第150話 第三の父

 オストブルク軍やポール・ランド軍は西方に展開していた。

 これはスモレンスクを突破した後、主力部隊の後方を他国の軍に任せるのが不安だったからだ。

 モスクワから遠いため、シャルルの死体は部隊が移動するよりも早く送り出していた。


 その後、ソシア軍は十万の兵をスモレンスクの正面に向かわせ、四万の兵をドニエプル川の東側から南下させていた。

 これは後方から奇襲を仕掛けるためだ。

 ソシア軍は魔物を避けて行軍するのに慣れている。

 スモレンスクのガリア軍も、まさか後方から奇襲を仕掛けられるとは思ってないだろう。

 そして、後方を遮断する事で、ソシア軍の反撃を知らせる使者を出させないようにする。

 他のガリア軍には、盲目のままで居て貰った方が後々のためになるからだ。


 この方法は効果的だった。

 ソシア軍に反撃の余裕など無いと思っていたスモレンスクのガリア軍は、前後からの攻撃により十日で降伏した。

”渡河をするならダウガヴァ川”という先入観があっただけに、ドニエプル川側にはまともに見張りを置いていなかったのが要因だ。


 ソシア軍はここから西へ進み、ダウガヴァ川で睨み合っているガリア軍の横っ面をぶん殴りに向かう。

 その前に、ゾルドはホスエを送り出す事になった。




「そろそろ、出発します」

「おう、行って来い。なんなら、テオドール達も連れて行って良いぞ」


 これからホスエは、魔族と共に神教騎士団を倒しに向かう。

 ソシア遠征部隊も、そろそろローマへの帰路に着く頃だ。

 キエフの東側、強力な魔物がいる地域で行方不明になってもらう予定だった。

 それに、魔族達に魔物を従えさせる必要もある。

 少し早めに向かう事にしたのだ。


「テオとラウルも強くなったけど、まだ騎士見習いにも勝てないだろうね。あと三年は欲しいところだよ。今連れて行っても死ぬだけだから、連れていけないよ」


 ホスエはゾルドの申し出を断った。

 一方的に殺されるからというだけではない。

 ホスエは二人に友情を感じている。

 連れて行けば、きっと庇おうとして足をすくわれるだろう。

 今回の戦いはホスエにとっても余裕のあるものではない。

 足手纏いを連れて行く事はできないのだ。


「オーケー、オーケー。じゃあ、行って来い」


 ゾルドは拳を突き出すと、ホスエも拳を突き出して合わせた。

 ホスエは生きて帰ってくると信じている。

 軽く送り出すのは、湿っぽい別れ方をして、無事に帰って来た時に気まずくなるからだ。

 それにゾルドの性に合わない。

 気軽に送り出して”無事に終わったよ”と帰って来るのを迎える方が良い。


「では、行ってきます」


 ホスエはそう言い残すと、レックスの足元にある運搬ケースに入っていった。



 ----------



 神教騎士団ソシア遠征部隊。

 今年の編制は千名。

 その内、三分の一が魔物との戦いを未経験だった。

 道中の魔物を狩っていた頃は頼りなかったが、ツァリーツィンというソシア最東端で戦った後は違う。

 初めて大型の魔物を見た時に小便を漏らしていたひよっこ共も、今では一端の男の顔になっていた。


「今年の遠征は怪我人がいても、死者は無し。豊作ですね、グスタフ隊長」


 そんな彼らを見て、顔をほころばせる者がいる。

 遠征部隊を任された者達だ。

 人の命――それも、ひよっこ共の引率という仕事をやり遂げたという安心感がある。


「豊作というには小粒揃いじゃな。ただ生き残ったというだけに過ぎん」


 だが、グスタフと呼ばれた男は不満気だった。

 年配のドワーフで、頑固な親父という風貌。

 見た目だけではなく、性格も頑固そうだ。

 

