悪役令嬢を口説きたい!

みけねこ

第1話

「ティアラ・アーリン・スノーホワイト、現時刻をもって婚約を破棄する!」

 目がチカチカするほどのきらめいた装飾品があちこちに配置されている会場。確か今は学園での恒例行事である何かのパーティーの最中でなかったか。学園のほとんどの人間が集まっている中パーティー会場の中心で、王子がよく知らない女子の肩を抱きながら正面にいる女性にそう言い放った。

 王子が言うにはそのよく知らない女子が正面にいる女性から数々の嫌がらせやイジメを受けた、婚約者がそんな人間だとは思わなかった彼女が可哀想だとは思わなかったのか、とかなんとか。その隣で泣き顔で王子に縋り付いている女子が私つらかったのですのどうのこうの切々と訴えている。

 いや、これってチャンスでは?

 王子と対峙している女性――ティアラ・アーリン・スノーホワイト。貴族の令嬢で王子の婚約者、その気の強さと悪名から周囲は彼女のことを「悪役令嬢」と呼んでいた。

 けれどいつも毅然としていて隙がない、そんな姿が田舎から来た人間の目からは都会ってこんな綺麗な女性いるのか?! え?! である。田舎の女性は力仕事のために華麗さという文字を捨ててたくましさを手に入れているため自分の周りにはいないタイプだった。

 正直に言って恥ずかしい話だが、一目惚れだった。田舎者だが力仕事はしてきたためそれを活かして剣術学部に入ったが、共有スペースである食堂で初めて目にしたときハートを射抜かれた。何度も言うけれどあれほど綺麗な女性を見たことがなかった。

 お近付きになりたい、と思ったところでここで問題が生じる。なんせあちらは貴族なのだ、平民がそう簡単に声を掛けれるような立場ではない。でもお近付きになりたい、せめていつでも見れるような場所にいたい。そうだ、剣術を磨いて護衛として傍にいれることができるのでは? 見守ることだけでもしていいのでは?! そう思った俺はそれはそれはもう腕を磨きまくった。彼女にお近付きになりたい一心で。一歩間違えればただの気持ち悪い男だぞと友人に言われても俺は必死だった。

 会場にいる人間の視線はほとんど中心部に向かっている。こんな大勢がいる場で婚約破棄をされても彼女は動揺せず泣きもせず真っ直ぐに立っている。その姿に増々惚れ惚れとした。

 いや惚れ惚れしている場合じゃない、チャンスはしっかり物にしなければ。

 何やら勝ち誇ったような顔をしている王子が正式に婚約破棄をしたということは、つまり彼女はもう王子の婚約者でもなんでもない。このウィステリア学園に通っている令嬢の一人だ。

 騒がしい中を構うことなくズンズンと突き進む。歩いていると彼女に対して嘲笑ったり蔑みのような言葉も言っているがそんなものなんのその。会場をあとにしようとくるりと反転した彼女の目の前まで辿り着いた。

 少し驚いた顔をしているがそこもまた可愛らしい。何したって美人で可愛いとはもう最強では。そんな最強な彼女の前にまるで誓いのように跪く。下から見上げても可愛い。

「あなたのことをお慕いしております。どうか俺と交際してくれないでしょうか?」

 周りが一斉にどよめきとどこからか甲高い声も聞こえてくる。いいぞいいぞその勢いでこの場を盛り上げろ。そうして彼女の印象に残るような状況を作ってくれ。

 その目に友人の言う気持ち悪い男という風に見えないように声のトーンはいつもより抑えて、そして丁寧な言葉遣いを心掛けた。この学園にいる貴族は平民に対してあまりいい印象ではなさそうだから、なるべく不躾のないように。ちょっとドキドキしながら彼女がどう動くのかを黙って待ってみる。

 するとだ、キョトンとしていた顔が徐々に赤く染まっていく。あまりの可愛さに胸を押さえたいがここは我慢。妙な動きをして変人に見られるのは痛い。しかしこんな彼女の反応を見て、周りは一体どう思って彼女のことを「悪役令嬢」だなんて思ったのか。

 そもそも彼女は規則正しい人間だった。移動しているときはいつだってその腕に教材を抱えていたし、休み時間も大概友人と過ごしている。まさに真面目を絵に描いたような人物が、よくわからん女子をイジメる時間なんてないはずだ。というか気が強い彼女はそんなちまちまとしたことはやらず、もう堂々と周りに誰がいようともズバッと言う性格だろう。よくわからん女子をイジメていたティアラさんは一体どこのティアラさんだ。

 まぁそこは今は置いといてだ。見上げてみるも顔を赤くして口をパクパク動かしてそこから言葉が出てこない。美人は何をしても美人だ、と見惚れている場合ではない。このままだと状況は動かない。ちょっと良心をくすぐるようにしょんぼりとした顔をしてみせ、しっかりとティアラさんを見上げる。

