第108話 修行の旅 4

 食事が済むと、後はゾルドの出番だ。

 全ての食器や鍋を洗浄の魔法で綺麗にした後、アイテムボックスに仕舞い込む。

 一々水洗いをせずに済むので、食後の食器洗いという雑務がないのは良い事だった。

 食後の紅茶を飲みながら、今日の反省点と明日の課題をホスエが出そうとする。

 そこで、誰かが近づいてくる気配を感じた。


「見た感じ冒険者っぽいな」


 言ってから、わかり切った事を言ってしまったとゾルドは思った。

 もうじき日が暮れる。

 そんな時間に魔物が現れる森の中にいる集団など、冒険者以外にいるはずがない。


「おそらく、この明かりを見て来たんじゃないかな?」


 ホスエはゾルドの作り出した光球を指差す。

 キャンプ付近を照らし出し、なおかつ睡眠の邪魔をしない程度の光量を放っている。

 森の中ではよく目立つはずだ。


「例えば、二人ずつ交代で見張りをするにも。四人じゃ睡眠時間が削られてしまう。他の集団と一緒に野営する方が安全で見張りの人数も確保できるから、こっちに合流しようって考えてるんじゃないかな」

「なんだよ、メンドクセェな」


 ゾルド達のキャンプ地は安全だ。

 魔物忌避装置も設置してあるので、この森にいるような魔物くらいなら近づいて来ない。

 高い金を払って買ったのに、他のパーティまでただで面倒を見てやるなんて、どこか損をした気分になってしまう。

 しかも、身内だけの気楽なキャンプだったのに、それに水を差されたような思いだ。


「まぁまぁ、いいじゃないですか。こういう人との交流もキャンプって感じで。あ、でも盗まれたら嫌なんで剣だけでも預かっておいてくだせぇ」


 荒んだスラムで暮らしていただけあって、テオドールはこういうところも抜け目ない。


「それじゃ、僕も」


 ラウルも剣をゾルドに差し出す。

 剣の切れ味はよくわかっている。

 奪われて自分に神教騎士団の剣を向けられたら、レジーナからもらった鎧でも防げるのかがわからない。

 安全のためにゾルドに預けておこうと思ったのだ。


「わかった。それじゃあ、普通の剣持っとけ。ホスエはどうする?」


 ゾルドはロッテルダムで買っておいた、ちょっと良い程度の剣を渡してやる。


「僕は大丈夫だよ。盗もうとしたら、すぐに腕を切り落とすから」

「容赦ないな」


 ゾルドは軽く笑う。

 蜘蛛は気持ち悪さが先に立ってまともに戦えなかったが、強さ自体はさほど強くはなかった。

 この森で活動する冒険者程度なら、ホスエは素手でも勝てるだろう。

 テオドールとラウルも、今の腕前なら問題は無いはずだ。

 何も心配する要素などなかった。



 ----------



「おかしい、問題は無かったはずなのに……」


 そう、心配する要素など無かった……、はずだ。

 しかし、今ゾルドは冒険者によって背後から首に腕を回され、喉にナイフを突きつけられている。

 全てゾルドの油断のせいだ。




 冒険者達がキャンプに踏み入れたのを確認し、ゾルドはパーティリーダーとして近づいて友好的に話しかけた。

 だが、相手側は友好的では無かった。

 素早くゾルドを捕まえ、その喉にナイフを突きつけてホスエ達の方に見えるようにする。


「おい、てめぇら武器を捨てな!」


 ゾルドを捕まえている男がホスエ達に命令する。


(なんだ、盗賊紛いの冒険者かよ)


