ミルクティーの減らない日
ももいくれあ
第1話
彼女はミルクティーが好き?
毎日、同じカフェで、だいたい決まった席で、空調が直接当たらない暖かくて、光が少し差し込む席で、だいたい同じ時間に、そこに静かにおさまっていた。
座っているというより、すっぽりとその空間に静かにおさまっているのだった。
周りの景色と同化して、まるでカフェの一部のように、その様子は映って見えた。
カフェとそのカフェの周りの草木にも溶け込む佇まいで、ゆったり、ひっそりと静かだった。
物静かに、淡々と、どこを見るわけでもなく、店内を時々見渡しては、ミルクティーで喉を潤した。
ウバシュー。
それが彼女の毎日だった。
正確には、殆ど毎日というかんじだった。
不安定なココロを抱えてやってくる彼女は、ウバティー。
正しくは紅茶のウバのミルクティーと自家製シュークリーム。それを頼むことで、ココロがスッと落ち着いていくのを感じていた。
イラストを描くことをなりわいとしていた彼女は、ここで数時間の時を過ごし、絵を描き、また、絵の構想を練っていた。
ティーカップに注がれたウバティーを少し飲んでは、また足して、数時間を費やしていた。
ポットにはたっぷり2杯半位のそれが入っていた。
でも、彼女のウバティーは最後までなくなることはなかった。
数時間のうち10杯は飲んでいた。
彼女は描くことに夢中になると、何もかも見えなくなった。
周りはもちろん、ウバシューがどれだけ減ったのかも気づかなかった。
ウバティーが減ったカップにはまた、ウバティーが注がれていた。
何杯飲み干したのかもわからないまま、夢中で本日の新作を描きあげていった。
独特の似顔絵風画という絵を描く。
彼女には人が人に見えなかった。
植物や、空想の、妄想の、架空の何かに変化した人物像を彼女は似顔絵風画と呼んでいた。
それは、人に見えないため、似顔絵。では伝わりにくかったからだ。
そんなオリジナルキャラクターを描き始めてもう100や200は超えていたと思う。
今回はオリジナルキャラクターの似顔絵風画図鑑の話がきていた。
もちろん返事はイエス。
ようやくまとまった形で世に羽ばたく時が来たのだ。
シュークリームは、とっくになくなっていた。
でも特に気にならなかった。
いつまで飲んでもなくならないウバティー。
それが彼女の毎日だった。
ひとしきり絵を描き、数時間が経ち、ふぅーっとひと息ついた頃、
急に物音を感じた。
目の前に、カレが座っていた。
いったいいつからいたのだろうか。
呼んだ覚えもなければ、連絡があったわけでもない。
びっくりした彼女は、おはよう。とカレに囁いた。
ぐったり疲労した脳とココロで、彼女はカレをはじめて出迎えた。
すでにカプチーノを頼んでいたらしく、カップに描かれたラテアートを丁寧になぞりながら、優しく口に含んでいった。
よく見ると、グラタンかドリアと、サラダを頼んで既に食べ終わっていたようだった。
するとカプチーノは食後の一杯だったわけだ。
彼女の代わりに人知れずウバティーをお代わりし続けていたカレに気づくことはなかった。
それが彼女の毎日だった。
そんな毎日が2年とちょっと過ぎた頃、
彼女は唐突にいつものカフェに行かなくなっていた。
自家製シュークリームの製作が中止となり、どこかで買ってきたシュークリームにスリかわったいた。
それは、ひと口食べれば彼女にはすぐに分かった。
さらに、アールグレイになっていた。
絶望的だった。
殆どモノを食べることができない彼女にとって、
ウバシューは、1日の大事大事な食事でもあり、唯一のカロリー摂取だった。
彼女の1日のすべての食事が詰め込まれたウバシュー。
気がつくと彼女はカフェの前にぼーぜんと立ち尽くし、目からはほんのり熱い熱い大粒の涙が溢れていた。
カレは知っていた。明日からの彼女の食事は行方不明なることを。
ミルクティーの減らない日 ももいくれあ @Kureamomoi
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