第114話 半年ぶりの帰宅

「ようやく帰って来たな」


 ゾルド達は馬車から降り、屋敷の門の前に降りる。

 半年ぶりなのに、やけに懐かしく感じる。

 しかし、その門にポリスボックスのような物が作られ、その中に見知らぬ者が立っていた。


「誰だ、お前達は?」


 高級住宅の門前にいてもおかしくない上品な服装で、腰に剣を下げた男に誰何される。

 無駄にゴツイ体をしている。

 ゲルハルトかビスマルクの知り合いかもしれないが、しかめっ面で対応されたことにゾルドはイラつきを覚えた。


「誰だも何もねぇよ。ここは俺ん家だよ」


 少々荒げた声が出てしまう。

 ようやく家に着いたと思ったら、見知らぬ者に誰だと聞かれたのだ。

 自分の家の前で、そんな事を聞かれるいわれはない。


 ゾルドは男を無視して家に入ろうとする。

 邪魔立てすれば、相応の報いを与えるつもりだ。

 拳を握り、前へ進み出る。

 そんなゾルドの手を取り、ホスエが止めた。


「兄さん、服、服」

「服がなんだって?」


 ゾルドは魔神のローブを着て、剣を背中に下げている。

 いつも通りだ。


(いつも通り……)


「あっ、そうか」


 ここ最近は魔神らしい怪しい恰好をしている。

 それがいつも通りの恰好だった。

 ここがロッテルダムで、アダムス・ヒルターという偽名を使っていた事を忘れてしまっていた。

 ついつい怪しい恰好のまま、着替え忘れていたのだ。


「こんな格好をしているが、俺がアダムス・ヒルターだ。通るぞ」


 名前を名乗れば良いだろうと男の横を通り抜けようとするが、男が前に立ちはだかる。


「いやいや、この非常時に名乗るだけで素通りさせるのなら門番は必要ない。それにヒルター氏はエルフだ。見え見えの嘘で騙されんぞ!」


(あー、もうやだ。メンドクセェ)


 自宅に入るのになんで止められなければいけないのか。


”とりあえず、殺してから考えよう”


 ゾルドは考える事を放棄して、実力行使に及ぼうとした。

 矛盾した行動を取ろうとしたゾルドを、またホスエが抑える。


「待って、非常時って言ってるよ。何かあったんだよ。警戒しないといけないような事がさ」


 ホスエは男の言葉を聞き漏らさなかった。


「だったら、さっさとこいつを殴り飛ばした方が良いじゃねぇか」


 しかし、ゾルドには通じない。

 ここで問答している時間が無駄だと受け取られた。


「でも、誰がどんな理由で雇ったかわからない内に処分するのはマズイよ」


 そう言われて、思い出したのはハインツだ。

 もし、この男もプローイン系の人材をスカウトしてきたのなら、紹介者のメンツを潰す事になる。

 万が一にも、ビスマルクのような大物がスカウトした者であれば、簡単に殺すのは後々面倒な事になりそうだ。

 今のゾルドにも、それくらいは考える余裕はある。


「……ちっ。じゃあ、半年前からここに居る奴を呼んで来い。取り次ぎくらいできんだろ」

「そういう事なら取り次ぎだけはさせてもらおう」


 門を通って屋敷に向かう男の背中に、ゾルドは苦々しい視線を向ける。


「あんなのが門番じゃあ、いらぬ問題を起こしそうだな」

「まぁまぁ、今は非常時とか言ってたからなにかあるんだろうね」


(どうせくだらない事だろうよ)


