往復可能な異世界転移～引きこもりニート予定だったけど、祖母の遺産で忙しく働いています～

第1話 プロローグ

　今日は、高校の卒業式だ。

　やっと学生生活を終えられる。散々だった学生時代……。

　卒業式が終わり、絡まれないように気配を消して学校を後にした。

「ふう～」

　帰路に着き、裏道に入った時点でため息が出た。

　嫌な学生時代を思い返す。

　聡明でない学力。いくら鍛えても上がらない体力とセンス。おまけに低い身長と脂肪だらけの体。

　最も嫌だったのは、その容姿。

　糸目と低い鼻、歯並びの悪い口……。鏡を見る度に自分の顔から目を背けていた。

　当然だけど、スクールカースト最下位。いじめも受けた。

　直接的な暴力は少なかったけど、物を隠されるなど毎日だ。

　心を傷つけられる罵詈雑言など当たり前。軽いコミュ障も患っている。

　そして、学力の低い学校のやる気のない教師……。見て見ぬふりをされた。

　それでも、なんとか十二年間耐えた。せめて、高校の卒業だけはしたかったからだ。

　だけど、高校を卒業したからと言って、何かが変わるわけでもない。

　就職失敗……。面接はことごとく落ちた。理由は……、色々あると思う。原因は、自分にしかない。

　これからはバイト生活だ。

　重い足取りで、実家に向かった。

　家族とも上手く行っていない。兄と姉は優秀であり、地元の国立大学に通っている。

　容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備……。僕は家族の恥でしかなかった。

　父親も僕には、軽蔑の視線を送って来ている。家にも僕の居場所はなかった。

　就職して一人暮らしを計画していたけど、それも失敗。家族の落胆も大きかったな。

　嫌な思い出しかない過去と、希望の持てない未来……。

　そんなことを考えていると、家に着いた。

「……ただいま」

「……お帰り。卒業おめでとう」

　父親は、卒業式にも来てくれなかった。ちなみに母親は、他界している。

　まあ周りから何か言われるのは僕も嫌だったので、それはそれで気が楽だったけど……。

　自分の部屋に入ろうとした時だった。

「あ。優莉（ゆうり）……。話がある。荷物を置いたらリビングに来てくれ」

　何だろう？

　このところ、まともに話もしたことのない父からの指示だった。

　荷物を自分の部屋に置き、リビングに向かうと、兄と姉もいた。

　四人でテーブルを囲む。

「……これからどうするか決めているのか？　就職希望だったが、何処も受からなかったのだろう？」

　重い沈黙。

「とりあえず、バイトするためにハローワークに通います。教師からは、手順だけは教えて貰っているので……」

　兄と姉が、軽蔑の視線を向けて来た。

「まあ、進学でも良かったのだがな。就職を希望したのは、お前だ。

　そして失敗したのも自己責任だと言った。失敗を非難する気はないが、さすがに世間体が悪すぎる」

「申し訳ございません」

　頭を下げる。

「そこで、提案がある。母方の実家が空き家になっていてな。親戚交えて話したのだが、そこに住め」

「え！？」

　思いがけない父親からの提案だった。いや、命令か……。

「何度か行ったことがあるだろう？　田舎ではあるが、良い所だ。そこで、働き口を探して自立しなさい」

　ここで悟った。父親と兄姉は、僕が引き籠りニートになることを恐れているんだな……。

　逆らっても言い包められて終わりだろう。時間の無駄だ。

「十年以上前に行ったきりなのでよく覚えていないのですが……。確か、他県の地方都市でしたよね。

　分かりました……。新天地で就職先を探してみます」

「うむ。多少の支度金は用意する。引っ越しの手続きも私が行おう。

　最低限の荷物を持って先に行き、掃除をしておきなさい。荷物は、四月中旬頃に送るようにする」

「……はい。今日中に荷物を纏めて、明日出発します」

「私のキャリーバックを使いなさい。とりあえず、衣類を中心に持って行くようにな」

「……はい」

　こうして実家からも追い出された。

　これからは、冠婚葬祭でしか会わないんだろうな。いや、それすらも呼ばれない可能性がある。

　僕は、家族の恥でしかなのだから……。

◇

　次の日の朝、朝食を摂ってから、別れの挨拶をした。

「元気でな……」　

　それだけだったけど。

　電車で四時間。乗り継ぎとかもあるので、大分遠い所に移住することになった。

　特急電車を使えば、もっと短縮できるのだけど、急ぐ旅でもないので鈍行電車で風景を眺めながらの移動とする。何も考えなくていい時間……、旅はいいかもしれない。

　目的地の駅で降りて、スマホの地図アプリで祖母の家を目指す。

　バスもあるみたいだけど、徒歩で三十分かけて、母方の空き家に着いた。

「はは……」

　苦笑いが出た。それはそうだ、十年以上誰も住んでいない家なんだ。

　雑草が生い茂り、玄関までの道が見えない庭が真っ先に目に入った。

　建物は、大丈夫なんだろうか……。雨漏りが心配だ。

　雑草をかき分けて、中に入る。そして、玄関に辿り着いた。

　ここで、風が吹いた。

　右を向くと、桜が咲いていた。大きく立派だけど、手入れされていないのが分かる。

　枝が伸びすぎて、折れそうだった。

「"桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿"とか聞いたことあるけど、これ大丈夫なのかな？　観光地では枝を地面から延ばした支柱で支えていたけど。それくらい立派だ」

『いらっしゃい。良く来てくれたわね』

　ここで驚いた。頭に何かの声が響いた気がしたからだ。

　幻聴？　本当にそんな感覚だった。

　でも思ってしまった。

「本当に綺麗な桜だな……」

　少し見惚れてしまったけど、気を取り直して玄関のカギを空けて、祖母の家に入った。