金具

福田 吹太朗

金具(HOOK)


◎人物


・37241101,011090・・・一番若手の派遣工。仕事が出来る。

・11H10571GQ2471・・・少し肥満気味の、楽天家。

・810LR71Z5N7510・・・反抗的で、いつもピリピリとした雰囲気の男。

・7N10KM12CH8101L・・・年長の派遣工。気が弱い。

・64G411085N510D・・・自分より立場が上の者に、よくおべっかを使う男。

・B22JBN8KNQ171DS・・・後から来た、男性工員。

・WT405922UN2NGN4・・・後から来た、女性工員。

・MN148A・・・彼らを監視する、管理者。






・・・ここは、都会の町ならばどこにでもありそうな・・・とある、工場であり、その中では今日も・・・数多くの工員達・・・大部分は派遣工であったのだが・・・時折、汗を拭いながら、必死に、何かの部品、を組み立てていたのであった。

 それは・・・実のところ、本当に彼らにはそれが一体何の部品であるかは分からず・・・全く馬鹿げた話ではあったのだが・・・そうしてそれが一体どうやって流通し、消費者の元へとどういったルートで運ばれ、そもそもどのように使われているのかさえ分からなかったのであるから・・・余計な詮索などをする者すらおらず、もしかしたら、彼らのうちの誰かしらが‘ソレ’を実際に使用しているとか、あるいは今現在この職場に持って来ている者が存在する事でさえ、完全には否定は出来ないのであった。

しかしながら・・・実のところ、彼らには仕事中にそういった事を詮索する余裕などは無く、ただただ、目の前に引っ切りなしに流れて来るその‘部品’を組み立てる事しか出来ずにいたのであった。

 そして更に悲劇的というか、衝撃的ですらあるのだが、彼ら自身には・・・名前・・・というものが無かった。・・・いや。厳密に言うと、名前はあったのだろうが、ここでは、工場の中では名前などでは決して呼ばれずに・・・大概、12〜20桁ぐらいの、シリアルナンバーのようなもので呼ばれていたのであった。


 ・・・そのうちの一人・・・37241101,011090・・・は、彼は他の派遣工達に比べればかなり若く、歳下ではあったのだが、仕事振りが真面目だったのと、常に歳上の人間に対しては、敬意というか、一歩下がって譲るかのようなところが見受けられたので、仲間達からは信頼されていたのであった。そして何より、作業のスピードが速く、正確でもあった。

彼がその日も生真面目に、部品、を組み立てていると、割とよく隣にいる、彼よりはかなり年長の・・・7N10KM12CH8101L・・・が、何気なく、しかしながらおそらく単調な作業に飽き飽きとしていた所なのだろう・・・? ・・・話しかけたのであった。

「・・・なあ、最近はどうだい・・・?」

「どう・・・って言われましても・・・」

「まあ、ボチボチってとこかね?」

「ええ・・・まあ・・・そんなトコですかね・・・?」

すると今度は・・・3724・・・の逆側の隣で全く同じ作業を繰り返していた・・・810LR71Z5N7510・・・が、彼はどちらかというと、反抗的というか、割とよく愚痴やら不満をぶちまけるので、管理者・・・これはつまりこの工場の、そして彼らのいる部所の責任者でもあったのだが、によく注意されたり、時には叱責されたりするのが常なのであった。

「何も良い事なんか・・・ありゃしないよな? ・・・な?」

と、まるで念を押すかのように・・・3724・・・に言うのだが・・・彼は両側からほぼ同時に少々言葉に窮することを言われたので・・・ほんの一瞬だけ、手が止まってしまったのであるが・・・その彼より、数メートル離れた場所で作業をしていた・・・11H10571GQ2471・・・というシリアルナンバーを付けられた、少し丸っこい体型をした、人懐こそうな人物が・・・彼は楽天家で通っているのであった・・・思わず作業の手を止めて、

「・・・そんな事、同時に言われても困るよなぁ? ・・・なあ?」

・・・372・・・は、作業の手が止まる事は、非常にマズい、事であるのは承知していたのだが・・・11H10・・・だけが注意を受けるのは気の毒であると、咄嗟に判断し、まるで答えを考えるようなフリをして、彼自身もほんの数秒だが・・・手を止めたのであった。

すると案の定・・・

「・・・オイ・・・! そこの二人・・・! ・・・37241101カンマ011090・・・と・・・11H10571GQ2471・・・手を止めるんじゃない・・・! サボるんじゃない・・・! 作業を続行したまえ・・・!」

と、管理者のまるで機械で喋ったような声が、天井の付近から、スピーカーを通して、辺りに響き渡ったのであった。

「・・・ホラ、言わんこっちゃぁない・・・お喋りはほどほどにしないと。」

と、まるで同僚が叱られたのを、同情するどころか、逆にまるで楽しんでいるかのように・・・彼は実際、管理者によくゴマをするので、仲間内からはあまり好かれてはいなかった・・・64G411085N510D・・・が、作業の手は止めずに、皮肉ったのであった。

「・・・お前は黙ってろよ・・・! ・・・いつかブチのめしてやるからな・・・!」

と・・・810LR71Z・・・が、逆に怒りという油が注ぎ込まれた火の様に、作業のペースは一段と速くなっていたのであった。

一方、管理者に叱られて・・・11H10571・・・は反省するどころか、どこかでしっかり監視しているであろう、管理者に向かってあさっての方向へと軽くお辞儀をしてから、舌をペロッと出して、どこ吹く風で作業を再開したのであった。