 ゾルドは非常時というのが大事だとは思わなかった。

 本当に危険なのならば、もっと強そうな傭兵を雇うなりしているはずだ。

 あんな男を一人で、門の前に立たせておくはずがない。


「そういえば、今の内に変装しとかなきゃ。お前もだぞ、ジョシュア・・・・・


 ゾルドは今まで忘れていた偽名を使ってホスエを呼ぶ。

 どうやらホスエも忘れていたようで、二人はそれぞれ”アダムス・ヒルター”と”ジョシュア”の姿に変わる。

 変装してみてわかる。

 やはり、ありのままの姿でいた方が気楽で良かった。

 仮初の姿ではなく、いつかは堂々と本当の姿と名前を名乗り、大手を振って街を歩きたい。

 そのために、魔神としてこの世界に確固たる地歩を築く必要がある。


 屋敷の中から、すぐに人が出て来た。

 出て来たのは先程の男とラインハルトだ。

 成長期とはいえ、半年経った程度では違いがわからない。

 半年前と同じ見た目のラインハルトを見て、少しホッとする。

 帰って来たという実感が湧いてきたからだ。

 ゾルド達を見て、門番をしていた男は戸惑っている。


「お帰りなさい。皆さん」

「あれ? さっきは人間だったのにエルフになってる……」


 ヒルター夫妻はエルフ。

 その固定観念が、門番に”怪しい恰好をした人間”だったゾルドの言う事を信じさせなかった。

 だが、ラインハルトがお帰りと言った以上、本人なのだろうと謝罪をする。


「いや、もういい。それよりも、ラインハルト。非常時っていうのはなんだ?」


 ゾルドの質問に、ラインハルトは暗い顔をする。


「その件については中でお話します」

「それもそうだな」


 重要な話ならば、外で立ち話で済ませるような事ではない。

 それに、門番はゾルドの正体を知らないような感じだった。

 門番の前で話をして、何か重要な事を外部に漏らされたりしても困る。


 ゾルドが屋敷に向かうと、その背後にホスエ達が付き従う。

 そして、ドアのところでラインハルトがゾルドの前に進み出るとドアを開ける。

 誰が主人なのかを、行動で示しているのだ。


 ゾルドが屋敷の中に入ると、レジーナとテレサが待っていた。

 門でのやり取りを聞いて出迎えに来たのだろう。

 しかし、レジーナの顔が暗い。


「あなた、お帰りなさい……」


 レジーナがゾルドに抱き着き、泣き始める。


「ただいま。一体どうしたんだ?」


 ゾルドが帰って来ての嬉し泣きではないという事は、レジーナの表情でわかる。

 何があったのか気になるが、ゾルドの腹に当たるレジーナの体も気になった。

 かなりお腹が大きくなっている。

 マタニティドレスの上からでも、見てわかるくらいだ。

 そう遠くない内に出産という事になるのだろう。


「私、とんでもない事をしてしまったの……」



 ----------



 久しぶりの再会もそこそこに、ゾルド達はリビングへと向かう。

 そこで何があったかをラインハルトから聞いた。

 事態はかなり切羽詰まっているようだ。


「お前がそんなくだらない詐欺に引っ掛かるとはな……。ていうか、その方法は俺達もやってただろ?」

「でも……。この前のベルシュタイン商会で稼いだ時の種銭として貸したって言われて……」


 レジーナが引っ掛かったのは、ゾルド達がパリでやっていた債権の追認を悪用した詐欺だった。

 ずっと連絡が無かったから、利子だけでも払ってくれと訪ねてきたらしい。

 それを、レジーナは言われるままに支払ってしまった。

 旅に出かける事に気を取られて、ゾルドが返し忘れてしまっていたのだと勘違いしたようだ。


 金額は100億エーロ。

 すでに1億エーロを支払っており、受取証にサインしてしまった。

 そのせいで、詐欺師は借金の即時返済を裁判所に訴え、借金の支払いを裁判所から命じられていた。

 差し押さえの許可も出ていたが、ゾルド達が帰ってくるまで待って欲しいとアルベール王子に頼んで執行停止中だそうだ。


「本当にごめんなさい……」


 ゾルドは溜息を吐く。


”俺の金をドブに捨てやがって”


 そう言って罵るのは簡単だ。

 だが、それ以上に腹が立つ事がある。

 詐欺師に対してだ。


「気にするな。騙す方と騙される方では、騙す方が悪い。そんな人間のクズは俺が潰してやるよ」

「あなた……」


 ゾルドの言葉に、その場にいた一同が”お前が言うの?”という視線を向ける。

 本来なら”許してくれてありがとう”と言うべきレジーナまでも、潤んだ目のまま”あなたが言うの?”と言いたそうだった。

 だが、ゾルドはそんな視線に気づいていない。


「帰って早々、面倒な事だ。誰かそいつを呼び出してくれ。話をつける」

「では、すぐに部下を送って呼び出します」


 ラインハルトが答えた。

 いつの間にか部下を持っていたらしい。

 部下に命じるためにリビングを出て行ったラインハルトと入れ替わりに、ゲルハルトが訪れる。


「アダムス閣下。お帰りなさいませ」

「……お前、悪い物でも食ったか?」


 この場にはゾルドの事を知っている者しかいない。

 なのに、ゲルハルトが腰の低い態度をしている事に、ゾルドは面食らった。

 あの横柄な態度はどこへ行ってしまったのだろうか。


「いいえ、私は健康です。部下も多くなりました。どこかでボロが出るのもいけないと思い、自分を律する事にした次第でございます」

「部下……、そういえばハインツという奴も旅に出てから部下になったらしいな。門番もそうなのか?」


 他にもいるのだろうが、今思い浮かぶ目新しい者といえば門番がそうだった。


「左様でございます。接客に不慣れな点もございますが、訪ねて来た客人を待たせるのも問題ですし、防犯上の観点から部下に交代でやらせております。元軍人は半年前から十人。ラインハルト殿の部下が三人増えております」

「なるほどな、知らない顔が増えてるわけだ」


 ゲルハルトだけではなく、ラインハルトも部下が増えている。

 だが、それも納得がいく。

 情報を扱うのなら人手が必要だ。

 むしろ、三人増やしただけで良いのかとも思う。


「色々と報告したい事もあるのですが、今日は帰って来たばかり。話しは明日にしましょう」

「わかった。ところで、詐欺師の事でお前は助言をしなかったのか?」


 この屋敷にいる頭の良い奴という事で、ゲルハルトが止めに入っていてもおかしくなかった。

 責めるわけではないが、何を考えているのかゾルドは気になった。


「その件に関しましてはノータッチです。私がここに来る前の事に何があったか知りませんので、口出しできませんでした。私ができたのは、王族に働きかけて閣下がお戻りになられるまでの時間を稼ぐくらいです」

「なら仕方ないか。よくやった、後は俺がやろう」


 知ったかぶりで適当な行動をされる方が、後でフォローする必要がある場合辛い。

 それに、チンケな詐欺師程度ならゾルド一人でも十分対応可能だ。


「それにしても、面白くねぇな」


 せっかくお土産だなんだとワイワイするつもりが、詐欺師のせいでお通夜状態だ。


(俺を舐めた代償は支払わせてやる)


 そう思ったゾルドだったが、一つだけ懸念がある。

 相手の背後関係だ。

 ちっぽけな詐欺師だったら、有力者や有力者と繋がりのある相手を獲物に選んだりはしない。

 権力で圧し潰されるからだ。

 現にパリでは、情報屋を使ってまで相手を厳選して財産を奪い取っていた。


 では、今のゾルドのようにベネルクス王家とも繋がりがある相手を狙う詐欺師とは何者か?


 ――神経が図太いのか。

 ――その程度の事も考えられない馬鹿なのか。

 ――それとも、背後に大物がいるのか。

 

 その事がどうしても気がかりだった。

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