第50話

「身寄りのない子どもたちが集まったり」

「ろくでもない大人が集まったり」

「王都の闇」

「近付かないほうが良いよ。メイベルの目的は、故郷を守ることなんだし、寄り道している暇、ある?」


 ……次から次へとぽんぽんと言葉を重ねられて、ちょっと驚いた。どうやら精霊たちはスラムに興味を示した私に、興味を失って欲しいようだった。精霊たちがこれほどまでに拒否を示しているってことは、本当に闇なんだろうなぁ……。暗殺ギルドでもあるんだろうか。

 闇って聞くと、真っ先にそんなイメージが湧く。前世の入院中にいろんなものを読み過ぎたせいかもしれない。……でも、これだけ『行っちゃダメ』って言うことは、きっと何か理由があるのだろう。私に言えないような、理由が。


「光の女神は、メイベルに世界を楽しんで欲しいと願ってる」

「スラムは、その願いに反している」

「人の心配よりも、まずは自分の心配」

「……うう、おっしゃる通りです……」


 正直に言えば、どこまで自分の力が通用するのかわからない。だからこそ、慎重にいかないといけない。精霊たちが力を貸してくれるって言っても、その力を当てにして生きるのも、私の描いている理想的な生き方とは違うし……。


「それに、メイベルの冒険はまだ始まったばかりでしょう?」

「そうそう。まずは楽しいことをしようよ!」


 しゅんと肩を落とした私に、精霊たちが慰めるように明るい言葉を掛けて来る。小さくうなずくと、ホッとしたような顔をした。


「ほら、明日は出掛けるんでしょ? 早く休まないと!」

「はーい。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 精霊たちに言われて、私は休むことにした。明日の朝、早めに起こしてもらうことにして、着替えてベッドに潜り込み、目を閉じた。――あっという間に眠りに落ちた。久しぶりにたくさん錬金したから疲れていたのかもしれない。


☆☆☆


「……寝た?」

「ぐっすり」

「……びっくりしたね」


 精霊たちがメイベルを眺めながら、小声で言葉を発する。ふわり、と風の精霊が姿を変えた。メイベルに『愛らしい』と思ってもらえるように小人の姿に変えていただけで、精霊たちの本当の姿は別だ。


「人間って時々無謀なことをする時あるよね」

「レッドドラゴンを倒しに行ったり?」

「あれはもう、レッドドラゴンのほうが楽しんでいただろ……」


 水の精霊、火の精霊も姿を変えた。懐かしむように目を閉じる火の精霊。それを呆れたような表情を浮かべて肩をすくめる水の精霊。


「まぁ、興味が逸れたようなら良いのだけど」


 精霊たちが同時にうなずく。


「……メイベルは私たちを、うまく使ってくれるかしら?」


 寝ているメイベルの髪を撫でる水の精霊が、ぽつりと呟いた。


「さぁ。あんまり呼んでくれないのはつまんないけどね!」

「メイベルにはメイベルの考えがあるんだろう」

「そうかもしれないけど、せっかくの精霊使いなのに……。今まで戦闘で使われたことがほとんどないよ!?」

「私はあるもんね!」

「弓と相性良いものね、風って。百発百中じゃない?」

「……弓の腕は自分で磨くもの、ってあんまり使ってくれないけどね……!」


 精霊たちはいつ自分たちがメイベルに呼ばれて使われるのかをソワソワと、いや、ワクワクしながら待っているのだが、ほぼ錬金術を使う時にしか呼ばれずにいるので、少し不満が溜まっているようだ。それでも、人間と共に生活をするのは新鮮だった。


「……女神はどうして、我らの力をメイベルに与えたのだろうか……」


 じっとメイベルを見つめながら、火の精霊が首を傾げた。


「そりゃあ、メイベルのことが気に入ったからじゃないの?」

「……確かにメイベルは女神に気に入られているだろうけど……、それだけが理由だとは思えない。この世界は女神が作ったものだが、もう手が離れているだろう。我らにメイベルを通じて世界を見てこいと言うことではないのか?」

「……うーん、言っちゃ悪いけど、あの女神がそこまで気にするかな~……?」


 火の精霊の問いに、風の精霊が肩をすくめた。精霊たちがメイベルと共に居るのは、彼女が精霊使いだからだ。この世界で唯一、自分たちを呼べる存在。そんな存在だからこそ、傍に居る。

 だが、女神から精霊使いが誕生した、と言われなければ、『メイベル』の存在を知らないまま自由に世界を巡っていただろう。人間側にも、魔族側にも、精霊は干渉しない。ただ、力ある者が勝ち、力無き者が奪われる世界なのだ。


「……まるで、人間の味方をしろって言われているみたいよね」

「……確かに。……いや、まぁ、人間と魔族なら、人間のほうが弱いだろうしな。フォローのつもりなのかもしれない」

「……それこそ、女神がそこまで考えてやってるとは思えないけどなぁ……」

「まぁ、なんにせよ、私たちはただ、この子を見守っていきましょう。危なくなったら命令がなくても助けることくらいは許されるわよね?」

「多分ね」


 水の精霊が優しく笑った。そしてすやすやと眠るメイベルの頭をもう一度撫でる。彼女の表情がふにゃりと崩れて、精霊たちは顔を見合わせて笑った。


「メイベルの冒険はまだ始まったばかりなんだし、私たちがアレコレ想像するのはなんか違うよね。決定的なことが起きてから考えれば良い」

「……そうね。今はただ、この子に幸あらんことを――」


 小人の姿に戻った精霊たちは、メイベルのベッドに潜り込んで目を閉じる。精霊に睡眠は必要ないが、こうして共に休んでいると自分たちが『人間』だった時のことを思い出せるような気がした――……。


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