これら一連のやり取りを横目で見ながら、事の発端を作ってしまったと感じた・・・7N10KM・・・は、引け目を感じたのか、又、これらの人間達の中では彼が一番歳上であるという事もあったのだろうが、

「・・・済まないなぁ・・・俺が話しかけたのが悪かったんだ・・・」

「いえいえ・・・」

と・・・3724・・・は決して彼の事は非難はしなかったのであるが、

火のついた状態であった・・・810LR・・・が・・・64G411085・・・に向かって、

「・・・ごちゃごちゃ言うんじゃない・・・! この・・・ゴマすり野郎め・・・!」

「・・・ひょっとして、それは俺の事かな・・・?」

と、逆に職場の雰囲気は悪くなる一方だったのだが・・・そこで、ちょうどお昼休憩のチャイムがけたたましく鳴り響き・・・彼らは一息ついて、そうしてやっと、作業の手を休める事が出来たのであったが・・・こういった事は、実はここでは、この生産ラインでは割と、日常茶飯事の出来事なのであった。


・・・一方・・・とある周りを一面の透き通った透明な壁に囲まれた、しかし外部から見ると、それは一体どのようなテクノロジーで出来ているのかは、皆目見当が付かなかったのではあるが、全く普通のパッと見ただの壁に見えて・・・マジックミラーですらなかった・・・しかも少し高い位置から見下ろす様に、その人物、つまりはその区画の管理者は、実は彼自身もシリアルナンバーで呼ばれていて・・・それは・・・MN148A・・・というものであったのだが、そもそも管理者自身が、番号を割り振られて管理されている事自体、一体誰が誰を管理していて、されているのかが、まるで謎といえば謎なのであった。

・・・ともかくも・・・管理者MN148A・・・はその区画全体を良く見渡せる、部屋にほぼ一日中、少なくとも工場が稼働している間じゅうは、ただ事務椅子に腰掛けて、時折コーヒーなどを飲みながら、たまに椅子の金属部分のギィッと軋む音だけが、そのモニタリングルーム・・・正式名称ではそう言うらしい・・・で、たまに気になる事があると、それも工員達には一切分からない様に巧妙に見えない技術になっていたのだが、カメラをズームさせて・・・そしてそれは決まって彼の場合、サボっているのかいないのかのチェックが殆どだったのである。

ともかくも、文字通り、高みの見物、とでも言わんばかりに、何せ、管理、するのが彼の仕事であった訳だったので、決して楽をしているとか、怠けているという訳ではない・・・少なくとも彼自身はそういった解釈で、日々の、業務、に励んでいる心づもりなのであった。

そして時折、大体は1時間ごとか、作業の内容によってはもっと細かく、30分ごとに作業の進捗状況を記録するという、単調ではあるが、極めて重要な、もしも何かあった場合に、仮にそれを怠っていたりしたら後々厄介な事になりかねない(つまりは彼自身のクビが飛びかねない)実は非常に気の抜けない業務なのであった。


 ・・・やがて、それは時間にしたらあっという間の出来事のようだったのだが、皆が心待ちにしていたお昼休憩は瞬く間に終わりを告げ、午後のけたたましい、まるで皆の心を急かすかの様な、実際、誰も口に出しこそはしなかったのであるが、皆一様に、心臓の鼓動が幾分か速くなるかの様な気さえしていた、そのけたたましい音がまだ終わらぬうちに自分のいるべき配置につくと、午後の、作業、が始まったのであった。

そしてそこからは殆どノンストップなのであった。

誰かが・・・おそらくそれは管理者なのか、はたまた、自動的に時間になるとスイッチが入るのか・・・とにかく、ベルトコンベアのウ〜〜〜ン・・・というまるで数字が3つ入った獣が唸るかの様な、重く、おそらく精神的にも肉体的にも、心地良いと感じる者など皆無であったろう、それが始まると、まるで地獄の番犬のケルベロスに追い立てられるかの様に、ただただもう、手を動かすしか、他に術は無かったのであった。

しかし、作業が始まってすぐに、まだ午前中のわだかまりが胸の内にくすぶっていたのか・・・810LR71Z5N7510・・・が・・・64G411085N510D・・・に向かって、もちろん作業の手は全く止めずに、

「・・・おい。お前、この間も管理者と何か廊下でコソコソと話してただろ・・・? あれは一体何なのでしょうね・・・?」

・・・64G4110・・・は、それを聞いても動揺するどころか、却って逆にまるで嬉しい事かの様に、ニヤニヤとしながら、

「・・・さあ? ・・・何のことです・・・? ・・・ああ。ただの世間話ですよ。そういった話はした事はしましたケドね。・・・そういう話はしませんか・・・? それすらも・・・ここでは禁じられているんでしょうか・・・?」

と、全く気にする様子すら無かったのであった。

実際、ここでは禁じられている事が多かった。・・・いや。多過ぎた、と言うより、むしろ許可されている事の方が少ないと言った方がいいのではないだろうか・・・?

