第40話

 セレストの髪を綺麗に洗い、シャワーで流す。きゅっと水気を切ってから、トリートメントをつけた。……こんなに髪が長いと纏めるのも大変そうだ。


「ありがとう、メイちゃん。助かったわ」

「どういたしまして!」


 セレストは髪をふたつにわけて器用にお団子にした。お団子にしてから髪の毛を濡れタオルで包み、身体を洗う。


「そういえば、メイちゃんは手で洗っていましたね。どうして?」

「そっちのほうが肌に負担が掛からなくて良いそうです。乾燥肌対策になるとかならないとか……」


 聞きかじっただけだからうろ覚えなんだけどね。前世のお母さんが乾燥肌だったから、いろいろ調べたらしい。そして、私に教えてくれた。


「メイちゃんはいろんなことを知っていますのね。まだ若いのに……」

「セレストだって若いですよ!」


 年齢的には私が最年少だろうけど、セレストとそんなに変わらないだろう。多分。


「……セレストは成人していますか?」

「いいえ、あと三年ありますわ」


 確か、この世界の成人は二十歳。じゃあ今、十七歳ってことよね。……はい、最年少決定!


「……セレストは、成人したらなにかしたいことがありますか?」


 セレストは「そうねぇ」と考えるように目を天井に向けた。その瞳はキラキラと輝いていて、綺麗だった。


「まずは、家族と交渉かしら。一年に一回、実家に帰らないといけないから、あまり期間の長い任務にはつけなかったし……」

「期間の長い任務?」

「魔物との攻防戦、聖職者は回復魔法を使えるので重宝されるのです。戦争もそうですね」

「せ、戦争!?」


 私が思わず大きな声を上げてしまうと、セレストは眉を下げて小さくうなずく。この世界にも戦争ってあったっけ? いや、小説にそんな描写はなかった……。ってことは、魔王が復活したから、人間同士の戦争どころではなくなった……? 私がそんなことを考えていると、セレストは言葉を続けた。


「わたくし、出来るだけ多くの人を助けたいと思いますの。わたくしに出来るのはそれだけですもの……」

「……それだけってことはないと思いますが……」


 だって今日のセレストの魔法はとてもありがたかった。支援魔法と回復魔法があるだけで、こんなに戦いやすいのかってしみじみ感じたもの! ……それに、多くの人を助けたいっていうセレストのこころざしがとても素晴らしいものだと思った。貴族だからではなく、セレスト『個人』がやりたいことなんだろう。


「家族との交渉、うまくいくと良いですね」

「ありがとう、メイちゃん。……ところで、今年はメイちゃんを連れて行かないといけないから、予定空けておいてね」

「あ、はい。とりあえず、セレストの実家に行く前に冒険者ランク上げますね!」


 ぐっと拳を握ってそう宣言すると、セレストは目を数回瞬かせて、それから「頑張りましょうね」と私と同じようにぐっと拳を握った。

 身体を洗い、馴染ませたトリートメントも流したセレストと一緒に湯船に浸かった。

 もちろん、アヒルも一緒にね。広い湯船にこのアヒル一匹だけだとちょっと可哀想な気がするけど……。ぷかぷかと浮かぶアヒルのおもちゃを眺めていると、セレストが興味深そうにつんつんと突いていた。突かれて左右に動くアヒルに、セレストが「ふふっ」と笑う。


「確かに楽しい気持ちになりますわね」

「でしょう?」


 お世辞ではなさそうな声色だった。


「……貴族って、やっぱりメイドたちが髪を洗ったり身体を洗ったりするんですか?」

「ええ、わたくしは湯船に浸かったまま、髪を洗われたり身体を洗われたり、マッサージをされたり……」

「マッサージまで? ……あれ、でもそれじゃあ、冒険者になるって決めてから大変だったのでは?」

「そうですわね……、すべて自分でやるようになるまでには、かなり長い道のりでしたわ……」


 頬に手を添えてどこか遠くを見つめるセレスト。……一体どんなことがあったんだろうか、聞いても良いのかな、でもあんまり話題にしたくなければ困るよね……。ああ、いろいろ考えすぎてしまう!


「その時まで自分で身支度をすることがなかったから、メイドたちがもどかしそうに見ていましたわ……。まぁ、そんなわたくしも自分で出来るようになったので、努力の甲斐がありました」


 懐かしむように目元を細めて、それから私に向かって優しく微笑んだ。


「メイちゃんがわたくしの実家に来た時は、是非わたくしにドレスアップさせてくださいね」

「……えっ?」


 ど、ドレスアップ? 私がドレスを着るの? パチパチと目を瞬かせると、セレストは口元に手を当ててクスクスと笑った。


「……私に似合うドレスがありますかね……?」

「ありますわよ、絶対」


 冒険者になるから、とお父さんにばっさり切ってもらった髪の毛。身体の二次性徴もまだあまり出ていないから、どちらかと言うと少女というか少年っぽい見た目だと思うのだけど……。そんな私にも似合うドレスが本当にあるのかなぁ……?


「……さて、そろそろ上がりましょうか」

「そうですね」


 充分に温まったし、お腹も空いた。ご飯を食べてのんびりしよう。

 ざばっと湯船から上がって脱衣所へ。身体を乾かすのも、髪を乾かすのも魔法で一瞬だから良いよね。冒険の時に着ていた服は洗濯するから、代わりにルームウェアに着替えた。

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