 数は六人。

 ただ、人間ばかりだ。

 体力に優れる獣人のホスエ達を警戒して、武器を捨てさせようとしているのだろう。

 ホスエ達はどうしようか戸惑っている。


「さっさと捨てな。出ないと、魔神ゾルド様に何があっても知らねぇぞ!」


 この言葉を聞いて、ゾルドは理解した。

 おそらく、ギルド内でゾルド達のやり取りを聞いていたのだろう。

 そして、魔神相手なら物を奪い取っても良いと考えて襲撃を考えたのだ。

 ゾルドは面白がって、この流れに乗る事にした。


「やっ、やめてくれ。あいつらはどうなってもいい。俺だけは助けてくれ!」

「なんだよ。魔神様なのにだらしねぇなぁ、おい」


 ゾルドの首を絞める腕の力が強まる。


「ひぃっ」


 ゾルドは情けない声を上げる。

 もちろん、すでに戦闘モードに入っているため、この程度の力で首を絞められてもなんともない。

 しかし、冒険者は圧倒的優位に立っていると思っているので、ゾルドの反応を面白がっている。


「魔物忌避装置まで持ってるとは、随分金持ちなんだな」


 キャンプの中央に置いているので、高価な魔道具がある事は一目でわかる。

 予想以上に金持ちなのかもしれない。

”今回は大当たりだ”と冒険者たちは喜んだ。


 ここで困ったのはホスエ達だ。

 ゾルドが演技をしているので、どう対応していいのか迷っている。


「兄貴、どうしやすか? おやっさん、あの状況楽しんでそうなんすけど」

「う~ん、あんなナイフじゃ死なないからね。余裕なんだろう」

「盗賊の言う事なんて聞いたら、全部奪われた後で殺されますよ。どうします?」

「ゾルド兄さんの悪ふざけに乗る理由もないし、突き放そう」


「おい、さっさと武器を捨てろよ!」


 冒険者の一人が怒鳴り声を上げる。

 ホスエ達がコソコソと小声で話し合っているのに焦れたようだ。


「どうぞ、ご自由に」


 ホスエは、ごく自然に”ゾルドを殺していいよ”と仕草で示した。


「えっ」

「えっ」


 これには、ゾルドと冒険者の驚きの声が重なる。

 その返答は考えてなかったからだ。


 冒険者からすれば、ゾルドは強そうな護衛付きで魔神ゴッコをやれるような金持ちのおバカなお坊ちゃん。

 まさか、こんなにあっさりと見捨てられるとは思っていなかった。

 これでは人質としての価値が無い。

 強そうな獣人の剣士と、まともに戦わなくてはいけないという事だ。


 そして、ゾルドも驚いていた。

 正直なところ、まさかホスエに見捨てられるとは思わなかった。

 ゾルドにも、この冒険者達の腕はラウル程度だろうとなんとなくわかる。

 だから、本気で命を惜しんで見捨てられたわけではないという事もわかっている。


(ヤベェ、悪ノリし過ぎたか)