アルコールはもちろんの事だが、タバコも決まった場所で、それも一人1日三本まで、そしてコーヒーも・・・管理者は飲みたい放題飲んでいるのにも関わらず、インスタントの、決まった銘柄の、それもただ苦いだけで・・・これが薬か何かならば、ちょっとはご効能でもあったろうが・・・砂糖も一回につき一人小さじ一杯までと厳格に決められていた。

それから・・・挨拶程度の私語以外は基本的には禁止、最も、これは守っている者は殆どおらず、と、言うより、むしろ作業中の方が何かブツブツ呟いていた方がテンポに乗れる者も少なからずいて、先程のように雑談の様なものを交わす者は・・・7N10KM12・・・のようにたまには存在したのであるが・・・それももちろん作業の手を止める事は一切ご法度なのであった。

そして・・・これが一番厄介というか・・・工員達にとっては、いまだにそれがなぜなのかは分からずに、しかしながら最も厳密に守られていたのであるが・・・一切のプライベート的な事、情報・・・それも挨拶やら世間話程度のことなら許されるのだろうが、私的な事に、踏み込むような質問をする事さえなぜだか、固く禁じられていたのであった。

そして・・・それを破った者はもちろん過去にはいたのだが・・・その次の日から・・・その工員の姿はまるで煙のように消え失せ、初めからそのような人間などいなかったかの様に、ただ平然と、黙々と普段通りの作業が日々続いていて・・・工員達はそういった事をごくたまにではあるが、目にしていたので、それが暗黙のルールのように、一番浸透しているといっても過言ではなかったのであった。

 そうこうするうちにも、またチャイムが・・・今度のはお昼の時程のけたたましさではなく、若干控えめではあったのだが・・・それは3時きっかりに決まって鳴り・・・要するに、これは決して管理者達の温情などでは決してなく、ただ単に、途中で小休止を入れねば、終盤に近付くにしたがって、疲労によって、作業の能率が落ちてしまうが故に、取られるやむを得ない措置なのであった。

そして・・・それは決まってあっという間に終わり・・・何度聴いたかは分からない、始業の合図のチャイムがやかましい程に鳴ると・・・工員達は自分達の持ち場へと、又すごすごと戻って行くのであった。


 そして・・・彼らが待ちに待った・・・終業のチャイムが、まるで今度は先程までのとは対照的に、聞き漏らしてもいい、何ならぶっ倒れるまで作業を続けたっていいんだぞ?・・・というような脅しとも聴こえるぐらいの微かなヴォリュームで・・・もちろんそのように受け取る人間はここには一人たりとも存在はしなかったであろうが・・・そうして皆無言で・・・それは従順さを管理者に示す為では決して無く・・・ただ単に疲れ切っていて、言葉すら出て来ないだけなのであった。


 ・・・作業が終わると、派遣工達は、作業服の上着だけを脱ぐと、自分のロッカーの中のハンガーに掛けると・・・大概の者は自分の、個人の持ち物である似たような色調の、ジャケットだけを羽織って・・・そしてそれにはなぜか、背中の上部の所に僅かばかり穴が空いていた・・・その日1日の仕事がようやく終わった工員達は、工場の敷地内の、外に出た所のちょっとした広場のような・・・とは言っても、決して広くはなかったのだが・・・そうして皆、ほぼ直立不動のまま、並んで何かを待っているのであった。

ほどなくして・・・一台の、トラックがやって来て・・・その後ろに積まれたコンテナのような直方体のツルツルとした‘箱’が開くと・・・中から、一本の、先端にカギ状になったフックの様な物が付いた、金属製のアームが・・・これまた決して耳に心地良いとは言えない、ギリリリィィ・・・という様な、形容し難い音を立てながら、アームの中からはチェーンが伸びて来て、一人一人の工員達の方向へと向かって来たのであった。

そして・・・驚いた事に、その‘フック’は、まるでロボットアームの様に巧みに操られているのか、はたまた、自動的に正確な位置にセッティングする様にプログラミングされているのか・・・一人ずつの工員の背中の上部まで行くと、ピタリと止まり・・・そうして、そのほんの少しだけ空いたジャケットの穴の、実はその中には小さな輪っかの様な‘金具’が付いているのだ・・・それを極めて正確に捉えると、フックはガッシャンとやや重たい音を立てて、工員の身体は空中へと一旦、ブラリンと吊り上げられると、そのままトラックの後方のコンテナの中へと・・・正確に吸い込まれるようにして運ばれて行くのであった。

・・・そして、一台のトラックの中に決められた数だけ、収容、されるのに正味15分から20分程・・・そうしてトラックのコンテナの中では、同じ様に壁に取り付けられた、フック、に人々は吊り下げられて、揺られながら、家路へと着くのであった・・・。

トラックはおそらくその工場群の全人数分、もちろん、下っ端の工員がそれが何台あるかを数える事はほぼ不可能に近かったが、全ての人数を収容すると、やがてそれとまるで呼応するかの様に・・・夜の帳が下りて来て・・・そうして工員達、工場の1日は終りを告げるのであった。


次の日の朝も、普通に平日であったので、続々とトラックが・・・無論の事、派遣工員達を何名も載せて、工場へと運んでいたのであった。

工員達は・・・トラックのコンテナの中で、フックに吊るされながら、時折大きく揺られる事もあったのだが・・・彼らは規則正しく、全員が同じ方向に、同じような振り子運動を同じリズムで繰り返しながら、しかし確実に、工場へと運ばれて行ったのであった。

そして、工場内の昨日と全く同じ場所で今度は、収容、された時とは全く逆の順序で、トラック後部のコンテナの中から、朝の陽光を浴びて、シルバーメタリックに鈍く光ったアームがギリギリィと伸びて出て来て・・・もちろんその先端には、フックに吊るされた工員達が、ぶらりぶらりと揺られながら、ゆっくりと下りて来たのであった。大概はやや乱暴にぞんざいに下されたのだが、中には運良く丁寧に扱われる者もいた事はいたのであった。


そうして・・・また今日も、工場の、退屈で単調だが、目まぐるしく慌ただしい1日が始まったのであった。


・・・37241101,011090・・・達のラインも又、あの嫌なチャイムの音と共に、ベルトコンベアがグゥ〜ンと動き出し・・・否が応でも働き始めるしかないのであった。

