二十九 救出

 防火用水槽側の金網の中には入れたが、無流さんが声をかけても、反応はない。

 壁に行き着くまでの通路が狭いだけで、空き家側の壁の前は金網から三メートルほど離れていて、蔦や雑草が繁っている。

 奥まったところにいると音が聞こえないのかもしれない。

 捜査員は地道に工具で金網を切り、入口を作っているが、もし小出がいるならできるだけ早く救出しなければいけない。

 警官に細い通路を通れる適任者がおらず、懐中電灯を持って和美と八重さんが確かめに行くことになった。

 僕は病み上がりなので、とりあえず猫を布でくるんで抱いている。

 猫は落ち着いていて、賢そうだ。僕たちと一緒に、和美たちの動きを見守っている。

 和美が蔦を取り除くと、正面ではなく下方に穴が続いているのがわかる。

「階段がある。ねぇ兄貴これ、瀬戸さんが探してた秘密の地下室じゃない?当たってたって言ってあげなきゃ。変な虫とかいないといいなぁ」

「布袋充が入れないんなら、用途が違うな。気を付けろよ」

「坂上くん、なんか禍々まがまがしい気が出てたりしない?大丈夫?」

 金網越しに八重さんが振り返る。

「多分大丈夫だと思いますけど……違ったらごめんなさい」

「飯田和美、入りまーす」

 和美は全然怖がっていない。

 微かな金属音がして、判別はできないが、声らしき音が聞こえる。

「聴こえるところで中継するね」


 八重さんが入り、しばらくしてひょっこりと顔を出した。

「小出くん、奥にいたみたい!毛布か何かくれって言ってる!」

「用意してある」

 毛布を受け取り奥に入った八重さんが再び上がってきたのに続いて、和美に支えられながら、小出が出てきた。

 毛布にくるまれた小出は、唇が真っ青だ。

「監禁されたりはしてなかったみたいだけど、冷えきってるし、具合悪そう」

 ちょうど金網を切断し終え、捜査員たちは防空壕の鑑識作業に向かう。無流さんは和美から小出を託され、毛布ごと抱き上げた。

「車で高梨先生のところに運ぼう。坂上くんもそのまま、猫を頼む」

 無流さんは小出と僕を後部座席に乗せ、助手席に座った。

「小出、大丈夫か」

 付き添いながら、思わず声をかける。

「――来てくれると思ってた。ありがとう」

 小出はそう言って、力なく笑った。

「無流さん、本部からの連絡です。盗まれた猫は全て、昨夜の内に飼い主の元に返されたそうです」

 パトカーの警官から無流さんへの報告を聞き、小出は微かに、長いため息をついた。

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