「隊長は厳しいんですよ。最初は生き残れただけで十分です。昔、大当たりを引いたからって、他の者にも同じ働きを期待するのは酷ですよ」

「そうですよ。ホスエでしたっけ? 十年に一人の逸材を失って忘れられないのはわかりますが、彼を基準にするのはどうかと思いますよ」


 部下の言葉に”むぅ”と言葉を漏らし、グスタフは顔をしかめる。

 自分でもわかっているのだが、ついついホスエと比べてしまうのだ。


 ホスエは剣の腕だけなら、将来的に騎士団長になれそうな逸材だった。

 もっとも、騎士団長という立場は剣の腕だけではなれない。

 時にはライバルを蹴落とすズルさも必要だ。

 だからこそ、剣の腕だけなら・・・・・・・という限定的な評価だった。

 人が良いので、出世競争には勝てそうには無い。

 そこがもったいなくもあり、気に入っているところでもあった。


「何もかも魔神が悪い。奴が攫わなければ、どこまで成長するのか見れておったのに……」


 グスタフは悔しそうに言う。

 ホスエは魔神の運搬に携わっていたが、プローインの裏切りにより魔神に攫われてしまった。

 運搬に関わった他の騎士の死体は見つかったが、ホスエの死体は見つかっていない。

 魔神に食われたのか、それともどこかに打ち捨てられたか……。

 死体が見つかれば、諦める事もできた。

 見つからないからこそ、まだホスエの事を忘れられないのだ。


「仕方ないですよ。魔神といえども神は神。戦う事ができるのは天神様くらいでしょう。ホスエのお陰でプローインという魔神の協力者を滅ぼす事ができた。そう思うしかありませんよ」


 ライプツィヒの教会で、ホスエは神父に魔神とプローインの繋がりを決死の覚悟で伝えた。

 その働きは、期待された若手として十分なものだった。


「奴にはもっと――」


 グスタフが何かを言おうとしたところで、叫び声が聞こえた。


「どうした! 狼狽えるな!」


 グスタフの副官が叱咤する。

 魔物の襲撃があったとしても、彼らは神教騎士団だ。

 黙って返り討ちにすれば良い。

 情けない声を出す事など、騎士団員としての職務にない。


「ヒュドラです! ヒュドラが襲って来ました!」


 若い騎士が伝令として報告に走って来た。

 確かにキエフの東側なので、ヒュドラくらいは現れるだろう。

 そういった魔物の襲撃を撃退するのも訓練の内だ。

 だからこそ、この魔物狩りの遠征は野宿メインで行われる。


「さすがにひよっこ共には骨が折れるか。ワシ等もいくぞ」


 グスタフは肉厚な刃のハルバードを持ち、戦闘に参加しに向かった。



 ----------



「魔道兵、前へ!」


 襲い掛かってくるヒュドラは二十匹。

 これは熟練の騎士中心でも、一歩間違えれば危険な数だ。

 接近される前に、まずは魔道兵により一撃を加える。

 百名ほどの魔道兵が最前列に並び、詠唱を始めた。


 ――そこに、何者かの魔法が直撃する。


「何だ!」


 何が起こったのか?

 誰が攻撃したのか?

 対応を考える事よりも、驚きだけがグスタフの頭の中を占めていた。

 神教騎士団に攻撃を仕掛けるなど正気の沙汰ではない。

 だが、異形の者達が姿を現し、魔道兵を殺すのを見て気付いた。


「魔族だと! 魔道兵を守れ!」


 しかし、その命令は遅かった。

 初撃の魔法と、その後の奇襲により魔道兵は全滅していた。

 これはグスタフの油断だった。


”第二次天魔戦争は、まだ始まっていない”