工員達は今日もせわしなく、息つく暇もないままに、しかし腕だけは動かしながら、ひたすらまるで、彼ら自身がベルトコンベアのような機械の一部になってしまったかのように、部品として組み込まれてしまったかのように、ただ黙々と・・・作業を続け・・・そして又、その日1日の作業は終わりを迎え・・・帰宅の途に・・・しかし実のところ、今日も・・・810LR71Z5N7510・・・と・・・64G411085N510D・・・との間には一悶着あったのだが・・・しかしいつものように、双方とも作業の手だけは一切止めなかったので、何も問題にはならず・・・しかし実は、いつも細かいところに気が付く・・・37241101,011090・・・にとってみれば、むしろ・・・7N10KM12CH8101L・・・が、歳のせいもあるのだろうか・・・? 少し咳をして、ほんの少しなのであるが、苦しそうな表情をしていた事が、妙に気になっていたのであった。

そうして彼らは又いつものように・・・穴の空いたジャケットを着込み・・・工場の外に立って並んでいたのであった。

と、そこで、たまたま・・・37241101,011090・・・のすぐ後ろに・・・7N10KM12CH8101L・・・がその日は並んで立ってトラックを待っていたので・・・3724・・・は思い切って訊いてみたのであった。

「あの・・・僕の勘違いだったらすみません。・・・もしかして・・・どこか・・・体調とか・・・?」

「エ・・・?」

始め・・・7N10・・・は驚いた様子だったのだが、少し声を潜めて、

「・・・いやあ、キミはいつも良く見ているねぇ・・・いや何、特にどこが、ってワケじゃないんだけどね・・・私も歳かねぇ・・・最近ちょっとだけ息切れが・・・ハハハ・・・でも、仕事に一切支障は無いよ?・・・無いからね?」

それを聞いて・・・3724110・・・は少しだけ胸を撫で下ろしたのだが、

「・・・あ、でも、今の話は内緒だよ? ・・・頼むよ? 分かるだろ・・・そういった話が、ホラ・・・」

もちろん、彼もその事は十分承知していたのであった。ここでは、そのような噂はあっという間に・・・しかもおかしな尾ひれが、幾つも、泳ぐのにそんなには必要が無いくらいの数で付いて、広まってしまうのであった。そして・・・それが健康上の問題であるならば、尚更のこと、下手をすると、明日からはもうここには来なくても結構、などという事にもなりかねないのであった。

しかし・・・37241101,011・・・は元来口は堅い方であったし・・・7N10KM・・・も、それは承知の上であったので、特に気にはしていない様子なのであった。

そうこうしているうちに、又例のトラックがやって来て・・・派遣工員達は、背中に‘直に’まるで天使の羽根のごとく生えた、金具、にフックで吊られて、空中でブラリンブラリンとなりながら、トラックの後部へと格納されていったのであった。

そして・・・その日は格別に夕陽が美しかったのだが・・・トラックの中では、フックにぶら下がった、一応人間達が、トラックの動きと共に揺られながら、帰路へと着いて行ったのであった・・・。


 ・・・次の日は、日曜日であった。・・・が、彼らのプライベートについては、誰一人として、お互いに見知っている者などはいず、つまりは同じ職場には、親しい友人、などと呼べる者は一切おらず、そうして・・・彼らのプライベートはまるで黒い雲か何かのように、モクモクと秘密のベールに包まれたまま・・・そうして早くも、おそらく大多数の人間の休日、というものは似たような状況であったのかもしれないのだが・・・それはあっという間に終わり、またしてもあの、平凡で、しかしせわしなく、息をつく間などない様な、日々がやって来てしまったのであった。


 ・・・派遣工達は又トラックに揺られて・・・そうして工場に着くと、またあのゴム製の、見ようによっては聖書だかに記された、この世のはじめに出現したという、人類の祖先をたぶらかしたという一匹の蛇の様にも見えなくはない、ウネウネとうねった物の上に、その、部品たち、は並べられて・・・そうしてそれを工員達はひたすらただ、組み立てているのであった。

 

 おそらく誰も気が付く者はいなかったのであるが・・・7N10KM12CH8101L・・・は、今日は一層苦し気なのであった。

しかしながら・・・ただ一人その事が気になっていた・・・37241101,011090・・・だけは、その様子を横目で見ながら・・・しかし他の者達に勘付かれてはまずいので、ただ見守る事しか出来ないのであった。

そして・・・それはお昼休憩直前に起こった。起こるべくして起こった、と、今になってみれば言えるのかもしれない。

・・・7N10KM12・・・が、ちょっとだけ咳き込むと・・・その口元を拭ったのだが・・・その袖先にはほんの少しだけ赤いモノが・・・付いていたのだが・・・37241101,0・・・だけはそれに気が付いて、思わずギョッとなってしまったのだが、実は・・・もう一人だけ、それに目ざとく気が付いた者がいたのである。それは寄りにも寄ってあの・・・64G411085N510D・・・なのであった。


 そうしてお昼休憩となり・・・それは瞬く間に終わり・・・午後の作業が開始されたのであったが、何故か・・・7N10KM12CH810・・・だけは作業場には現われなかった。

他の仲間達が訝しがる中、しかし作業だけは黙々と続けられていて・・・そこでふと・・・810LR71Z5N7510・・・が、皆が心中に思ってはいたのだが、なかなか口には出せなかった疑問を、とうとう口にしたのであった。

