第51話 ウィーン再び 3
交渉はひとまず休憩となった。
まずは朝食を取ろうという事になり、俊夫も朝食に誘われる。
その間、オストブルクの面々は眠たそうな素振りを隠さなかった。
俊夫と違い、カールから戦争の状況と聞いたり、その対応をしたりと忙しかったのだろう。
その日の交渉は、それだけで終わった。
オストブルク側も内容の検討や、情報の裏付けの確認をする必要があったからだ。
翌日の朝に交渉を再開する事を確認し、解散となった。
さすがに1日で交渉が終わるような内容ではないからだ。
俊夫はホテルに戻り、自室で考えにふける。
(神教騎士団とか宗教関係の肩書きが便利だな。それだけで、仲裁しに来たとか疑われなかったし)
魔神という肩書きもこれくらい便利になって欲しいものだと、俊夫は心底思う。
今のような状況になるなら、天神を選んでおくべきだった。
そっちの方がずっと味方が多くて良い。
今回の戦争のように、味方にするために一々イベントをこなさなければならないのは面倒だ。
一刻も早く現実に戻りたいのに、回り道をしなければならない。
だが、そうは思ってもやる気はイマイチだ。
ゴールまでが長すぎるように感じるし、本当に目が覚めるのかという不安もあった。
(いくらなんでも、メーカーによる復旧が遅すぎる。本当にここはゲーム内か? 実は脳の一部が焼かれて、植物人間になって夢を見ているとかだったら嫌だぞ)
本当に嫌な考えだ。
一人で部屋に籠っていると、どうしても現実に関して考えてしまう。
休戦交渉初日が終わり、時間に余裕ができるのも考え物だ。
(とはいえ、女遊びもなぁ。酒と女は失敗の原因になるし、自重しないとな)
今回の計画は俊夫にとっても重要だ。
今まで俊夫は、金やプラチナのペーパー商法くらいしかやった事が無い。
今回は古典的とはいえ金額の大きい詐欺に挑戦しようとしている。
基本となるのはM資金詐欺。
大金の動く投資話に一枚噛まないかと持ちかけ、儲け話をエサに手数料などを騙し取る方法だ。
今回はそれのアレンジ版。
和平と2兆エーロをエサに、オストブルクの金を奪い取る。
3,000億エーロ満額で無くても良いのだ。
多額の金を奪い取り、その2割を受け取る。
残りの金はフリードに渡し、軍なり政治なりで自由に使ってもらう予定だ。
本物の休戦条約に関しては、フリードと話してもらう。
騙されたと知ったオストブルクは激昂するだろうが、フリードはこう言い訳するつもりだ。
”褒美としてカールの身柄を自由にさせたが、それはカールの身代金を要求するためだと思っていた”
”ゾルドはあくまでも傭兵であり、契約はシュレジエン防衛線が終了した時点で終わっている”
”そもそも傭兵であり、プローイン代表として休戦交渉をする立場ではない”
”ゾルドとの交渉はプローインは関与しないものであり、ゾルドに支払った金は自分で取り戻せ”
”プローインとオストブルクの休戦交渉は、まだ始まってすらいない”
という感じになる予定だ。
オストブルクから、賠償金の二重取りをする。
それがフリードに提案した内容だった。
俊夫がオストブルクから恨まれてしまうが、俊夫はブリタニア島に向かう。
マリア達が発狂しようが、知った事ではない。
いつか戦う必要があるのならば、少しでも金を奪い取っておくことは悪い事ではない。
相手の力を削ぐのと同時に、味方を強化できるのだ。
効率の良いやり方である。
それにフリードは、300億エーロほどあれば大丈夫だと言っていた。
今回の戦争の分と、交渉が嘘だと気付いて怒り狂って攻めて来た時の分。
3,000億と多めに言ったのは、交渉で半分に減らしても十分な金額になるからだ。
交渉は自分の要求を通した上で、相手に6:4くらいの割合で”自分が少し勝った”と思わせる方が成功しやすい。
3,000億から減額したり、分割払いにしたりするのだ。
自分達の意見が通る方が、相手も受け入れやすい。
最低限のラインは1,000億エーロ。
それがフリードが簡単に見積もった、オストブルクの現金での支払いが可能な額だ。
国家の予算は使い道が決まっている。
数兆、数十兆という税収があったとしても、ほぼ全てが国家運営に使われるから余裕はない。
オストブルク皇家の私財もあるだろう。
だが、そのほとんどが家、土地、財産という形であって、現金は少ないはずだ。
今回は現金かつ前払いで受け取らなければならない。
(財産搾り取るには、やっぱり時間が欲しいよなぁ。けど、国家間の戦争だから立ち直らせる時間を与えられない)
限られた時間で、できる限り最大限の結果が求められている。
----------
翌日、交渉のメンバーは外務大臣のレオポルトだけだった。
その他には補佐の文官がいるだけだ。
おそらく、交渉に必要な情報や書類の作成などのためだろう。
昨日マリア達が来たのは、俊夫の事を確認したかっただけかもしれない。
「おはようございます。話し合った結果どうなりましたか?」
まずは俊夫が聞く。
オストブルク側の決定を聞かねば話が進まないからだ。
「検討した結果、交渉自体は受け入れても良いが、3,000億は高すぎるという結論になった」
レオポルトは手元の書類に一度目を落とすと、話を続ける
