不憫
ライ
運
私は、運が悪い。世界一不運な奴を決めるなら優勝するのは、私だろう。神に見放されているなどではなく、神すら超越した運の悪さ、だとすら思う。そんな私のもとに、神と名乗る者が現れた。朝、目覚めると、自分の枕元に老人が立っていたのだ。世界一運の悪い私にとって、部屋に変質者が現れることなど日常茶飯事だ。
「はいはい、警察には連絡しないんで出ていってください」
変質者の扱いも慣れたものだ。出来るだけ刺激しないように、促していると白髪の老人は口を開いた。
「私は神だ」
そういうタイプの人ね。などと考えを巡らせていると、やっと頭が覚めてきた。寝惚けた目をあけ注意深く見ると、その老人は僅かに浮いていた。ギョッとした私は
「本当に…神様…ですか?」
と尋ねると、老人は静かに頷いた。
遂に私の人生を見るに見かねた神が来たのだと思った。神はゆっくりと口を開く。
「人類は明日滅亡する」
私は呆けてしまった。頭の中で神の言葉を何度も反芻していると、突然、老人が輝きだし次の瞬間には消えていた。私は頭を整理した。今の非現実的な状況から考えて、おそらく本物の神だろう。ならば人類滅亡のお告げも真実と捉えるべきだ。私はひょっとすると、世界で一番の運の良い人間になったのかもしれない。もし滅亡するならば、運が良いとは、1人生き残ることではない。誰もいない世界に1人残されるなど、考えただけでもゾッとする。運が良いとは残り時間を知ることだ。そして私だけが明日滅亡することを知っている。今までの不運はこのためにあったのだと心の底から思った。
「どうせ明日みんな死ぬんだ。残り時間好き勝手生きてやろう」
そこからは何でもした。貯金も使い果たし、金がなくなれば、金を奪い、女を犯し、今の状況を貪り尽くした。しかし、そんな時間も長くは続かず夜更けに差し掛かった頃には警察に捕まった。
「どうせ滅亡するのに、お仕事ご苦労様です」
そう口にするも、犯罪者の戯言だと警察官は全く取り合わない。あぁ満足したな。私は今までの人生の帳尻があった気がした。明日には何もかも無くなる。あとは待つだけだ。留置所で夜を明かした。今日人類は滅亡する。目覚めるとまだ世界は滅んでいない。そのまま取調べを受けていると、既に夜になっていた。いつ滅ぶんだ?自分の中で沸々と疑問が湧いてきた。もうあと5分もすれば今日も終わる。身体を強張らせた。もう死ぬんだ。目を瞑る。どれくらい経っただろうか。目を開けるとまだ世界が広がっていた。とっくに0時は回っている。
「世界が…滅んでない…?」
私はようやく自分を理解した。そうだ、私は神を超越した運の悪さなのだ。世界が滅ばないのなら、私はただの犯罪者である。類い稀なる運の悪さが世界を滅亡から救ってしまったのだ。
「ツいてねぇ」
留置所で1人絶望しうなだれると、自分の立っている地面に違和感を覚えた。地面の突起に指をかけると、床が外れた。大人1人入れるくらいの穴が空いていた。
「この穴はいったい何だ?」
放心していた私は何を思ったか、穴の中に無意識に入った。すると次の瞬間、轟音と共に激しい揺れに襲われた。狭い穴の中で何度も身体を打ちつけた私はそこで意識が途切れた。気がつくと暗闇の中に私はいた。身動きが取れないまるで棺桶の中のようだった。私は記憶を辿るうちに、穴の中にいたこと、激しい揺れに襲われたことを思い出した。つまり穴の上に何かが覆い被さってしまったのだろう。頭上に手を伸ばすと、何か瓦礫のようなものに触れた。意外にも頭上の瓦礫は簡単に退かすことができた。恐る恐る地上に顔を出すと、目の前には地平線が広がっていた。身体を捻りながら地上に飛び出し辺りを見渡す。360°どこを見渡しても何もない。私のことだ、どうせ生き残ったのは私だけだろう。どこまでも運の悪い男だ。
「ははっ、ツいてねぇ」
乾いた笑いが荒野に消える。
不憫 ライ @rai_cherry
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