「・・・なあ・・・7N10KM12CH8101L・・・は一体どうしたんだ・・・? ・・・姿が見えないじゃあないか・・・?」

それでもまだ・・・37241101,011090・・・は‘その事’を口にして良いのかは判断に迷い・・・何しろすぐに彼が戻って来る可能性もあったからだ。

しかしながら、その懸念、というか、彼の気遣い、は・・・64G411085N510D・・・によって一瞬にして破られてしまった。・・・彼が、こう口にしたのであった。

「・・・あの人なら・・・もう戻っては来ませんよ? 皆さん、気が付きませんでしたか・・・? 彼は・・・吐血していましてね・・・一応検査の為に、先程運ばれて行きましたよ。・・・恐らく、もう戻っては来ないでしょうねぇ・・・」

と、なぜだか嬉しそうに皆にその、情報、を本人は‘共有’したつもりだったのであろうが、無論の事・・・810LR71Z5N7510・・・は激しく憤(いきどお)って、

「・・・オイ・・・! お前がチクったんだろ・・・! この野郎・・・!」

と、今にも掴みかかろうとするのを・・・37241101,01・・・が、身を呈して止めたのであった。

もちろんの事、すぐに天井から、管理者の声が響き渡った。

「・・・おい・・・! ・・・810LR71Z5N7510・・・! 直ちに作業に戻りなさい・・・! 作業を続けなさい・・・!」

その声を聞くと、一旦・・・810LR71Z5N・・・は冷静になって・・・その場は大人しくまた作業に戻ったのであった。

しかし・・・64G411085N5・・・が‘101R10’の為に少しの間退出すると・・・それは要するに、どの人間にもあまねく有る、生理現象の事なのであったが・・・もちろんそれだけは当然の事ながら許されていたのであった。それを我慢出来る者などはいようが無い。しかしながら・・・それも‘OS5’が3分、‘D1B’が5分以内と細かく決められていたのであった。

すると・・・810LR71Z5N7510・・・が、レンチか何かを取るフリをしてそっと・・・37241101,0110・・・のそばに来て、その耳元で、

「・・・俺は・・・アイツが許せねぇ・・・あの管理者どももだ。アイツらは・・・結託していやがる・・・裏できっと、示し合わせているんだ・・・オレは、オレは・・・反乱を・・・」

「・・・エッ・・・!?」

しかしすぐに・・・64G411085N510D・・・が戻って来てしまった。

・・・810LR71Z5N・・・はまるで何事も無かったかの様に、通常の作業へと戻ったのであった。


 ・・・しかしながら・・・37241101,011090・・・の懸念とは裏腹に、その日は特には何も起こりはしなかった。

しかし・・・帰りのトラックの中で揺られながら・・・37241101,0・・・は、恐らくこれは近いうちにきっと何かあるな? ・・・用心深い・・・810LR71Z5N7510・・・の事だ、恐らく今頃は具体的な計画を頭の中で練っているに違いない。いくら管理者であろうとも、人の頭の中までは覗けやしないのであるから・・・彼はそう確信すると、果たして自分はその時、どの様に振る舞うべきかと、要するにもし協力を持ちかけられたりした場合に・・・彼はしかし、今はすっかり疲労していたのと、そのような悪夢の様な事は想像すらしたくは無かったので・・・成り行きに任せる他はないのであった。


 そうして・・・その次の日がやって来た。

工員達は、いつものように、出勤、し、皆がそれぞれの作業ラインへとついたのであった。

そして・・・37241101,011090・・・の、コンベアでも、いつもの様に作業が始まった・・・始めは・・・ごく普通に・・・いつもの調子で・・・。

しかしながら・・・37241101,011・・・は、やはり何か嫌な予感がしていた。そして・・・810LR71Z5N7510・・・の方を、時折気にしながら・・・しかし彼は、少なくとも表向きは、普段と何も変わらないかの様に見えた。そして・・・64G411085N510D・・・ともその日は何事も無く・・・しかし37241101・・・にしてみれば、それが逆に不気味で、彼を一層不安にさせたのであった。

 そして・・・お昼休憩が終わり・・・皆が作業に付こうかというそのタイミングで、それ、は起こったのであった・・・。

しかしそれは・・・810LR71Z5・・・ではなく・・・11H10571GQ2471・・・が突然、お腹を抑えて、苦悶の表情を浮かべて、のたうち回ったのである。皆がどうしていいのか分からず、オロオロとする中・・・37241101,01・・・も、突然の事で驚きはしたのだが・・・これはきっと何かあるな?・・・と、考えて、あえて何も行動は起こさず、様子見を決め込んだのであった。

・・・64G411085N5・・・が慌てて、管理者を呼びに行った。そして・・・管理者である・・・MN148A・・・と共に、息を切らせて戻って来たのであった。

・・・管理者MN148A・・・も、突然の事で、えらく驚き、慌てていたのであったが・・・実のところ・・・37241101・・・が、実際に管理者そのものを見るのは、それが初めてなのであった。

彼の第一印象としては・・・もう少し威厳のある様な容姿を想像していたのであるが・・・実際の姿は・・・確かに管理職らしい、縁なしのメガネなどを掛けて、冷徹な感じは受けたのだが、その時は慌てていたせいもあったろうが、あまり迫力は無く、かなりの小男で、いかにも中間管理職、といった感じの割とごく普通の男なのであった。

そして・・・37241101,01109・・・はふと・・・810LR71Z5N7・・・の姿を探すと・・・どこにも姿形は無くなっていたのであった。

やはりこれは・・・何かが始まろうとしているな・・・?・・・と、確信し、次に何が起きるのかを、注意深く見守っていたのであった。

 そして・・・管理者MN148A・・・がようやく、医師と看護師と担架を持って来るように指示を出すと・・・するとそれまでのたうち回っていた・・・11H10571GQ・・・が、突然、まるでそれまでの事は何だったのか?・・・という様なキョトン、とした顔で、腹を痛がる‘演技’をストップして、またいつもの様に、ペロリと舌を一回出してから、申し訳なさそうに何度も謝っていたのであった。

