二十二 繋がり

小出伊知郎こいでいちろうの下宿先にて、連続傷害事件被害者の切り取られた部分を型に取ったと思われる、石膏型を複数発見」

 無流は物証を見せながらそう説明した。

 小出の部屋には作品や資料、画材を中心に物が散乱しており、押し入れの中からいくつか、血痕のある型が出てきた。

 血液は乾ききっていた。部位からいって、初期の被害者のものだ。

 だが、全員分は無い。

「型だけか?中身は?」

「現時点では型のみ。室内に関連する汚れ、異臭なし。凶器、血液の付着した衣服なし。衣服のポケットに、動物の毛と血液が付着した、小出動物病院の手ぬぐいを発見」

 この手ぬぐいのおかげで、猫の事件と切り取り魔の事件を繋げることができ、三つの事件の捜査が合同となる。事件が大詰めになってきた予感に、捜査員たちも真剣だ。

 小出は犬歯に特徴があると父親が証言したが、坂上啓より小柄で痩せ型だ。連続傷害事件の犯人だとしても、人を素早くさらうには共犯が必要だろう。小出が疑われるよう、坂上啓の事件でわざと牙と姿を見せた可能性が高い。


 各班の報告がせわしなく続く。

「昨日早朝、小出の部屋の扉が開いており、室内が荒らされているのを管理人が確認。制作のために閉じこもることはあっても、普段は部屋が片付いており、無断で外泊することもないため、実家に連絡。思い当たる場所を捜すも見つからず、両親が通報」

 脅迫状は届いていない。書き置きもなかった。坂上啓の事件のこともあり、室内を捜索することとなった。

 例えば犯人の姿を見てしまったとか、犯人が犯行を押し付けるつもりなら、口封じで殺される危険がある。

「学校は一週間欠席。学校関係者、同級生の目撃情報なし」

「最後の目撃情報は先週土曜、北原画廊。画室高梨から作品を運んだ後、仲介契約の確認をし帰宅。画室高梨には不在。下宿でも先週土曜の朝以降は目撃なし」

 これまでは、拐われてから戻ってくるまでの期間は長くても一日だった。

「本人がいた痕跡があるのは実家の動物病院と、下宿先のみ。小出家の所有する物件は全てシロ。倉庫や地下室は無し」

 小出の父親は名医らしい。獣医の息子なら、麻酔の量の加減や切断の知識があってもおかしくない。条件だけなら、今のところ一番切り取り魔の可能性が高いのは小出だ。

 しかし、何度か状況を再現して試してみた身からすると、気を失った人間を運ぶのはともかく、麻酔を打つ前に身体の動きを奪うのは、小出の体格ではおそらく無理だ。

 小出動物病院の薬品と貴重品の記録に不審点はない。

 弟は医学生だが、他県の大学に通っていて、アリバイもあった。

 家族が共犯の可能性も、個人的な印象では、無さそうだ。聞き込みした知人らもほぼ、小出伊知郎は被害者だという仮定で話していた。


 恋人はいない。一人でいる方が好きだからと、学生同士の集まりはほとんど断っていた。酒、煙草、夜遊びもしない。行動範囲に若い女性がほとんどいない。物静かでも暗いというわけでもなく、「礼儀正しい」と言う人が多かった。そのおかげで年上の婦人には可愛がられており、社会性はある。作品のファンも結構いた。

 小さい頃は歯のせいで虐められることもあったようだが、最近は特に嫌われていたり、揉め事を起こしたことも無いそうだ。概ね好青年という印象で、家族仲も普通だ。

「男友達とか、上級生なんかは?」

 警部の志賀がそう言って、幼馴染みや坂上啓の名前が挙がった後、

「他にも連絡がつかない顔見知りはいましたが、複数の学生が、“彫刻科の上級生、布袋充ほていみつると親しい。小出はともかく、布袋は相当小出に執着があるはずだ”と証言したので、聴取しようとしましたが、連絡がつきません」