 その先入観から、魔族が自分達を襲ってくるとは思いもしなかったのだ。

 これはグスタフ一人を責めるわけにもいかない。

 神教庁の者達も、魔族が今次大戦に参戦する気配が無いと油断していたのだから。


「円陣を組み、全周囲警戒! 正騎士は前へ、見習い共は正騎士の背後を守れ!」


 グスタフは素早く指示を出す。

 指揮官がいつまでも呆けていられない。

 明確でわかりやすい命令を出す事によって、思考が停止している者達にも動けるようにしてやる必要があったからだ。

 だが、これは間違いだった。

 魔道兵を失っていたからだ。


 円陣を組むと、騎士が固まっているところに攻撃魔法が集中する。

 たまらずに陣形を離れ、魔法を避けようとすれば個別に狩られる。

 魔道兵を失った事により、防御魔法を使えない弊害が出ていた。

 最初の奇襲により、戦いの趨勢は決まってしまっていた。


「クソッ、突撃だ! 魔族に肉薄しろ! 同士討ちを恐れて魔法を使えなくなるはずだ!」


 突撃命令を出し、真っ先にグスタフが突進する。

 最初の一歩を踏み出すのは勇気がいる事。

 まずは指揮官が先頭に立つ事により、皆の勇気を奮い立たせようとした。

 しかし、後ろを振り返らず、先頭を走ったせいで背後の様子に気付かなかった。

 グスタフ以外の者に魔法が集中し、孤立させられている事に。


 これはグスタフに指揮官としての力量が足りなかったせいだ。

 教官として優れていても、戦場での指揮官としての能力があるかは別。

 魔物狩りの方法は知っていても、戦争のやり方を知っているかも別。


 ソシアの遠征部隊を任され、魔物狩りをする分にはグスタフは立派にやり遂げる力量がある。

 だが、魔族との本格的な戦闘に入るには、指揮官としてまだまだ未熟だった。

 これはグスタフだけではなく、長い間平和な時代を過ごしていた神教騎士団全体の問題でもある。


 自分に付いて来る者がおらず、一人突出している事に気付いたのは魔族の目の前に来た時だ。

 しかし、止まるわけにはいかない。

 ここまで来たのなら、一人でも魔族の中に突っ込み、魔法を途絶えさせるべきだと考えた。

 そこで、立派な鎧を着た獣人の姿に気付く。


「お主が魔族を率いている者か!」


 他の魔族は裸であったり、服だけを着ていたりする者ばかり。

 鎧を着る者が指揮官だと、判断したのだ。

 だが、その相手は首を振る。


「違いますよ、教官殿」


 少し悲しそうな声で、グスタフを教官と呼ぶ。

 その声はグスタフも良く覚えている。


「お主……、ホスエか?」

「そうです」


 ホスエは兜を脱ぎ、グスタフに顔を見せる。


「……そうか、生きておったか。だが、そちらにいるという事は魔神に寝返ったのだな?」


 グスタフはホスエを強く睨む。

 かつての教え子が魔神に寝返った。

 ならば、自らの手で罪を償わせてやるのが、教官としての役割だろう。


「寝返る? 違いますよ、教官殿。私を助けてくれた人の話をした事を覚えておられますか? その人がゾルド様だったのです。ゾルド様が神教庁関係者だと勘違いしたせいで、神教騎士団に入団してしまいましたが……。私は最初からゾルド様の側に付くつもりだったので寝返りではありませんよ」


 ホスエが神教騎士団に入団したのは、ゾルドが神教騎士団の指輪を持っていたからだ。


”いつか会いたい”

”ちゃんとお礼を言いたい”