管理者が、それを目にして、眉をひそめた瞬間・・・あのよく聴き慣れた、天井の辺りからのスピーカーから、これまた・・・37241101,0・・・達にはよく聞き覚えのある・・・810LR71Z5N・・・の声が、やはり少しだけくぐもって、機械で加工した声の様に、工場内に響き渡ったのであった。

「・・・オイ、みんな・・・! ちょっと聴いてくれ・・・! ・・・ここの工場は、ここの環境は、劣悪だとは思わないか・・・? ・・・そうだろう・・・? 毎日毎日同じ事ばかりやらされて・・・そうして上の連中だけ、のさばっていやがるんだ・・・! こんな事・・・許されて良いものなのか・・・? ・・・いや、決して良くはないだろう・・・?・・・そうだろう・・?・・・皆で・・・立ち上がって・・・この環境を・・・変え・・・変えてやろうじゃあないか・・・!・・・なあそうだろう・・・?」

・・・管理者MN148A・・・は、これら一連の事が全て・・・810LR71Z5・・・のはかりごと、企てである事をようやく悟って、脱兎の如く駆け出し、そうして一つの無機質な、薄いグレーの様なベージュの様な、何て事の無い‘壁’・・・それは階段を上ったところにあったのだが・・・どうやらそこが、例の、外側から見たらただの汚い壁、内側からは透き通って見える、モニタニングルーム、のおそらく幾つかある内の、ドアの一つの様なのであった・・・それをドンドンと、身体ごとぶつかってこじ開けようとしていたのだが・・・。

しかしながら・・・そこは抜かりの無い・・・810LR71Z5・・・のやる事である。無論の事、内側からは完全に施錠されているらしく、管理者が必死の形相で・・・実のところ・・・37241101,・・・が、初めて・・・管理者MN148A・・・を見て、一番驚いた事といえば・・・その、髪をかき乱して、目を釣り上げて、汗を大量にかいた・・・その必死の形相なのであった。

やがてすぐに、管理者はそこからは入れないと悟ったらしく、階段をものすごいスピードで駆け下りると・・・一旦工場内の、作業スペースからは出て行って・・・裏に回れば中に入る事が出来るのであろうか・・・? ともかくも・・・そうこうしている間じゅうずっと・・・810LR71Z・・・の声は、大音量で工場内に響き渡っていたのであった。

「・・・皆立ち上がるんだ・・・! 俺と一緒に、あの、ヘドが出る様な連中達と・・・闘おうじゃあないか・・・! ・・・何もしないでいたんじゃ、奴らの思うツボだぜ・・・? ・・・なぁ、そうだろ・・・?」

裏の方で微かに、ドンドンだか、ガシガシだかいう、強引に別の入り口をこじ開けようとする、音が聴こえていたのだが・・・管理者MN148A・・・には、別の管理者達も加勢に加わったらしく・・・数名の人間達の、管理者達とは思えない、乱暴で怒号の様な叫び声が響いていたのであった。

・・・810LR71・・・は、ますます調子付いて、ここぞとばかりに、まくし立てていた。

「・・・いいか皆、よおく聴くんだ・・・! 団結して立ち上がろうじゃあないか・・・! それには、俺みたいな、粗野で、すぐカッとなる様な人間じゃない、リーダーが必要だ・・・! なあ、そうだとは思わないか・・・? みんな我こそは、と思う奴がいたら・・・名乗りを上げてくれ・・・! 実のところ・・・俺には一人、思い当たる人物がいるんだが・・・」

と、そこで・・・810LR7・・・の背後で、ドアがついに破られたのか、数名の怒鳴り込む声が、重なり、だんだんと大きくなって・・・そして遂にマイクは強制的にプツリと、切られてしまった様だった。

最後に・・・810LR・・・が抵抗する、断末魔の様な・・・金切り声が聴こえたのだが・・・工場内は、ほんの一瞬、シンとなり・・・しかしながら今度は、まるであちこちで火がついたかの様に、様々な議論やら、言い争う声や、あるいはリーダーに名乗りを上げる声や、侃々諤々(かんかんがくがく)の、とてもあの、グオ〜ン・・・という音と作業の音だけが鳴り響く、業務時間中の、工場内とは思えない様な、騒々しい有り様になってしまっていたのであった。

 ここまで来ても・・・37241101,011090・・・はあくまでも慎重に、事の成り行きを見守っていたのだが・・・彼には、あの・・・810L・・・の最後の一文、が、心にいつまでも引っかかっていて・・・要するに彼・・・810・・・は、始めから自らが捨て石となる気だったのか・・・? おそらく・・・彼の‘反乱’に協力した罪で・・・11H10571GQ2471・・・も、いずれ管理者達に取っ捕まって・・・その後の事は、想像しただけで、気分が悪くなってしまうのであった。


・・・そしてその日も・・・それ以外の何か特別な事は起こらず・・・終わりを告げ、何台ものトラックがフックで吊るされた、人間たち、を運んで行って・・・そしてその日もまた、夕陽だけは奇妙なほどに、綺麗なのであった・・・。


