先日、未亡人の私(35)が猫と女子大生を拾ったんだが
鷹仁(たかひとし)
朝起きると、私の愛猫《むすめ》が可愛い女の子になっていたんだが
「ゆーちゃん、おはよう」
毎朝、私を起こしに顔に乗る“ゆず”が、今朝は乗ってこなかった。
いつもなら、名前を呼んだらママのところに朝ごはんをねだりに全速力でやってくるのに、今日は名前を呼んでも彼女の鳴き声が聞こえない。
「寒っ」
家の中でも息が白い。ニットの袖を伸ばして手袋代わりにする。
二階の寝室から一階のリビングに降りると、先週出したばかりのコタツがもぞもぞとうごめいていた。
……ゆずだ。もしかしたら今朝は特に寒いから、布団が恋しくてコタツのなかでずっとうずくまっていたのかもしれない。
「ゆーちゃん、そんなところにいたの? おはよう、朝だよ」
それならママの布団で一緒に寝ればよかったのにと、少し残念に思いながら、私はコタツの布団をめくった。
「ゆーちゃん?」
コタツの中から小学生くらいの女の子が顔を出して、厭(いや)そうに大きく
「誰」
朝起きると、私の
最初は驚いたけど、猫耳としっぽが生えていたし、猫の時にしていた赤い首輪をちゃんと巻いている。キジトラの髪色も、お腹が空くとすぐに私の顔に乗りたがる癖もまんま、ゆずだった。
そして変わったのは外見くらいで、私が「何で女の子になっちゃったの?」と聞いても、にゃ~。としか応えてくれない。
反抗期だろうか。……違うか。
ゆずは、3ヶ月前にうちにやってきた。旦那が亡くなって四十九日を過ぎた雨の日、赤ちゃんだったゆずは、ウチの
この子を拾った時、育てるかどうか、私は迷わなかった。
今考えると、旦那との間に子どもが出来なかったからその埋め合わせをしようとしたのかもしれないし、彼が亡くなってから大分落ち着いてきて、ちょうど次のステージに進む準備が出来ていたからかもしれない。
ゆずは気がついたら家族になっていた。
コタツの中で気だるそうに丸まっていたゆずが、のそのそと出てきて私の身体を登った。いつも思うが、私は猫用のタワーじゃないんだぞ、ゆず。だが、可愛いから許す。私の顔がゆずの腹温度でぬくい。
お腹が空いているのか、私の顔にへばりついたゆずのお腹が盛大に鳴った。そして、猫のときより体重が増えて支えきれなかったのか、自重でずり落ち、今や彼女は私の腕に大人しく抱っこされている。
腕に抱えると、ちょうどつむじが見える位置にゆずの頭が来る。背中まで伸びた長い髪からは、おひさまの匂いがした。しばらくゆずを吸っていると、彼女はお腹が空いた! 飯! と、私の
「分かった、分かった、ご飯ね!」
私はゆずの
でもどうしよう、ごはんをあげなきゃとは思うけど、ここで疑問にぶつかる。
この子、食べ物は人間と同じのあげたほうがいいのかしら。それとも猫用の?
今までは普段どおりカリカリをあげてたけど、今は人間の姿をしているし、キャットフードが人間の口に合うとは到底思えない。前に一度、どんなもんかと思って食べてみたけど、ボソボソして味もあまりしなかった。いや、好奇心でつい……。
スマホで調べてみると、ありがたいことに
玉ねぎとかチョコレートを猫にあげたら駄目だっていうのは分かるからあげないとして……。
リストから猫がよく食べそうな食べ物で、かつ人間が食べても問題なさそうなものをいくつか選ぶ。試しに余り物の
「ああ、これは猫人間だわ」
猫人間は器用に手で鰹節をつかんでむしゃむしゃと食べている。
その後、キャットフードをあげてみたけど、気にもとめなかった。どうやら人間になって、少しグルメになっちゃったらしい。
小分けにした花がつおのパックを食べてもまだ足りないと鳴くので、花がつおをもう二袋と、お皿にお水をあげるときれいに平らげた。
食べ終わってから、ゆずはコタツと私の間に潜り込んできて、満足そうに寝始めた。顎をなでてあげると、仰向けで私のお腹に頭を擦り付けている。
窓からは朝日が射している。ぼーっと外の景色を眺めていると、そういえば! と、ふと気になった。
私はこの猫娘について、色々とスマホで検索してみた。
ネットで調べたところ、猫の3ヶ月は人間にすると10歳くらいになるらしい。
今のゆずがちょうど小学校4年生くらいで、もし、猫の年齢が人間の姿に反映されているのだとしたら、この子の成長はすごく早いのかもしれないと思った。
そして生まれてから一年で、猫は人間で言うところの18歳を迎える。たった一年の間に物心つかない状態から思春期を駆け抜けるってどんな気持ちだろうか。
今思えば、私の思春期も一瞬だったような気がする。楽しいこともあったし、悲しいこともあった。この人と添い遂げるんだろうと思える人と出会って、案外あっさりと私の元から去っていった。ゆずの場合、それがたった一年間という短い期間に凝縮されているんだ。
そんな事を考えながら、私は目を閉じた。ゆずの温もりも相まって、意識がウトウトし始めた。
いつのまにか寝ていたらしい。すでにお昼になっていた。ゆずは起きて、ご飯の皿をカリカリしている。
「あー、ごめんね。今すぐ準備するからね」
お昼ごはんは、鶏のささみを茹でてあげると、美味しそうに平らげた。
ささみを食べた後、急に苦しそうに嗚咽(おえつ)するので、なにかまずいものを食べさせたかと焦ったが、何と毛玉を吐き出した。人間の姿でも毛玉を吐くんだね。少し感心。
けれど心臓に悪いので、家の掃除はもっと丁寧にやっておこうと思う。
猫の運動能力を活かせない不便な人間の姿でも、ゆずは楽しいのだろうかと心配したが、食後の運動で猫じゃらしをしてあげると、嬉しそうにじゃれついてきてくれた。
この子に新しいおもちゃを買ってあげても、ボロボロのこれにしか興味を示さないから、いつまで経ってもこの折れた穂先をテープで固定した猫じゃらしのまんま変えられない。
そうか、姿は変わっても中身は
ゆずがよく寝るという習性も変わらなかった。リビングの床の上でごろごろしていたから、お腹をなでてあげると気持ちよさそうに喉を鳴らした。うちは床下暖房だから、この時期は気持ちいいよね。
指をゆずの口元に持っていくと甘噛してきてちょっとこそばゆい。
日曜だからとゆずと遊んでいると、いつの間にか半日が過ぎていた。改めて、コタツと猫のコンボは最強だと思った。そして夜になって、急に寒気と咳が出てきた。昨日からだるさはあったが、どうやら悪化したらしかった。
「風邪引いたかしら」
熱を測ると、三十七度五分で少し熱があった。
夕飯はシンプルな卵のお粥を作って食べた。ゆずにも冷ましたのをあげたら、スプーン一杯分食べた。
食べ終えた食器を水につけて、今日はさっさと寝ることにした。
寝室の布団に入ったら、ゆずがもぞもぞと入ってきた。
「あら、ゆーちゃん、ママの心配してくれるの? 今日は一緒に寝てくれる?」
ゆずは上目づかいで私をまじまじと見た後、顔をひと舐めして私のお腹のところで丸くなった。
「温かい」
ゆずの温もりを感じながら、私はまどろみに落ちていった。
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