二 身近な動物

「啓、おはよう」

 芦原美術あしはらびじゅつ専門学校の門を通り、教室の定位置に座ると、いつものように親友の飯田和美いいだかずみが隣に座った。

「おはよう、和美」

 よくある狐の面に似た細面の顔は、一見あっさりしているが、色気と品のある切れ長の目は近くで見ると大きく、長いまつ毛が目尻を引き立てる。

 顔は和風だが、色素は全体的にやや薄い。短い髪は自然におろすかたちで、中性的で美しい容姿に、細身のぴったりとした洋装がよく似合う。

「啓お前もう、身近な生き物、できたのか?」

「うん。近所によくいる猫なんだ」

 このところ良く見る、少し毛の長い三毛猫を書いたページを見せる。

 この講義で出された課題は、身近な生き物を描くことだ。

 いくつかデッサンしたものを元に、カンバスに仕上げていく。

 動物園の動物はできるだけ避けろというので、みんな公園にいる野鳥や虫、家で飼っている生き物を描いている。

 身近なものをよく観察するための課題だとわかってはいるが、和美は苦戦していて、提出は半月後だというのに、何も描いていない。

 感性や興味が向かない課題なのか、いつもの要領の良さが発揮されていないようだ。

「俺も急がなきゃ。あ、そうだ。新聞見たか?警察も連続傷害事件で動いてるって」

「お義兄さん、刑事だろ?大変だな」

 和美の亡くなった姉の夫、飯田無流いいだぶりゅうは刑事だ。姉が亡くなってもそのまま、和美の実家で暮らしている。

「ああ。人一人分切り取るなんて、嫌な噂だ」

 そうため息をつく和美の横を、同級生の小出伊知郎こいでいちろうが通った。

「小出、おはよう」

「おはよう」

 僕が声をかけると、小出は無表情に小さい声でそう答え、定位置に着席した。

「小出のやつ、今日も暗いな。絵も上手いし、顔もいいのに」

 もったいない、と和美はいつも言っている。

「うん。もっと笑えばいいのにな」

 僕は小出の作品が好きで、本人にもどちらかというと好感を持っている。

 同じ画家の先生に師事しているので、向こうはどうか知らないが、親近感もある。

「啓、お前は美形に甘すぎるぞ」

「なんだよそれ」

 面食いなのは和美もだと思うが、否定はできない。

「身近な生き物……かあ、人でもいいと思う?」

「おい、真面目にやれよ」

 鉛筆を鼻と上唇の間に挟んで悩む和美に呆れ、僕は自分の画帳に視線を戻した。

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