第14話 変化2

 会社のパンフレットとお菓子を頂いて、屋敷を後にした。

 今の僕は、パニック状態だ。ボーとしながら、玄関前で立ち止まっている。

 だけど、人の視線に気が付き、我に返った。他人の玄関先で立ち止まっているのはいけない。不審者だろうに。

 足早に、西園寺家を後にする。

 僕は、歩きながらパンフレットに目を通した。


「サイオン製作株式会社。従業員千人? 資本金百億円?」


 大企業じゃないですか……。

 何が起きているんだろう?

 パンプレットを持っている僕の手は震えている。冷や汗も止まらない。


『クスクス。随分と気に入られましたね。良いじゃないですか。こちらの世界で就職しても』


 この世界では、サクラさんとの会話は口に出せないな。頭の中で返事をする。


『就職したら、魔物の討伐は出来なくなるんじゃないですか? 土日の休みだけで良いのですか?』


『もう少しレベルを上げてくれれば、移動系の魔導具が使用可能になります。そうすれば、日に数時間でも向こうの世界で討伐を行って貰えれば、神樹の防衛に貢献出来るでしょう』


『移動系の魔導具? もしかして魔力が関係していますか? 〈未開放〉と出ていましたけど』


『レベルだけで大丈夫ですよ。魔力は……、必要ないかもしれません。優未さんの魔導具は優秀過ぎるので。でも、"姿を変える術"くらいは覚えておいた方が良いかもしれませんね』


 姿を変える……、魔法? 使用用途が分からないな。最近は情報過多だ。


『確認ですけど、〈根源なる者〉は討伐しなくて良いんですか?』


『神樹を燃やすのと、同義になりますね。あちらの世界では、種族の絶滅を避けたいのが、神の意志になります。最終的な目的は、優莉さんが決めてください』


『そうなると、争わずに、国境線を引けば良いんじゃないですか? 顔を合わせない様に、物理的に交流出来なくするとか……』


『ならば、優莉さんが国境線を引いてください』


 簡単ではないんだろうな。

 オーガやオークは、僕を見ただけで攻撃して来た。僕も討伐しても心は痛まなかった。

 祖母は、生理的に受け付けないと言った。僕も嫌悪感を持っている。アークスネークなんか、攻撃するのに躊躇いはなかった。

 そんなことを考えていると、駅前に着いた。今日はこの後、買い物をしたかった。

 ここで、他人の視線に気が付く。やっぱり、見られている? ヒソヒソと言う声も聞こえる。

 そんなにおかしな恰好をしているということなんだろうか?

 デパートに入り、安めの衣料品販売で、三着分のズボンと上着、追加の下着類を買う。

 それと靴だ。アウトレット店でスニーカーを購入した。支払いを済ませて、急いで帰る。

 とにかく、人の視線が、耐えられなかったからだ。理由は分からないけど、今僕は目立っている。

 とにかく、人ごみに紛れて、注目されないように努めた。


 帰り道で、信号待ちをしている時だった。

 警察車両の音が聞こえた。そちらを向くと、ノーヘルのバイク二人組が車の間を縫って向かって来た。


「……昭和かよ」


 無意識だった。

 ポケットに仕舞っていた、〈開天珠〉を取り出し、親指で弾いていた。

 〈開天珠〉は、バイクの前輪に当たり、そして、バイクが転倒する。転倒する方向は、誘導してある。

 バイクはそのまま電柱に激突して止まった。

 そして、悲鳴が上がる……。


『……今、僕は何をした?』


 汗が噴き出る。〈開天珠〉を手元に戻して、その場を足早に後にした。





 祖母の家に着いた。玄関を開けて、靴を脱ぎ捨てる。買い物袋もその場に置く。

 そしてそのまま、廊下に手をついてうずくまった。


「はぁ、はぁ……」


 動悸が激しい。胸が苦しい。

 殺人未遂だ。いや、死なないように転ばせた。怪我はしているだろうけど、死にはしないはずだ。

 僕の中で何かが変わっている。

 他人を傷つけることに躊躇いがなかった。

 あのバイクの二人を、害虫を見るような目で見ていた自分がいた。

 ……危ない。


『おちついて、優莉さん! あの二人は、軽傷です。それと、警察に逮捕されています。

 迷惑行為をした人達なのです。優莉さんの行動は間違っていませんよ』


 違う。間違っているとかじゃない。

 僕から、他人を傷つけた。しかも無意識に……。

 動悸が止まらない。


「……精神を安定させる湧水」


 効果は分からない。でも今はその言葉に縋りたかった。

 僕は外に出て、桜の樹を触り、異世界へ渡った。





 ログハウスで、どれくらいの時間を過ごしたのかな……。

 とりあえず、落ち着いた。動悸も止まった。

 罪悪感は、拭えていないけど、精神は安定していると思う。平常心は取り戻せたと思う。

 空は、暗くなり始めていた。

 少し眠っても良いかな。一人暮らしなんだ、夜型人間になっても文句は言われない。


『優莉さん。人が訪ねて来ましたよ?』


 ……今は気分が悪い。今日は誰とも会いたくないな。


「今日会った方が、良い人なんですか?」


『何度も無駄足を踏ませているので、会った方が良いと思います』


「……桜の樹から出て来るところを見られても大丈夫ですか?」


『突然現れたとしか感じないでしょう。大丈夫です』


 この時の僕は、頭が働いていなかった。

 サクラさんに促されるまま、祖母の家に帰ることにした。

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