「去年はこちらが勝っていた。だが、賠償金などは請求しなかった。それにも関わらずこちらが請求されるのは割りに合わない」
「去年の戦争は、冬が訪れたから自然休戦になったと聞いております。オストブルクが侵攻を止めただけで、休戦交渉をしたわけでもない。去年の事を持ち出すのは筋違いでしょう」
レオポルトは俊夫の言う事を特に否定しなかった。
言うだけ言って、それを受け入れるなら儲け物程度だったのだろう。
「交渉自体は受け入れて頂けるという事は、金額次第でしょうか?」
俊夫の言葉にレオポルトは頷く。
「500億で十分だろう。その代わり、プローインが支払う金額は毎年400億で良い」
「いえ、それではいけません。高額であるからこそ、戦争の抑止ができるのです」
オストブルクにとっても、2,000億エーロは無視できる金額ではない。
だからこそ、金を取るか戦争を取るか迷うはず。
平和を維持するのならば、金額は多い方が良い。
俊夫はその事をアピールした。
「それならば、こうしてはどうでしょうか? いくらか現金を前払いしてください。それでプローインの侵攻を中止させます」
「どの程度が必要かね」
俊夫は深刻に考え込むフリをする。
「そうですね……。半額の1,500億を現金で前払いでどうでしょうか? それだけの額を用意して頂ければ、オストブルクは休戦条約を結ぶ気だと説明できます」
俊夫の言葉を聞き、レオポルトが疑いを差し挟む。
「君が金を持ち逃げしないという保証は?」
「私を信じてください、としか言えませんね。普通の人間ならオストブルクとプローインにつけ狙われるのに、持ち逃げなんてしませんよ」
「それもそうか」
オストブルクはエーロピアン最大規模の国家。
プローインは新興国とはいえ、今一番勢いのある国。
その双方を普通は敵に回そうとはしない。
わざわざ、そんな事を聞く必要はなかった。
「オストブルクとはいえ、1,500億エーロも現金で用意できるのですか?」
今度は俊夫から質問をした。
「その程度は問題無い。それよりも、本当にプローインを説得する事ができるのか?」
「もちろんです。オストブルク側には、心理的に多くの譲歩をしてもらっています。この条件でも休戦しないというのならば、プローインに責があると判断させていただきます」
俊夫は暗にオストブルク側に付くと言っている。
その気は無くとも、そう言っておく事で少しでも信用を得ようというのだ。
「ご安心ください。侵攻を止めて見せます。プローイン側に和平の使者を出させますので、それから正式な交渉を行ってください。私はあくまでも、プローインの方から来た仮の使者だという事はお忘れなく」
「わかった、交渉の使者は用意しておく。戦死者の遺品や、捕虜の返還など話さねばならない事はいくらでもあるからな。こちらとしても、そのように動く。頼んだぞ」
レオポルトは俊夫の言い分を信じてしまった。
これは神教騎士団の関係者に思われているというよりも、カールを送り返した事の方が影響が大きかった。
連れて来る方法が悪かったとはいえ、皇弟を無事に返還するという行為が信用を勝ち取ったのだ。
俊夫は笑みを浮かべ、レオポルトと固い握手を交わす。
「お任せください。かならずや成功させてみせます」
「――というのが、あっちで話してきた事だ」
「お前はやっぱり酷い奴だな」
咎めるような言葉だが、フリードの言葉には笑いが含まれている。
確かに成功したのだ。
今、二人の前には1,500億エーロが積まれていた。
100億ずつ分けられて、計15袋だ。
俊夫は金を受け取ってすぐに、シュレジエンへと向かった。
金さえ受け取れば、あんな場所に用は無い。
ブリタニア島に行く必要もあったので、すぐさま引き上げたのだ。
「それじゃ、約束の2割は貰っていくぞ」
俊夫は300億エーロを受け取る。
これはリスクを負った当然の権利だ。
「確かに1,200億エーロも手に入るのば助かるが、オストブルクの怒りも凄いだろうな」
「そこは納得済みだろ。俺のせいにして、少しは矛先を躱せ」
二人は共に罪を犯した者特有の暗い笑みを浮かべて笑った。
「いくらオストブルクでも、1,500億も払ってしまってはすぐに軍を起こす事はできない。その間に外交工作を頑張るさ。幸い、資金には余裕がある」
フリードも予想外の収入により、やれる事は増えた。
軍に使っても良いし、外交に使っても良い。
オストブルクの金で、オストブルクに対抗する手段を取る。
こんなに愉快な事はない。
「軍は一度ベルリンに戻る。いつまでもシュレジエンに置いておくと金がかかるからな。お前はどうするんだ?」
「俺もベルリンに戻って、レジーナを迎えに行く。それからブリタニア行きかな」
「一緒に行動するのはマズイだろう。馬車を出すから、それで先に戻っておいてくれ。ベルリンには先触れを出しておく」
長居をしていても、ここでやれる事はない。
それならば、戻ってブリタニア行きの用意をした方がよっぽど建設的だ。
「そうだな、そうしてくれると助かる」
俊夫はフリードの意見を受け入れた。
まだやらなくてはいけない事が山積みなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます