家族になるクリスマス

               ■


 アル君の家にお邪魔すると、こちらもすっかりクリスマスのイルミネーションで飾られていた。家が黄金にでもなったみたいだ。このイルミネーションを見るために、人々が家の前に集まるんだとか。

 廊下の壁にも真っ白いリボンが張り巡らされていた。リースにパロル、もちろんクリスマスツリーも飾られている。

 小さな机の上には、王冠と白い衣を身に着けた、小さな聖母マリア像と、自分の足で立つ小さなイエスが立っていた。その傍には、ベレンと呼ばれる、聖ヨセフと聖母マリア、東方の三博士に祝福された、イエスの誕生を表した人形が飾られていた。

 フィリピンのクリスマスと、聖母マリア像の関係は密接だ。十六日から二十五日までの九日間、教会ではミサが行われるが、この九日は、聖母マリアがイエスキリストを懐妊していた期間の象徴だとも言われている。

 子の誕生と子を産む母。家族を大切にするフィリピンでは、サントニーニョ(子どもの頃のイエスキリスト)と、聖母マリアが厚く信仰されている。


「おまたせ」


 自分の部屋に行っていたアル君が戻ってきた。

「じゃあ、行こうか」

 そうして、アル君と私は、私の家に向かうことになった。



 アル君が取りに行っていたのは、私へのプレゼントだった。フィリピンのクリスマスは大人同士でもプレゼント交換があって、十一月の中旬から行うことも多い。

 マニラのクリスマスは、地方からも色んな人がやって来る。中にはクリスマスのプレゼントの資金を狙って、ひったくりなども起きる。今年は移動制限がかかるというが、どうなのだろう。

 フィリピンで最も美しい時期を、皆が共有できるわけではないのだろう。キラキラとしたこの街並みを通らないだけで、なかったことにされる現実が沢山あるのかもしれない。

 ――もっとも日本にいた私が、見向きもしなかった現実が、ようやく見えてきただけなんだろうけど。

「別に、アル君の家でもいいんじゃない? 私と家の距離、さほど変わらないんだから」

 私の言葉に、いや、とアル君は言葉を濁した。

「実家で渡すのはちょっと気まずいというか……」

「え、何、何渡されるの私。怖いんだけど」


 そう言うと、アル君は無言で箱を突き出した。片手でも余裕でおさまる小さな箱だ。

 ……それが何なのか、開けるまでもない。

「……ねえ」

「いや、別に深い意味はないんだけど。似合うんじゃないかなって思っただけで」

「こっち見ていいなさいよ」

 私はぐい、と彼の袖を引っ張る。

「さすがに、こういうのを無言で渡すのはどうかと思うよ、フィリピン男性。ラブソングまで歌う積極的な国民性はどうしたの!」

「それ大分昔の話!」

 などと馬鹿みたいな話をして、改めて私は尋ねた。

「開けていいの?」

「…………どうぞ」

 私はパカリと開ける。

 街灯の光でも十分見えたそれは、小さな石がついた、銀色の指輪だった。


「深い意味はないの?」


 私が改めて尋ねると、だって、とアル君は言う。


「俺が言うのもなんだけど、この国の人と結婚するの、本当に面倒だよ……?」


 いやまあ、その通りなんだけど。

 まずカトリックを厚く信仰するこの国には、離婚制度がない。もちろん国際結婚は別だが、法律が違う結婚は考えるまでもなく面倒だ。最も結婚というのが面倒くさいのは、全世界で共通しているけど。


「フィリピンは人付き合いがいいって言ったら聞こえはいいけど、その分しがらみもあるし。うちの親戚に泉子を悪く言う人はいないけど、泉子の親戚に……別に特別際立った悪意がないとしても、自分たちに不利になるかもしれない、関わりたくないって思う人もいるかもしれない」


 彼は日本で、何を見てきたのだろう。私の知らない日本の姿を見てきたのだろうか。それとも、いまだに私が当たり前だと思う価値観が、彼の故郷を足蹴りにするようなものだったのだろうか。わからない。

 わかることは、誰にでも享受されるはずの幸福があるのに、それを妨げる他人がいるということだ。

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