・・・次の日・・・またその工場の‘部品’の一部である、派遣工達は大量にゾロゾロと、そしてガシャンガシャンという音とともに、トラックから下ろされて・・・またいつもの、工場の1日が、まるで前日には、何事も無かったかの様に始まって・・・それは表向きは、工員達はただ黙々と、淡々と‘作業’をこなしている様にも見えたのだが・・・しかしながら、・・・37241101,011090・・・だけは、そっと慎重に、もちろん彼も目を付けられていただろうから・・・彼のいるラインはもちろんの事、他の、彼の位置からは離れていて、かなり遠くの区画までを・・・出来得る限り、慎重に、しかし抜け目無く見渡していたのであった。

そして・・・彼は確信したのであった。・・・確かに、一見工場の中は、いつもの様に無機質で、機械と作業をする音以外は、静かであったのだが・・・そして派遣工達の目も、いつもと同じく死んだ魚の様な目をしていたのであるが・・・37241101,01・・・は、彼独特の観察眼というか、もちろんまだ彼は若くて、人生経験は少ない方だったろうが、常に周りを観察する事だけは、怠った事はなかったのであった。そして・・・その日の工員達が、ほんの僅かばかりだが、動揺していて、実際、作業をする手も、いつもよりペースが遅かった様な気さえしていた。

 彼のいる、いつもの区画では、やはり・・・11H10571GQ2471・・・は出勤しては来なかった。

そして、作業をする人間が三人欠けてしまったのだが・・・二人の、初めて見る顔の、一人は年配の男性・・・B22JBN8KNQ171DS・・・と名札には書かれた人物と、もう一人はやや若い様な、しかし日々の生活で疲れているのか、少し歳がいっているのかは良く分からない様な、そしてこの工場では殆ど目にする事は無かったのだが・・・女性の工員で、やはりぶら下がっていた名札には・・・WT405922UN2NGN4・・・と、彼女の名前である、シリアルナンバーが書かれていた。

そして二人とも、恐ろしいほどに無表情で、一瞬・・・37241101,・・・は、もしかして機械で出来ているのでは?とさえ疑ってしまう程なのであった。しかし、もちろんその様な事は決して無く、軽く他の者達に挨拶だけすると、黙々と作業を開始したのであった。

・・・64G411085N510D・・・は、原因の一端を作った事で、やや居心地が悪くなったのか、終始気まずそうなのであった。

 そして・・・なんと驚いたことに・・・あの喀血した筈の・・・7N10KM12CH8101L・・・が、少しだけ遅れて現れて、いつもの様にいつもと同じ立ち位置について・・・作業を開始したのであった。しかし・・・その目は完全に死んでいて・・・本当にこちらの方は決して冗談などでは無く、ただ単なる‘マシーン’と化してしまったかの様なのであった。

しかし頭数だけはこれでまたいつもの数に戻ったので、作業は滞りなく、進んで行って・・・37241101・・・はそれでも・・・7N10KM12CH8101・・・が戻って来たのは嬉しかったので、隣に立つと、

「・・・最近はどうですか・・・? お加減は・・・? 大丈夫ですか・・・?」

「・・・・・・。」

と、全くの無反応で、ただ作業だけは・・・黙々と・・・手だけは動いていたのであった・・・。

やはり彼は本当に、完全に機械に置き換えられてしまったのだろうか・・・? ・・・それともどこかで密かに‘思想教育’でもされたのだろうか・・・? ・・・3724110・・・は、もうおそらくこの‘人’に話しかけても無駄であると悟ったので・・・ただ黙々と目の前の作業をこなすしか・・・しかし彼の頭の中では、とあるプランが・・・彼は何度も、それをまるで予行演習かシミュレイションかの様に、頭の中で繰り返し・・・そうして、ようやくそれを決行する、決意、が出来上がると・・・ちょうど、お昼休憩を知らせるチャイムが、鳴り響いたのであった・・・。


・・・そして、また皆を急かすような、チャイムと共に、午後の作業は始まったのであった。・・・37241101,011090・・・がタイミングを計って、作業だけはとりあえずしていると・・・驚いた事に・・・7N10KM12CH8101L・・・が、死人の様な表情だけは変わらぬまま・・・彼にそっと・・・もちろんの事、管理者には見つからぬ様に、一枚のメモを手渡したのであった。

そして・・・作業の手は全く止めず、視線も合わさずに、一言だけ、こう言ったのであった。

「まあ・・・ボチボチってトコですかね・・・? ・・・お加減は。」

そうしてそのまま、生気の無い目で、ただひたすら、作業を続けていたのであった・・・。

・・・37241101,・・・は、そのメモをそっと、もちろん管理者達にはバレない様に、開くと・・・そこには・・・それはあの、どこでどうやって受け取ったのかは不明なのだが・・・810LR71Z5N7510・・・からのメモで・・・それを見て彼・・・37241101・・・は咄嗟に、事前の計画を少しだけ変更して・・・そうして遂に・・・。


・・・3時のチャイムが鳴る瞬間に・・・37241101,011090・・・は、いきなり片手を真っ直ぐ高く挙げて、

「・・・ハイ!」

と、一言だけ、しかしながら、とても堂々とした声で、一体誰になのであろうか?・・・返事をしたのだった。

休憩に向かいかけていた他の工員達は、それを目撃すると、明らかに動揺した表情をしていた。

しかし、彼自身は、それには一向に構わぬ様に、

「・・・ハイ!」

そして、彼らは思わず立ち止まって・・・37241101,・・・も、何度も何度も・・・

「・・・ハイ!」

と連呼しながら、手を高く挙げたり下ろしたり、していたのだった。

そして・・・誰も休憩には向かおうとはせず、工場内がザワついてくると・・・さすがに管理者も、マズイと思い、放っておけなくなったのであろう・・・?

