3-2 ちょっとなに言ってるかわからない

「今日の連絡は特になし! 以上!」


 特にないならそんな腹から大声を出す必要ないだろ──クラスの全員がそう思っているに違いない。教師人生で初のクラス担任ということもあって、張り切っているのだろう。藤王先生はスタートダッシュに全力を使いガス欠するどころか、日に日に勢いを増していっている。


 この令和の時代に、ここまで暑苦しい昭和の学園ドラマみたいな先生はかえってレアなもの。クラスのみんなもうるさい、やかましい、静かにしろ、と思いながらも先生を憎めないでいた。


「ゆうちんー、このあと暇ー? ここちんと二宮に行こうと思ってるんだけど、一緒に行かない?」


「二人だけだと、このデブと付き合っていると思われてしまう。それなら死んだほうがマシだ、西倉も付き合え」


 帰る準備をしていると、デブロリコンビが僕の席までやってきた。県内最大の繁華街である二宮は学校の最寄駅から快速電車に乗って二〇分程で着くので、風高かぜこうの生徒も放課後よく遊びに訪れている。僕も姉さんとよく訪れていた。


「いいよ。今日は特に予定も……ん?」


 スマホを確認するとメッセージが届いていた。桑名さんからだ。


『すみません、相談事があるので今日の放課後、お宅に伺ってもよろしいでしょうか?』


 メッセージ自体は五時間目終わりに来ていたらしい。今の今まで気付かなかったな。せっかく誘ってくれたところ悪いが、相談事というくらいだし桑名さんを優先すべきかな。


「ごめん、急用ができたから今日は遠慮しとくよ」


「おい。私に死ねと言うのか? こいつと二人でいたら、何されるか分かったもんじゃないぞ」


「安心してよお、僕もここちんだけは絶対ないって思っているからね? それならまだカンガルーと結婚するよ」


「よし、殺す。千回殺す。咬み殺す。ぶっ生き返してぶっ殺す」


 郡山こおりやま先生による殺害予告川柳だ。字足らずであるものの、殺すために生き返らせるあたり殺意が高い。


「はいはい。じゃあゆうちん、また明日ねー」


 と、口論をしながらも二人で教室を出ていく。犬猿なんだか、相性がいいんだか。よく分からないコンビだ。『大丈夫ですよ』と返信すると、すぐに既読がついて『一七時半頃に伺います』と返事が来た。



「お邪魔します」


 約束時間の五分前に、桑名さんは家の前に立っていた。名前とは正反対な赤々としたパーカーの下から白シャツがチラリと顔を見せており、小慣れた印象を与える。デニムパンツと組み合わせて、シンプルながらも格好良さを演出していた。一方でパーカーのサイズが少し大きめなのか、袖に手が隠れているのがあざとくもかわいらしい。


「あらいらっしゃい! 久しぶりね藍月あつきちゃん……?」


「お久しぶりです、陽子さん。先日はイグニスクロスのBlu-ray BOXを貸してくださりありがとうございました」


 だいたい四五度くらいのお辞儀をする。貸したというより押し付けたと表現する方が正しいので、最敬礼までしなくてもいいのに。真面目な人だ。


 いつもの母さんならば、ここで早口でのイグニスクロス語りが始まってしまう。しかし桑名さんが持ってきたものを見て、困惑している様子だ。


「ちょいちょい、ゆうちゃん。藍月ちゃん、旅行にでも行くの? それとも今日お泊まりなわけ?」


「いや。僕も知らない」


 というのも、どういうつもりかわざわざキャリーバッグを持って来ていたのだ。


「大丈夫? 今から死体を埋めに行くスタンドバイミー展開とかやめてよ?」


「スタンドバイミーは猟奇ミステリー作品じゃないからね?」


 あの作品は死体を探しに行くのであって、死体を埋める話ではない。どの映画と勘違いしているんだか。


「持ちましょうか?」


「いや、大丈夫ですよ。そこまで重い荷物でもないので」


 そう言って、キャリーバッグを軽々と持ち上げた。少なくとも成人男性の死体が入っているわけではないらしい。一体なにを持って来たのか予想がつかないまま、僕の部屋へと案内した。


 姉さんの雑食オタク部屋とは趣が違って、こちらは主にドリドリ関係のグッズで埋められている。勉強机の上にもフィギュアやアクスタが置かれており、勉学に向き合うための用途を果たしていない。さながら祭壇と表現すべきか。


