第4話

 お昼寝から目が覚めて、うーんとベッドの中で伸びをする。むくりと起き上がり窓を見るとまだ陽は沈んでいなかったから、二時間くらいは寝ていたかな?


 ベッドから降りてお父さんの元へ行く。お店に向かい顔を覗かせると、お父さんと村の人が話しているのが見えた。


 お父さんは薬を取り出して渡していた。錬金術師と薬師を兼ねているこの『ザール工房』は、村人たちにはなくてはならないお店だ。


「メイベル、目が覚めたのかい?」

「うん。えっと、いらっしゃいませ」


 私の視線に気付いてお父さんが『こっちへおいで』とばかりに手招きをする。私はお父さんの元へ歩いて行き、薬を買いに来たおばあちゃんに向かって小さく頭を下げた。


「おやまぁ、メイベルちゃん。具合はもう良いのかい?」

「はい。ご心配をおかけしました」


 もう一度ぺこりと頭を下げると、おばあちゃんはぽんぽんと私の頭を撫でた。私が顔を上げると、優しく微笑みを浮かべる。


「無理しちゃダメよ。また元気に遊んでいる姿を見せてね」

「はぁい」


 おばあちゃんはお金を取り出してお父さんに渡すと、軽く手を振ってお店から出て行った。


「ちゃんと接客出来て偉いなぁ、メイベルは」


 デレデレの表情を浮かべて褒めてくれた。正直、接客業はしたことない。ずっと客側だったし。日本ではバイトする前に……病気になってしまったし、ね。でも、どんな風にお店の人たちが声を掛けてくれたかは覚えていた。


 それに、お父さんの接客も見ているから、真似しただけだ。それだけなのに、五歳の子どもが親の真似をしていると思って微笑ましく思ってくれたのだろう、多分。


「今日のお手伝いはもう大丈夫だよ?」

「……そう?」

「うん。起きたのなら、遊んできておいで。ロベールが心配していたよ」


 ああ、そっか。私が元気になったことを知らせていない。だからお父さんはそれを知らせに行っておいでって言っているのか。なるほど。


「……えっと、じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい。暗くなる前に帰るんだよ」


 こくりとうなずいて裏口へ向かう。ロベールの家に向かうには、裏口から行ったほうが近い。裏口から出て真っ直ぐにロベールの家に向かう。ロベールは庭先で剣の修行をしていた。素振り中なのを邪魔してもいいものか悩んでいると、ロベールの視線が私に向いた。そして、ぱぁっと表情が明るくなった。木剣を地面に刺して、パタパタと私に駆け寄って来る。


「メイベル、大丈夫なの!?」

「うん、心配かけちゃってごめんね。邪魔しちゃった?」


 ふるふると首を横に振るロベールを見て、私はほっと息を吐いた。汗が浮かび上がっているのを見て、ハンカチを取り出す。それを差し出すと遠慮されたので、ぐいぐいと彼の汗を拭った。


「ちょっと待ってて。おじいちゃーん、休憩!」

「おー、……おん? メイベルじゃないか。具合はもう良いのかい?」

「うん、大丈夫。ご心配をおかけしました!」

「……急に大人びた言葉を使うようになったのう……。ロベール、今日の修行はここまでじゃ。メイベルと遊びに行っておいで」

「いいのっ?」

「子どもが遊ぶ姿を見るのは、年寄りの楽しみじゃからな」


 そう言って微笑むのはこの村の村長、テオドワン。


 ちなみにこの村の名前はパント。一巻の冒頭に出て来る村。そして――一巻の終盤に滅びてしまう。……私は、その運命を変えたい。


「それじゃあ、遊びに行こうか!」

「うんっ」


 手と手を繋いで駆け出す。さっきまで剣の修行をしていたとは思えないくらいの体力だ。この前、私が気を失った川辺まで来て、ロベールは走るのを歩行にかえた。てくてくと歩き、木の下に座る。ロベールの手が離れて、自分を抱え込むようにぎゅっと膝を抱えている姿を見て、私は首を傾げた。


「どうしたの、ロベール。悩みごと?」

「……メイベル……」


 ほんの少し眉を下げて、それから話すかどうかを迷っているようなロベールに、私は優しく話し掛ける。


「話しにくいことなら、無理には聞かないけど……」

「……えっと、ね。メイベルがぼくの肩に痣があること、教えてくれたでしょ」


 ぽつぽつと喋り出した。……そういえば、原作では十六歳の頃から始まるから、メイベルが五歳で倒れたなんてエピソードなかったはず……。


「……あのあとね、おじいちゃんに聞いたの。どうしてぼくの肩に痣があるの? って。そしたらね、……教えてくれたの」

「……なにを……?」


 ロベールは膝に自分の額をくっつけながら言葉を続けた。


「ぼくは……おじいちゃんの孫じゃないって」


 ――そっち!? てっきり勇者だということをカミングアウトしたのかと思った!


「……あと、ゆうしゃなんだって……」


 そっちもカミングアウトしてたの!? びっくりしてなにも言えなかった。


「……ぼくが赤ちゃんの頃、おじいちゃんに預けられたんだって……」

「そ、そうなんだ……」

「……ぼく、おとうさんたちの子じゃなかった……」


 涙声になっているのを聞いて、私はハッとした。五歳の子には重い話だよね……。っていうか、なんで話したんだろう……。


 そして、それを聞いてからきっと不安だったのだろう。泣き顔は見せたくないのか俯いたままだ。

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