 その思いから、騎士団に入団すれば再会しやすくなるだろうと思っただけ。

 神教騎士団になりたいなどという、特別な思い入れなど他には無かった。


「そうか、魔神信奉者がこんな身近にいたとは知らなんだ。魔神のために死んでいけ」


 グスタフはハルバードを強く握り直す。


「魔神のために死ぬつもりはありませんよ」


 ホスエも剣を抜き、正眼に構える。


「だけど、ゾルド様のためなら死ぬ覚悟はできている」


 最初に仕掛けたのはホスエだ。

 グスタフの力は強い。

 ハルバードを振り回され、受け身に回ると剣を弾き飛ばされる。

 模擬線ではそうやって何度も負けて来た。

 攻め続けなければグスタフには勝てない。


 ホスエは剣で突くように見せかけるが、剣先を微妙に動かし手首を狙う。

 獣人とドワーフの力はほぼ互角。

 しかし、速度は獣人が勝る。

 その速度差を、グスタフは経験で補っていた。

 自分のどこを狙っているのかわからなかったが、大きく一歩踏み込み、ホスエが剣を振り切る前に剣の根本を小手で受け止める。


 いくら切れ味に優れた剣といえども、根本で受け止められては簡単に断ち切る事はできない。

 神教騎士団の聖騎士の鎧ともなれば、なおさらだ。


 グスタフは初撃を受け止めると、ホスエの腹を蹴り飛ばす。

 ホスエは痛みに顔を歪める。

 鎧越しとはいえ、その衝撃は肉体に響く。


 今度はグスタフの番だ。

 彼は大きくハルバードを振り上げた。

 そう、大きくである。


 露骨な隙ではあったが、ホスエはグスタフの懐に飛び込む。

 ハルバードの距離で戦うのは不利だ。

 それに、元教官という事もあり、苦手意識が残っていた。

”攻め続けなければ負ける”という脅迫観念を持っているせいだ。

 飛び込んで来るホスエに、グスタフは刃を振り下ろさず、ハルバードの石突きでホスエの胸元を突く。


「ぐっ」


 鎧のお陰で怪我は負わなかったが、動きを止められた。

 そこへハルバードの刃が振り下ろされる。

 ホスエは体を捻る事で交わしたが、左肩に痛みを感じる。

 チラリと見ると、肩当ての部分がひび割れている。

 グスタフも遠征部隊の隊長を任されるだけあって、持っているハルバードはただの業物ではないのだろう。


 グスタフの追撃は止まない。

 突き、払い、突き、払い……。

 時々、突いた後に引き戻しながら刃を当てて来るのが嫌らしい。

 武人としての技量は、教官をしていただけあって非常に高い。


 だが、ホスエはグスタフにはない経験がある。

 その経験を生かすため、今はまだグスタフに教わった戦い方のみを使っている。


「どうした、その程度か! お主ならば、もっと高みを狙えたものを!」


 もし、ホスエがゾルドの下へ行かず、強者の中で研鑽を積み続ければ今頃どれだけ強くなっていたのか。

 そう思うと、グスタフは悲しくなる。

 最高の原石が磨かれずに放置されているのだ。

 騎士団員としては間違っているのかもしれないが、指導者としてはもったいなく思えて仕方ないのだ。


「確かに教官殿には高く評価して頂きました。そして、剣だけでは騎士団長にはなれないとも教わりました。その事を忘れてはいませんよ」


 ホスエはグスタフの背後を指差す。

 本来ならば、戦いの最中に振り向く事など命取りだ。

 だが、この時ばかりはホスエが襲って来ないと感じ取っていた。

 グスタフは背後――遠征部隊の方――を振り向く。


「おぉ、何という事だ……」


 部下のほとんどが倒れ伏している。

 今は円陣の中心にいた新米騎士が魔族に殺されているところだ。

 グスタフは突撃に付いて来れていないと気付いていたが、ホスエと正対したせいで戦闘を指揮するという事が意識から抜け落ちてしまっていた。

 魔物以外の実戦経験が無かったせいだ。


「ゾルド様のもとで私もいろいろと学ぶ事ができました。これで私も騎士団長を目指せますでしょうか?」


 グスタフはホスエを驚きの目で見た。

 優しく、真っ直ぐな性根の青年は、策略を使えるまでに成長していた。

 もっとも厄介なグスタフを部隊から切り離し、魔族に遠征部隊を襲わせる。

 指揮官が生きているのに、次席指揮官が勝手に指揮を執る訳にはいかない。

 円陣を組んだまま、魔族の攻撃で多くの騎士が死んでいった。


 これはグスタフの実戦指揮官としての未熟さを見抜いて実行された事だ。

 魔道兵がおらずとも、統率の取れた部隊ならば魔族側に一矢報いる事ができたはずだ。

 だが、ホスエからすれば味方である魔族の被害を抑えたい。


