掌編置き場
鴉乃雪人
しつけ
「完全な幸福が無いように、完全な不幸なんてものも無い。未来に待ち受けているのは日常のつまらない実践でしかなくて、幸せも不幸も、自分を俯瞰した時にだけ意識する、飾りつけの言葉でしかない」
バーニーは喋らない。うさぎのバーニーは喋らない。
「喜びや悲しみとは違うのさ。それらは場当たり的な『反応』だ。時間というファクターがない。対して幸福や不幸は、今まで続いてきたこと、これから続くであろうことを評価する言葉なんだよ」
もちろんバーニーは喋らない。うさぎのバーニーは喋らない。
「でも、幸福な人間は四六時中幸福を感じている訳じゃない。砂利道で転べば痛いし、悪口を言われたら悲しい。不幸な人間だって、あらゆる喜びが消え失せている訳じゃない。ご飯を食べて満たされたり、暖を取ってほっとしたり」
やっぱりバーニーは喋らない。バーニーにお口は無いから。
「つまりだね、幸福や不幸は時間的な継続性を必要とするのに、現実の僕らの体験は喜びや悲しみやその他名状し難い何かがごちゃごちゃ混ざっていて、統一されていない。それなのに個々の事象を無理やりひっくるめて『幸福』とか『不幸』だとかってラベリングする訳だよ」
バーニーは全然喋らない。バーニーは喋れないんだね。
「幸福も不幸も、当事者の中には本当は存在しない、二人称の視点から生まれるものなんだ。あの人は幸せだ、あいつは不幸な奴だ、なんてふうにね。あるいは、「私は幸せだ」と言っている私自身は、「」の中の私とは別のものであるというふうに。そう考えたら馬鹿らしくないかい?」
それでもバーニーは喋らない。本当は喋りたいのに。
「だからねバーニー。僕は毎日とても悲しいけど、不幸な人間ではないよ。今はバーニーとお話できてとても楽しいしね」
バーニーは喋りたい。本当は凄く喋りたい。
「幸福とか不幸とか、ただの言葉に惑わされちゃいけない。結局は日々の瞬間を大切にしていくしかないんだよ。バーニーも、自分を不幸な人間だなんて思わずに、ここでの生活を楽しんで欲しいな。今は苦しいかもしれないけど、外に出ても人生の苦しさは変わらないからさ」
バーニーは怖い。この男が怖い。
「……んん……」
「だから、バーニーは喋れないんだって」
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