パロルの街
肥前ロンズ
11月のクリスマス
フィリピンのクリスマスは長い。その準備期間は、九月から始まる。
十一月になれば、あちこちで「パロル」という星形のランタンが売り出され、モールには天井に届きそうなぐらい立派なクリスマスツリーが立つ。そのそばにはキリンやゾウといった動物たちが等身大サイズでいたが、クリスマスツリーにはちっとも及ばない。
階段のそばにも、小さなクリスマスツリーが立っていた。いや、日本にいた頃、我が家のリビングで一生懸命飾っていたツリーと同じぐらいの大きさなんだけど。アレ見た後だと、サイズ感がバグるなあ。
「昨年とはえらい違いだね」
私が言うと、そうだね、とアル君が言う。
「今年は例年通り出来るみたいだ。喜んでいいのかはわからないけど」
やはり、フィリピン人であるアル君にとっては、嬉しいことなんだろう。クリスマスはこの国において、とても美しい時期だという。
「本当は、日本にいた頃の友人を呼びたいぐらいなんだけど」
さすがに無理だよね、と言うアル君。新型ウイルスが世界的に流行するまで、彼は日本に留学していた。
「日本人は、お盆とお正月は絶対にしないといけないから」
私が冗談っぽく言ってみると、アル君はすねたように言った。
「泉子、今まで帰らなかったじゃん。お盆。俺が日本にいた時も、一度も来てくれなかったし」
まあね、と私が言う。そして吹き出してしまった。
つられたように、アル君も笑う。
Pasko,Pasko,Pasko……。
流れるクリスマスソングと、人びとのにぎやかな声に、圧倒される。
まるで洪水に流されているようだ。
「……泉子はさ」
その中でも、なぜか私の名前を呼ぶアル君の声は、よく聞こえた。
「クリスマス、あんまり好きじゃない?」
アル君の突然の言葉に、私は目を見開く。
「前から思ってたんだけどさ。いつもこの時期、難しい顔をしているから」
特に今日は酷いよ、と言われ、私は眉間を抑える。確かに険しい顔をしていた。
我が家が食堂をしているのもあって、クリスマスシーズンは多忙というか、忙殺される。お歳暮みたいに、プレゼントをたくさん配らないといけないのもある。新メニューも考えているし、内装も考えないといけないし、パーティーも一回は開かないと。そのやりくりが大変なこともある。けれど、アル君が指摘しているのは、多分そういうことじゃない。
キラキラ、キラキラ。
モールだけじゃなく、いまやこの国全体が輝いている。ダイヤモンドも負けるような、目も眩む人工の光。
――ここは日本ではないのに、日本のクリスマスを思い出す。
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