 と続き、無流は耳を疑った。

「ちょっと待て、あいつ、彫刻科なのか」

 思わず声を上げた無流を、志賀警部がじろりと見つつも、あごで発言を促した。

「飯田巡査部長、続けろ」


 ――恐がるのではなく、好んで切り取り魔の噂をする方も多かった。

 ――常に不穏な魔力が満ちているようなものです。

 ――だから、犯人の手掛かりが得られたり、本人が訪れる可能性が高いと思いました。


 北原の言葉がよみがえる。

 あのとき彼はずっと、商談で使う座敷の方を見ていた。

 人間は無意識にものごとの本質を察知し、それは動きに現れる。

 幼い頃から寺で暮らしていたせいで、父親をはじめ、仏僧に心を読まれるようなこともよくあって、無流にも多少は身についている。

 

 布袋充は怪しい。


 無流は起立して、声を張った。

「布袋なら小出の部屋に向かう前、北原画廊で見かけました。身長は自分より少し低いぐらいで、体格もそこそこいい。顔色は良くなかったが――傷害事件の犯行は独りでも不可能ではないと思われる。建築家の布袋なんちゃらの息子で、坂上啓を襲った犯人が逃走した先に実家がある。確か、画室高梨の近くに別宅があって、そこに住んでるって話です。俺たちがつかんでる関係者の中では、そいつが一番怪しい」

 ざわつく捜査員たちに、落ち着くようにとゆっくり手振りをした警部だったが、何かに気付いたように渋い顔で黒板を睨んで、指差した。

「――布袋至ほていいたるだ」

「ん?ああ、そうそう、至です。建築家の」

「これだ。この、小出の下宿先の所有者だ。画室高梨の辺りの洒落た家は、大体、江角か布袋の持ち物だよ。息子が管理人に顔が利くなら、小出の部屋に細工するのも簡単かもしれん。布袋充の所在、情報、周辺に作業場がないか調べろ」

 警部は班の配置を修正し、割り振り始めた。無流たち猫さらいの班は雑用だろうと思っていたら、すぐに警部と目が合って、手招きされる。

「無流。お前は北原諭介を聴取しろ。いい仲なんだろ」

 声を潜めるから重要なことかと思えば、ひやかしか。

「確かに仲はいいですよ。志賀さんの思うような関係じゃないですがね」

 あからさまに呆れて見せると、警部は周りに聞こえないよう、喉を鳴らして笑った。

 志賀悦時しがえつじ警部は、無流が警察に入る前から同じ道場で剣道をやっている昔馴染みだ。無流が警察官になる理由の半分くらいは、この男の影響だった。

 無流にとってはずっと、剣道は強いが酒飲みで煙草臭い下世話な年長の兄弟子だったが、仕事中は完全によそ行きで驚いた。

 身長は無流の方が少しだけ高いが、厚い胸板の割にすらりとした手足と、肉の少ない整った俳優のような顔。一見、冷酷で薄情そうだが笑顔は優しく、抜群に女受けが良い。男には優秀さと厳しさで恐れられているが、信頼は厚い。

 もてても浮気は絶対にしないが、二度も離婚している。今は独り身だ。

「布袋は怪しいか」

 手がかりが少ないとはいえ、無流の印象だけで捜査方針を変えたのは、小出の命が危ないと判断したからだろう。

「少なくとも感じのいい男じゃないですね。北原と話してる俺を見る目が気になったのと、ほめ上手で人懐っこい看板娘が、ひとつもほめずに距離を置いてた。画廊を出る時、二人の警護を頼んで正解だった。切り取り魔じゃないとしても、それだけ執着してたんなら、小出の手掛かりにはなるでしょう」

「お前は勘と、運がいい。怪しいと思ったらお前の判断で動いていい。必要ならすぐ応援を回す」

「はい」

 志賀に軽く敬礼し、無流は会議室を後にした。

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