三十七 共鳴
僕たちは警察署で捜査協力の感謝状をもらうことになり、署では、噂のかっこいい警部さんや瀬戸さんが出迎えてくれた。
「坂上くん初めまして、瀬戸です。お身体は大丈夫ですか?わぁ、かっこいいな!赤と言っても、限りなく赤に近い茶色なのかな。綺麗だねぇ。あ、猫ちゃんを見つけてくれてありがとうございました」
瀬戸さんは確かにいい声で、大きい秋田犬みたいな雰囲気の、かわいくて優しそうな人だ。
「志賀です。今回は被害にも遭われたのに、ご協力いただいてありがとうございました。高梨先生も、ご迷惑おかけして申し訳ない」
志賀さんは本当に俳優みたいな佇まいで、端正な容貌と渋い雰囲気が素敵な人だ。北原さんの雰囲気にも似ている。
「僕が猫ちゃん好きなのも、その目で見たらわかります?」
「あ、はい。猫だけじゃなくて……」
無流さんや、志賀さんを慕っているのがよくわかる。
「
志賀さんがそう言って、忙しそうに出て行ってしまったのを見送ると、瀬戸さんは僕を面白そうに見つめた。
「僕がエツさん好きなのも、わかっちゃうわけだ」
眼帯を外す機会を増やしたことで、占い師のような人の読み方ができるようになってきた。
「それよりも、志賀さんの方が瀬戸さんを凄く、大事にしてる感じがします」
「本当?嬉しいけど――僕はまだ雑念と煩悩が多いのかな」
二人に共通するのは、無流さんと同じ、愛情と強い正義感だ。瀬戸さんのそれが真っ直ぐで明るく眩しいのに比べ、志賀さんの方が何もかも重くて強い。そして、親心に似た自己犠牲の精神が見え隠れする。
「もし彼が離れようとしても、志賀さんの手を放しちゃ駄目だと思う」
「――わかった。ありがとう」
瀬戸さんは僕の言葉に一層眩しさを増してから、無流さんの隣に移動し、僕たちを見守っていた。
そのまま北原画廊に集まることになった。
北原さんと愛子ちゃんは別の日に既に感謝状を受け取っていて、無流さんは午後は休んで来てくれるとのことで、和美と英介さんと一緒に画廊に向かった。
八重さんが急いで現像してくれた記念写真と三毛猫を土産に、遅れて加わり、小出も合流した。
「『お手柄猫
手渡された
無流さんは署では制服姿だったが、画廊で着替えたのか、今は着流しをまとっている。和美の読み通り、北原さんといい関係のようだ。
「いいのいいの。これは社内報だから、カストリ雑誌並みにあることないこと書いても大丈夫。『あかつき日報』の地域面にはちゃんと、事件が起こってからじゃなくて、起こる前にしてた地道な取材で得たことが活かせて、いろいろ載せてもらえることになったんだ。まあ、坂上くんと小出くんと、
あははと笑って、八重さんは抱いていた猫を小出に渡した。
「
「この猫の名前だよ。八重さんが付けたんだ」
和美が首を撫でると、三蔵はごろごろと、気持ち良さそうに喉を鳴らした。
「へえ、お前、そういうの上手いな。記者やってるだけある」
「何を今さら言ってんの?瀬戸くんも、あたしの文章のファンなんだって」
「確かに気が合いそうだな。ちょっとしたことから、大きな事件を解決することに、
北原さんと愛子ちゃんがお茶を持って、客間に戻ってきた。
「坂上くんが描いた三蔵の絵、署長室に飾られるんですってね」
北原さんの言う通り、僕が課題のために描いた絵は、提出後に署長が買ってくれた。さっきついでに届けてきたところだ。
「
英介さんが捕捉すると、和美が神妙な顔で頷く。
「結構、効き目あると思う」
「あたしも捜査に使わせてもらってたスケッチ、愛子ちゃんに選んでもらった額に入れて飾ってる」
八重さんは署長より先に、ちょうだいと言ってきた。できれば猫も飼いたいと言って、無事、引き取れることになった。
「それ、大事にしてくださいよ。絶対に価値が出るから」
和美が茶化したので、僕も乗る。
「小出に、八重さんが抱いてるところを改めて描いてもらったらいいよ」
「いいなあそれ!今の内に頼んでおかなきゃ」
「いいですよ、いつでも」
小出もすっかり馴染んで、笑ってくれるようになった。
小出の努力のかいあって、布袋先輩は無事、不起訴になり、学校にも戻れた。揉めた相手には、精神的に不安定だったとはいえ迷惑をかけたと、謝罪に回ったらしく、表立って悪口を言われることも減った。
小出と石膏のレリーフを合作する企画は順調で、二人とも以前より活き活きと創作に励んでいる。
「こうやって知名度が上がっていくこともあるのかな」
感心する無流さんの横に、北原が座った。
長年連れ添ったような二人の雰囲気に驚くが、落ち着いた暖かい色が見え、安心する。
「縁起のいいものはいつでも、商売にしやすいですからね。不吉なものもここでなら大人気です」
「そういえば聞いた?あたしが探してた他の猫の話」
「ん?なんだよ」
「兄貴にはまだ言ってない」
先輩が盗んだ猫は、件の成金通りの猫たちだけだったらしい。八重さんが探していた猫の一部がいなくなったのは、事件とは全く関係なかった。
「僕たちと同じ講義を受けていた美術学校の寮の生徒が、課題の為に一時的に、野良猫を何匹か連れ帰っていたんです」
「ははは!なるほどなぁ。あの学校はよっぽど、事件と縁があるらしい」
課題提出後の講評の際に、僕、和美、小出の三人で気付き、八重さんに報告したが、意外な模倣犯たちの登場に、僕たち四人も腹を抱えて笑った。
「私も無流さんのかっこいいとこ見たかったなあ」
小出を抱きかかえて運んだ時の話をしたら、愛子ちゃんは心底悔しがった。
「はは、お望みならいつでも、丁重に運ばせてもらうが」
「いいの?」
すっかり無流さんに懐いたようで、無流さんが抱き上げてぐるりと回り、愛子ちゃんがきゃあきゃあ言うのを、みんなで微笑ましく見守る。
「あ、みんなで撮った記念写真、持って帰ってね」
回して一枚ずつ取るように言われ、写真を手に取る。
「……あれ」
「どうした?」
英介さんが不思議そうに首を傾げて、僕にきいた。
「みんなの周りに、きれいな花がたくさん咲いてるみたいに見えて」
白黒写真なのにほんのり色づいて、光っているように見える。
「写真の中もそんな風に見えるんだ」
和美も横から、三蔵と一緒に覗き込んでくる。
撮っている間も似た景色ではあったから、その場に自分がいたからかもしれない。
「僕も、初めてだ。三蔵がいたからかも」
僕がそう言って目を合わせると、三蔵は答えるように、にゃあんと鳴いた。
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