第52話 エピローグ

 久々に、祖母の家に帰って来た。実に一ヵ月ぶりだ。

 そして、アンネリーゼさんも一緒だ。

 まず、スマホを取り出して、電源を入れる。ネット銀行の残高を確認すると、公共料金や税金は問題なく引かれている。それと、バイト代が振り込まれていた。使っていなかったけど、電力は消費するんだな。充電は……、今日の用事が済んでからにしよう。

 家の所有権は、まだ僕にありそうだ。父親は、干渉して来なかったと思う。

 ポストを見ると、手紙が多少溜まっていた。だけど後で見よう。マジックバックに無造作に放り込む。


 さて、こちらの世界の準備を始めるか。

 まず、スーツを着ようと思ったけど、着られなかった。

 小さかったからだ。

 今の僕は、190センチメートル以上の身長がある。ステータスに耐えられる体にするために肉体が変化した結果だった。

 ため息を吐いて、ストアでスーツを買う。


【今日はそんな服装なの? 前は、もっとラフな格好だったのに】


【今日は特別な場所に行くからね。リーゼさんもこれを着てね】


 アンネリーゼさんに女性用のスーツを渡す。ドレスでも良いのかもしれないけど、街中を歩く必要もあるので、無難な服を選んだ。

 それと、大きめの帽子と日傘だ。白髪……いや、銀髪碧眼のアンネリーゼさんを少しでも隠したい。


【急ごう。遅刻はしたくない】


【ユーリが遅刻するのは、忘れた時だけではないの?】


 苦笑いをする。


【リーゼさん。こちらの世界では、走らないでね。注目されてしまうので。それと、飛んではダメだよ?】


【目立ちたくないって話よね。この数日聞き続けたから大丈夫よ。この世界の常識は頭に入っているわ】


 本当に大丈夫かな? まあ、一緒に行動すれば、問題ないと思う。多分……。

 こうして僕達は、祖母の家を出発した。歩いて駅まで行く。


【一ヵ月くらいだけど、少し変わったかな……】


【とても良い匂いがするわね。こちらの世界の食事に興味があるわ!】


【今日の目的が済んだら、食べに行こう。お勧めのお店を紹介するよ】


 良い笑顔の、アンネリーゼさん。

 適当な話をしながら、駅に着いた。切符を買い電車に乗る。

 アンネリーゼさんは、電車での移動が楽しいようだ。窓から見える風景を見て説明を求めて来た。

 僕は、一つ一つ説明をする。


「飛べないと言うのも、またいいものなんだな。風情を楽しむ余裕が生まれる……」


【今なんて言ったの?】


【独り言だよ……】





 目的の駅に着いた。

 そのまま、近くのコンサートホールへ。

 チケットを渡して、二人で席に着く。

 これから、ピアノのコンクールが始まる。今日は十人が演奏を行うみたいだ。

 もちろん、その中に麗華さんも含まれている。


 舞台挨拶が終わり、演奏が始まった。

 殺伐とした日々を送っている僕だったけど、今日くらいは気を抜いてもいいよな。


 知力を上げて、センスも上がったからなのかな? 音の良し悪しが分かる気がする。

 アンネリーゼさんを見ると、とても興味深そうに見ている。何もかもが新鮮なんだろうな。

 そして、麗華さんの番が来た。

 麗華さんが一礼した後に、僕と眼が合った……。それでも、麗華さんに動揺は見られない。

 ピアノの前に座り、麗華さんの演奏が始まった。


 ──ポロロン……


 僕は、〈解読師〉だ……。文字から想いを知ることが出来る。

 だけど、音楽からは何も感じ取れないと思っていた。

 でも感じる……。

 僕を想っていてくれている……。

 その感情が、音として流れ込んで来た。

 その音は、共に過ごした祖母の家での晩ご飯を思い出させ、また、アンネリーゼさんとのわずかな時間をも表現していた。

 それだけではなく、僕が麗華さんを怒らせてしまったこと……。

 僕のことを真人さんと佑真さんにも相談していたんだな。そして、僕のバイト生活の話を聞いて喜んでくれたこと……。一ヵ月程度だったけど、こんなにも僕を見続けてくれていたのか。

 そして分かってしまった。


 僕に会いたいという想い……が。


 麗華さんの演奏が終わった。盛大な拍手が送られる。僕も拍手を送る。

 そして、僕は涙を流していた。


『僕は、一番手放してはいけない人を、遠ざけてしまったんだな……』


 そんな僕を見て、アンネリーゼさんが微笑みながら、ため息を吐いた。





 僕は、コンクールの最後までいることが出来なかった。

 アンネリーゼさんを連れて、足早にコンサートホールを後にした。


【会って行かなくていいの? 私はかまわないですよ?】


【まだ、会には行けないよ。全部終わってからと決めているから。

 待っていてくれるとは思ってないけど、全部終わったら顔を出しに行く予定だよ。

 真人さんと佑真さん……、ご家族にもね】


【もう、強情なんだから!】


【……今会うとさ、止まってしまいそうなんだ。張り詰めているものが緩んでしまいそうだったよ。

 でも来れて良かったかな。心が満たされた感じがする。明日からまた頑張れそうだ】


【本当にレイカサンが好きなのね】


 苦笑いが出た。


 今の僕は、この世界では生きていけない。ステータスの補正が大きすぎるからだ。

 身長も伸び過ぎているし、親でも僕だとは分からないと思う。

 全てを終わりにさせる……。そうしたら、ステータスを元に戻したいと思っている。

 人並程度に戻して、もう一度、サイオン製作でバイトから始めたいと思う。


 僕は頭が良くなかったので、異世界の方を選んだ。元の世界は一時的にだけど関係を断つ決断を下した。

 だけど、帰る場所は決まっている。


【それじゃあ、帰ろうか。祖母の家に。そして異世界に行こう。

 火属性と土属性の〈根源なる者〉と話を付けて、全てを終わりにしよう!】


【うふふ。やる気十分ね。良いわ。行きましょう!】


 往復可能な異世界転移。どちらの世界も大事にしたいと思ったけど、それは叶わなかった。

 それでも、僕を想ってくれている人はいる。

 どちらの世界にもだ。


 祖母と祖母の先生の想いは受け取った。協力者を得てその想いも叶えられそうだ。


 待っていてくれているとは、思っていない。

 それでも、全てが終わったら、僕の想いを伝えに行きたいと思う。

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