 魔族の支配下においたヒュドラをけしかけ、ヒュドラに先制攻撃を仕掛けようとする魔道兵を真っ先に殺す。

 そして、残った騎士を魔法で削り、指揮官を分断して殲滅させる。

 これならば、ホスエがグスタフに殺されたとしても、神教騎士団の殲滅という目標は達成される。


 ――グスタフは自分の手で倒したい。


 そんな自分のわがままを押し通して、目的を達成できないのでは本末転倒。

 殺された時のために、保険としてホスエが考えた事だった。

 この時点で、ホスエの目標は九割方達成されている。


「確かに真っ直ぐ進むだけの男では無くなったようじゃな……」


 グスタフは力なくうなだれる。

 自らの失策に気付いたからだ。

 だが、すぐに力を取り戻す。


「わしは指揮官として無能かもしれん。じゃが、せめてもの一矢報いさせてもらうぞ」


 グスタフはホスエに向き直ると、ハルバードで鋭い突きを繰り出す。

 失った命は取り戻せない。

 ならば、魔神の手駒を一つでも減らす事が、今の自分にできる事だとグスタフは開き直った。


 ホスエは突きを躱しながら、足元の土を蹴り上げた。

 グスタフは顔にかかる土に目を閉じそうになりながらも目を閉じる事なく、ホスエが振りかぶった剣筋を見極めハルバードで受け止める。

 その時、自分の左膝から耐えきれぬ痛みを感じた。


「グワァァァ」


 袈裟懸けに斬りかかって、グスタフの意識を頭上に向けている間に、ホスエはグスタフの膝を踏み砕いたのだ。

 これはヒスパンの内戦で身に付けた戦い方だ。

 仰向けに倒れたグスタフは、自分の足の状態を見て戦意を喪失した。

 騎士として、片足が使えないという事は死んだも同然。

 見苦しく足掻く事を良しとしなかったのだ。


「足癖は、結局直らなんだか」


 戦場では当たり前の行為も、騎士としては相応しくないと矯正したはずだった。


「申し訳ありません」

「謝る必要などない。戦場では、それが正しいのだろう?」


 そう、ここは戦場。

 鍛錬場では無いし、今のホスエは神教騎士団員でもない。

 生き残った者こそが正しい戦場だ。

 ホスエは戦場の流儀に従っただけ。

 戦場で敵に騎士としての戦いを強制する方が間違っている。


「教官殿。ゾルド様は様々な種族が共に暮らせる世界を作ろうとされております。もし、よろしければ――」

「よろしくない」


 ホスエがグスタフを勧誘しようとするが、グスタフはすぐに否定する。


「確かに何もしないシューガ様に思うところがないわけではない。だが、騎士団員として長い間過ごしてきた。耳障りの良い事を言えば、簡単に寝返ると思われるのは不愉快だ。それはわしへの侮辱じゃぞ」

「失礼しました」


 部隊を全滅させてしまった事で、無能と言われるのは受け入れられる。

 だが、裏切者と呼ばれる事までは受け入れられなかった。


「本当に悪いと思っているのなら、一つ頼みがある」


 痛みで顔を歪めたまま、グスタフはホスエに願い出た。


「遠征部隊が全滅したのは、全てワシの失策。部下は皆良く戦ったと広めてくれ。それと、痛くてかなわん。さっさと止めを刺してくれ」

「それでは二つですよ」


 ホスエは苦笑する。


「ケチケチするな、ワシは惨めな敗者じゃ。それくらいかまわんだろう」


 敗者の割りには態度が大きい気もするが、ホスエは言われたままにする。

 剣を構え、首に狙いを定めた。


「教官殿。短い間ですが、お世話になりました」

「うむ。世話をしてやった分、来世ではお主に迷惑をかけてやるとするかのう」


 ホスエは剣を振り下ろした。

 ここで振り下ろさなければ、それはそれでグスタフへの侮辱になってしまう。

 切り落とされ、地面に転がる首を持ち上げ、ホスエは抱きしめる。


「本当に……、お世話になりました……」


 ホスエには三人の父がいた。

 一人目は実父であるマルコ。

 二人目は叔父のオズワルド。

 そして三人目はグスタフだった。


 新人騎士見習いにとって、訓練教官はとても厳しいが父親代わりだ。

 ホスエも、マルコやオズワルドから教わった以上の事をグスタフから教わった。

 世間話や相談もした。


 これからも神教騎士団で知り合った者達と戦う事になる。

 ゾルドのために戦うと決めた時から、その事はずっと覚悟はしていた。 

 しかし、今はグスタフを殺してしまった事で胸の中が喪失感で一杯になってしまっている。

 ホスエはグスタフの首を抱きしめながら、一筋の涙を流した。

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