 ホスエの顔から判断すると、ゾルドの悪ふざけに呆れているのだと言う事が見てとれる。

 もしかすると、お灸を据えようくらいに思っているのかもしれない。

 これにはさすがのゾルドも少しだけ反省していた。


「なぁ、お前ら。こんな事をして良いと思っているのか? 犯罪だぞ」


 とりあえず、良い所も見せようと説得を試みる。


「良いに決まってんだろ。お前は魔神だと自称してんだから、誰も助けようとは思わねぇよ。それに、こんな森の中で誰に助けを求めるってんだ」

「それもそうだな」


 冒険者の言葉にゾルドは同意した。

 こんな森の中で助けに来る者なんていない。

 その事がわかっていて、なぜ彼らは自分が絶対的優位に立っていると思っているのだろうか。


「とりあえず、できれば生かしておいてくれ。試したい事がある」

「あぁん? 何言って、ぎゃあああ」


 ゾルドの喉を絞めつけていた男の体が焼け焦げていた。

 これは、ゾルドが大量の魔力を流す事で、触れている箇所を燃え上がらせてヤケドさせたものだ。

 彼はゾルドの事を”いい年をして、魔神ゴッコを楽しむ痛々しい男だ”と油断しきっていた。

 反撃が来ないと思っていただけに、予想外の痛みで倒れこんでしまう。


「魔法を唱えた様子はなかったぞ!」

「どうなってやがる!?」


 他の冒険者達が動揺する。

 身体を動かさず、魔法も唱えていない。

 にも関わらず、人質を捕まえていた仲間が焼け焦げている。


「まさか、魔道具か!」


 彼等は何か魔道具を使ったという事に考えが至る。

 魔物忌避装置すら個人で保有しているくらいだ。

 護身用の魔道具くらい持っていてもおかしくはない。


「てめぇ、卑怯だぞ!」

「いきなり人質を取るような奴に言われたくないな」


 だが、このやり取りは時間を稼ぐためだった。

 冒険者達の中に一人、魔法使いが混じっている。

 彼が魔法を唱える隙を作るための時間稼ぎだったのだ。


「【ファイアボール】」


 火球がゾルドへ向かって飛ぶ。

 しかし、手を一振りすると、ゾルドに当たる前に火球は消え去った。


「馬鹿な! 魔法を無効化しただと!」


 冒険者達にとって、信じられない光景だった。

 上位の魔族には、魔法を無効化する種族もいるという。

 その事が思い浮かぶと、一つの答えを想像する。


「まさか、本物の魔神……」


 ここに来て、彼らは正解にたどり着く。

 そうでもなければ、手で振り払っただけで魔法を消し去る事の理由が思いつかない。


 火球を消し去ってから動きを見せないゾルドが次にどう動くのか。

 その事を考えると、彼ら足はすくんで動かなくなってしまった。


(うぉぉぉ、あぶねぇぇぇ。魔力を籠めておいて助かったー)


 一方のゾルドも、恐怖で足がすくんで動かなかった。

 初めて魔法による攻撃を受けたからだ。

 思わず手で防ごうとしたら消えてしまったが、それは運が良かっただけだ。

 自分を人質にしていた男を焼くために魔力を全身に巡らせていたので、手の部分に籠められていた魔力でファイアボールをかき消してしまったのだ。


 まったくの幸運だったが、周囲の者はそうは受け取らなかった。

 わかって魔法を消したのだと受け取られた。


「おやっさん、カッケー! 今までの中で、今が一番おやっさんが頼もしく思えまさぁ」

「おいっ、今までどんだけ頼れないと思ってたんだよ」


 どこか覚えのあるやり取り。

 だが、そのお陰でゾルドも少し気が紛れた。

 死にはしないだろうが、やはり火の玉が飛んでくるのは恐ろしい。

 久々に命の危険を感じて、ここはゲーム内ではないと思い知らされる。


「いや、今のは本当に凄く恰好良かったよ!」


 ホスエが満面の笑みを浮かべながら、ゾルドを称賛する。

 その手は既に四人分の返り血で汚れている。

 彼は一連の騒ぎの間に、冒険者達を素早く殴り飛ばして気絶させていた。


「なんだよ……。なんだよ、お前ら」


 唯一残った魔法使いが呟く。


「わかって来たんだろ? 魔神ゾルドとその一行だよ」


 彼に対して、ゾルドは獰猛な笑みを浮かべながら肩に手を置く。


「君の命は無駄にはしない。安心してくれ」

「安心できるかー!」


 逃げ出そうともがくが、肩を掴む手が逃がしてくれない。


”これから自分がどういう扱いをされるのか”