・・・3724110・・・の呼びかけに、思わず返事を返してしまったのである。

・・・管理者MN148A・・・は、あのいつもの、機械的に加工されてはいたが、皆にはバレバレの虚勢を張った声で、

「・・・何だね? ・・・37241101カンマ011090・・・? 規律を乱す様な事は・・・」

「・・・立候補しまぁす・・・!」

「・・・?」

「・・・私は、ただ今から、リーダーに・・・皆の、従業員達の、リーダーに・・・立候補しまぁす!」

管理者のスピーカーの声は、明らかに動揺をしていたのだった。

「・・・な、何の話だね・・・? だから、規律を・・・!」

「・・・ハイ! ・・・私はリーダーとして、従業員代表として、これから、あなた達と賃上げと、待遇の改善の交渉を・・・」

「・・・そんな事・・・そ、そんな・・・許されると思うのかね・・・?」

と、その言葉に被さるかの様に、作業再開のチャイムが、鳴り響いたのであった・・・。

「・・・ハイ! ありがとう・・・ございまぁす!」

・・・37241101・・・は、しかし全く御構いなしに、例の、ドアに続く階段を上っていき・・・そうして先程・・・7N10KM12CH8101L・・・から受け取ったメモを、チラリと見ると・・・そこには・・・810LR71Z5N7510・・・からの励ましの言葉と・・・命懸けで手に入れたのであろう、管理者達の個人情報、住所やら、給与やら、家族構成やら・・・さらには、この工場の経営体制や施設の不具合まで・・・書かれていて・・・彼はこれらの情報を、これからの‘交渉’での、切り札、要するに、脅し、として使うつもりなのであった。それはおそらく・・・810LR71Z5N7510・・・がもしこの場にいたとしても、一番の有効な使い道だと思ってくれたに違いない。

そうして彼・・・37241101,011090・・・ではなくて、ヤマザキ マサル、氏は、ドアの前にじっと立っていたのであった。

やがて、数分後、いや、他の工員達にも、まるで永遠の時の様に長く感じられたのだが・・・実際には3、4分の事なのであった。・・・ドアは音も無くスッと開くと・・・彼はその中に、吸い込まれるように・・・彼はふと、ほんの一瞬だけ振り返ると・・・ただポカンとその様子を、しかしながら皆一様にして、どぎまぎとしていたのだった・・・眺め、注視していた、その他、の工員達の方へと、手をほんの少しだけ振った・・・まるで・・・後の事は託した、とでも言わんばかりに・・・そしていよいよ・・・その、まるで鬼ヶ島か、ラスボスのいる最終ステージの様な・・・モニタニングルームへと・・・入っていったのだった・・・。


・・・派遣工員達が皆帰り、シンと静まりかえった工場内・・・を見下ろす、例のモニタリングルームに・・・管理者MN148A・・・が、私服に着替えて、まだいて・・・今日は仕事が色々と溜まっていたのだ。

そしてゆっくりと立ち上がると・・・ウィイィィ〜〜ン・・・と、どこからか、ほんの少しだけ振動音がして・・・天井の辺りからなのか、一本の金属製のフックが付いたアームが下りてきて・・・それはまばゆくゴールドメタリックに輝いていた・・・そうして管理者のジャケットの、穴の空いた背中から出ている‘金具’に引っかかると・・・管理者は、プランプランと揺られながら、部屋の隅まで空中を移動させられて・・・そうして部屋の隅っこが少しだけ開いて、中のダストシュートの様な物へと少々乱暴に・・・放り込まれたのであった。

・・・彼はどうやら・・・溜まっていた報告書のレポートを書き終えた様なのであった・・・。それらが・・・彼のいたデスクの上に・・・丁寧に分厚く、積み重ねてあったのだった・・・。


・・・翌週の月曜日の事・・・工場の敷地内に、何台もの、マイクロバスが入って来ると・・・派遣工員達は‘歩いて’そのバスを降りたのであった。

「・・・なあ、サオトメくん、僕昨日、家族を連れて、例のホラ、ショッピングセンターに行ったんだよ? ・・・新しく出来たっていう・・・」

「・・・エ? ムラタくん、奇遇だねぇ・・・? 実は僕も昨日、カミさんと一緒に・・・あの例のホラ、ナンチャラコーヒーの店には・・・行ったかい・・・?」

などと、話している者もいたのだが、その中にあの、ヤマザキ マサル氏、がいたのかいなかったのかは・・・実際、皆着ているものが、以前よりマチマチになったので・・・さらにはなぜか、表情も心なしか、明るく見えたので・・・そうなると不思議なもので、意外に誰が誰なのだか、見つけづらくなってしまっていたのであった・・・。

ちょうどたまたまなのであろう・・・? この工場の経営者自体が、前の会社から、別の会社へと、買収されて変わり・・・彼らの出勤態勢やら何やらが、色々と変わったのは・・・まあ、たまたまの偶然なのであろう・・・これはおそらく、以前から進んでいた話なのだ。彼らが知らなかっただけで・・・。

そして幾分派手になったかの様にも見える・・・以前とは違って、皆が同じ様なジャケットとは限らず、ポロシャツを着る者や、中にはこの肌寒くなって来ているのに、半袖Tシャツの猛者もいた・・・そして‘穴の空いていない’その背中の一部分だけが・・・金具・・・だけは付いたままだったので、ボコッと、ほんの少しだけ、盛り上がっていたのであった・・・。


傍目には・・・少し異物感を感じてしまうのでは無いのか・・・? とも思えてしまうのだが・・・彼らにとっては・・・さほど気にはならなかったんだろう・・・?

おそらく・・・きっとそうだ。そうに違いない。






終わり


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金具 福田 吹太朗 @fukutarro

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