「あっ、これ! プライズの舞織ちゃんフィギュアだ!」


 キョロキョロとアレコレ見ていた桑名さんが一際大きな反応を見せたのが、『近未来サイバーパンクスカウトガチャ』にて実装された、毒々しくも鮮やかな色合いのウサミミパーカーを纏い、二丁拳銃を構えた舞織のフィギュア。これはゲームセンターの景品だ。


「すごいなぁ。私、UFOキャッチャー下手くそ勢で。夜空を飛ぶリアルUFOなら見たことがあるのに」


「僕も姉さんに借金してようやく手に入れたので大概です……うん?」


 今さらっと凄いことを言わなかったか、この人。


「それで。相談事というのは一体?」


「あ、すみません。ついテンション上がってしまって。実は、『みなこす!』に参加しようと思っているんです」


 『みなこす!』はハーバーシティで年に数回開催されるコスプレイベントだ。前に桑名さんに出てみませんかと提案したところ、覚えてくれていたらしい。


「正直、不安だらけですが……思い切って参加してみようと思考えています」


「それは良いと思います。きっとお友達さんも、桑名さんのコスプレ写真を見たがっているでしょうし」


「あの子も、そう言っていました。ハーバーシティで撮影するから、舞織ちゃんのマリンルック衣装で参加するつもりです」


 そう話す桑名さんの表情は、膝の上で甘えるステラによく似ていた。ペットは飼い主に似るのか、それともその逆か。お昼休みに見てしまった、貼り付けた笑顔とは大違いだ。


 港町を背景に撮るならば、水兵衣装をモチーフとしたマリンルック衣装はベストチョイスだ。カメラマンたちも、撮り甲斐があるだろう。


「でもソロで参加するのは、やはり抵抗があるのです」

「そうでしょうね。いきなりソロは危ないと思います」

 幼馴染さんの件もあるから、なおさら警戒しているんだと思う。それにこの手のイベントに一人で参加する人はあまりいない印象だ。即売会に行っても、コスプレイヤーさんたちは基本的にグループで動いている気がした。群れたがるのがオタクの習性なので、当然といえば当然か。


 誰か一緒に参加してくれる人がいれば、気持ちはだいぶ楽になるはずだ。しかし隠れキリシタン的な活動をしている以上、クラスの人には頼めない──といったところかな。


「そこで、西倉さんに相談なんです」


「良いですよ」


「即答ですか!?」


「なんてったって、桑名さんは僕の推しですからね。晴れ舞台に行かない理由なんてありません……ってなんだか恥ずかしいですね、これ」


「お、推しって! 私なんてまだまだ、そんな」

 あなたは推しですだなんて、普通に気持ち悪いセリフだ。でも、僕から見た桑名さんを表すならば、恋よりも推しの方が正解なんだろうな。


「本当にいいんですか?」


「オタクに二言はありません。僕も興味がありましたし、いい機会かなって」


 姉さんと母さんも誘ってみよう。父さんからカメラも借りなきゃな。


「ええ!? そうなんですか……? 意外といいますか、いやでも西倉さんなら納得といいますか」


 確かに、僕がコスプレに興味を持つなんて想像だにしていなかった。ドリデンに行く前の僕に話したら、何を言っているんだコイツってしらけ顔をされそうだ。


 桑名さんの舞織コスに出会えたことで、僕も少し変わった。一期一会を大切に、価値観は常にアップデートしていかないと。


「あ、でも確認はしておかないといけませんよね。私の見立てなら大丈夫だと思いますが」


 謎の存在であったキャリーバッグが開かれる。中から死体だとか誘拐した子供が出てきたなんてことは当然なく、丁寧に折り畳まれたマリンルック衣装だ。イベントに行くと、コスプレイヤーさんがトランクを持ち運んでいるのをよく見かけるっけ。今度のイベントで着る衣装を見せにきてくれたようだ。


「着替えるなら出ますね」


「へ? 着替えるのは私じゃなくて西倉さんですよ。出るのは私の方です」


 頭にハテナが浮かんで踊る。どうして僕が着替える必要があるのだろう。


「立ち上がってください」


「え? はい」


 促されるまま立ち上がると、取り出したマリンルック衣装を広げて僕の前で重ねてうんうんと考え込んでいる。


「うん。私の目に狂いはありませんでした」


 自己完結して納得しているものの、僕はほとんど理解できていない。分かることといえば、彼女が待っている衣装は舞織のそれとは異なるモノだったということ。見覚えのあるヘソだしルックの衣装は、ミッシェルシーサイドのミッシェル担当、千葉路恵ちばみちえのステージ衣装だ。


「さあ、これに着替えてください」


「はい?」


 僕のために持ってきた衣装だと気付いたのは、しばらくしてからだった。

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