 その事を考えると安心する事などできなかった。



 ----------



「オエェェェ」


 ラウルが夕食を全て吐き出している。

 その背中をテオドールがさすってやっていた。


「ゾルド兄さん、さすがにやり過ぎなんじゃないの?」

「けどさ、お前で試されるのも嫌だろ?」

「そりゃ嫌だけど……」

「必要な事なんだよ」


 ホスエはチラリと縛られて横たわっている冒険者の方を見る。

 そして、後悔して目を逸らす。

 彼等はゾルドの回復魔法の実験台となっていた。


 ゾルドがまた一人、ナイフで傷口を作る。

 そして、回復魔法と使うとなぜか傷口が膨れ上がり、大きなこぶになって破裂した。


「あーあ、けど大丈夫だ。今治してやるからな」


 その破裂した傷口を治そうとすると、今度は綺麗に傷口が塞がる。

”成功した”と喜んだのも束の間、すぐに傷口の部分を中心に周囲の肉と皮が内側へと魔法の力によって引っ張り込まれる。

 今度は肉と皮が裏返ってしまい、赤い肉が表に露出して固定されていた。


「また失敗か……。まぁ、まだまだいける。お前元気だもんな」


 ビクビクと痙攣する冒険者を見て、まだ元気だとゾルドは判断した。

 ゾルドは他の場所を傷つけて回復魔法の練習台に使う。

 こればっかりは、ロッテルダムで練習できなかった事だ。

 良い練習台が手に入ったので、できる限り利用するつもりだった。


「あちゃー、こいつももうダメそうだ。今度はテオドールの番だな」


 一応はこの森に入ってくるような冒険者だ。

 肉体労働をしているだけの冒険者よりかは強い。

 ただ死なせるよりは、トドメを刺させてその力を手に入れさせるつもりだった。


「まぁ、楽にしてやると思えば……」


 さすがにスラム出身のテオドールも、いたぶるようなやり方は好まない。

 体をボロボロにされて、苦しんでいる冒険者の胸に剣を突き立てて一撃で仕留めてやった。


「あーあ。結局、今回は成功無しか。六人も居たのになぁ……」


 襲撃者は全員ゾルドの練習台となり、テオドールとラウルによってトドメを刺されていた。


「ゾルド兄さんは魔神だから、回復魔法とかに適性がないんじゃないの?」

「そうかもな。人を壊すのは楽なのに、治すのがこんなに大変だとは思わなかったよ。俺もこんな状態で回復魔法を使うのは怖いから、良い薬品を買い揃えておかないといけないな」

「そうだね」


 ホスエだって、こんな拷問のような回復魔法を自分に使われたくない。

 まともに使えるようになったとしても、今の光景を見てしまった以上は、今後も勘弁願いたい。

 薬だけは旅の経費と別勘定で買い揃えておこうと決心した。


「ちょっと用を足してくる」


 死体を浄化の魔法で消したゾルドはそう言い残して、少し離れた藪の向こうへ行った。

 すでに周囲は暗くなっている。

 だが、メンバーが男ばかりとはいえ、やはり用を足す時くらいは隠れてやりたい。

 軽くブーツの先で穴を掘り、ズボンを降ろそうとした時。

 ゾルドのローブの端に何かの足が引っ掛かり、藪の中へと引きずり込まれた。


「ぬひょぉぉぉぉぉぉ」


 藪の中で怪しく光る何かの目。

 そちらに引っ張られている事を理解して、ゾルドは情けない悲鳴を上げる。

 こんなホラー展開など予想していない。

 みんなから離れようとして、魔物忌避装置の範囲ギリギリまで来てしまったのかもしれない。


(いや、冒険者の呪いか!)


 死者の怨念が何か得体の知れない物を呼び出した。

 ゾルドは瞬間的にそう考えてしまう。

 だが、藪の中で口を開いて待っていたのは巨大な蜘蛛だった。


「お前かよ!」


 ゾルドは蜘蛛の頭を叩き潰した。

 蜘蛛は蜘蛛で気持ち悪いが、得体の知れない存在の方が恐ろしい。

 正体が知れてしまえば、ただの雑魚モンスターに過ぎない。


「ゾルド兄さん、大丈夫?」


 ゾルドの悲鳴を聞いてホスエ達が駆けよって来た。

 悲鳴を上げていた事に気付いたゾルドは、恥辱で頬を染める。

 暗がりなので、赤くなっているの事がわからなくて助かっていた。


「あぁ、大丈夫だ。いきなり蜘蛛に引きずり込まれて驚いただけだ」

「おやっさん。普通は魔法使いを含んでいる冒険者達の方にビビるもんですぜ」


 脅威度としては冒険者パーティの方が高い。

 そちらにビビらず蜘蛛一匹に驚くゾルドに、テオドールは呆れている。

 先ほどの魔法を打ち消す恰好良い姿は幻想だったのかもしれない。


「だって、暗がりにいきなり引きずり込まれそうになったら驚くって」

「今までにないくらい、ゾルド兄さんとの認識の違いを感じるよ」


 人間の冒険者相手はふざける余裕すらあったのに、蜘蛛一匹で悲鳴を上げる。

 そんなゾルドとの認識の違いに、やれやれとホスエは首を振る事しかできなかった。

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