコト @kkkmikoto

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