「やっぱり、俺のような人間だと嫌でしょうか……」

「いっ、や……とは……言っていないわ……」

 行ける。これは行けるぞ。きっとどこかで今の状況を見ている友人よ、俺のことを応援してくれ。

「いきなりお付き合いとは、急すぎましたね。ではこれから俺のことをもっと知ってもらうために、話しかけてもいいでしょうか?」

「わ、私とお喋りしたいなんて……物好きな人ね」

 物好きなんてことはない寧ろ真っ当は人間だ。こんな美人と話したいと思っている人間が一体どれだけいるか。自分がどれだけ美しいのかこの人知らないのかな、と思いつつにっこりと笑顔を浮かべる。よかった今のところ気持ち悪い男という印象にはなってなさそうだ。

 王子から婚約破棄と突然言われて俺からもこんなことを言われて、もう彼女は注目の的だ。それこそ王子とようわからん女子の存在感がなくなるほどに。でもどことなく居心地の悪そうな顔をしている彼女に対し、跪いていた足を伸ばして正面に向き合う。俺より小さい身体が俺を見上げてくるなんて、なんて最高な状況なんだ。表情筋がゆるっゆるになる。

「顔色が優れないようなので、今日はもう帰りますか?」

「えっ? え、ええ、そうね。そうするわ」

「では馬車まで送らせてください」

 一秒でも長くいたいためにそれはもう俺だって必死だ。断られても多少落ち込むかもしれないけど、でもまぁそこは彼女の意思を最優先だ次の機会を伺おう。そっと手を差し伸べて笑顔を向ければ、彼女は眉間に皺を寄せてムッとした顔をしつつも、その可憐な手を重ねてくれる。

 そしてざわつく会場の中、俺は一目惚れだった女性と一緒にその場をあとにした。



 ***


 ぼふん、と勢いをすべて吸収してくれたベッドはスプリングを利かせて私の身体を受け止めた。

 王子であるアルフレッドからあんなことを言われるであろうことは薄々と気付いていた。そもそも親同士が決めた政略結婚。幼い頃に出会い私なりに彼を愛そうとしてみたけれど、王子にしてはあまりの立ち振舞に小言を言うほうが多かった。そこから愛情が芽生えることなく、お互い親睦を深めることなく今に至る。

 そんなアルフレッドが最近見知らぬ女子生徒と共にいるという話はよく聞いていた。実際見かけたことも何度もあったしそこにある彼の表情は私が見たことがないものばかり。彼の心境の変化には気付いていたし、最近私の周りで何かがうろちょろしているのも知っていたから近々何かしらの行動を起こすとは簡単に予想することができた。

 それが私に恥をかかせるために、学園の生徒がいる大勢の場であんなことを言い出すなんて。契約書は目の前で破かれてしまったけれど、別に彼に愛情があるわけでもなかったため恥をかいたことにはならなかったし特につらくも悲しくもなかった。逆に肩の荷が下りたように感じたぐらいだ。

「お嬢様、大丈夫でございますか?」

「アルフレッドに関しては大丈夫よ。こっちに痛手なんてないもの」

 控えていたメイドに声をかけられ、言葉を返しながら身体を起こす。そう、こちらに痛手はない。寧ろ痛手があるのは向こうのほうだ。これで跡取りとしての後ろ盾を一つ失ってしまったアルフレッドはその求心力を弱らせた。第二王子である弟もいるため現在貴族が二極化しているというのに。スノーホワイト家はそんな貴族の中でも名が知れており求心力もあったため、王子との婚約者相手として選ばれたのだけれど。

「まぁ、アルフレッドに関してはどうでもいいわ。好きにすればいいのよ」

 第一王子であるはずなのにわりと好き勝手にやっているアルフレッドがどうなろうともうどうでもよい、婚約者ではなくなったのだから気にする必要もない。もし第二王子に喰われてしまってもそれはもう仕方がない。

 息を吐き出しパーティー用にと着飾っていた装飾品をひとつずつ外していく。

「それよりもお嬢様に告白してきた方ですね」

「なっ?! なぜアイリーがもうそれを知っているのよ!」

「情報の伝達は早うございますから」

「もうー!」

 顔が熱くてたまらない。パタパタと手で仰いでも熱が引く様子がない。

 そう、今の私はそれどころではない。まさか、婚約破棄された直後に見知らぬ男子生徒から告白されるなんて。しかもあの胸章は剣術学部の生徒。

 正直に言って、今密かに貴族の女子生徒の中で剣術学部の生徒が人気を誇っている。私達の親世代の頃はやっぱり王子様に憧れがあり、貴族の男性のほうが人気だったけれど。けれど今人気の小説に出てくる、王子様ではなく姫を守ってくれる騎士の話が話題になっていた。

 貴族の男子生徒も一応嗜みで剣術を習っているとはいえ、やっぱり本格的に習っている剣術学部の男子生徒に比べて身体が劣っている。反して剣術学部は屈強な身体、私達の周りがあまり使わない少し乱暴な言葉遣いに逆にときめく女子が多発。そして、いつか自分だけを守ってくれる騎士が現れることを夢見ているのだ。

 でもまさか、そんな夢のようなことが自分に降りかかってくるとは思いもしないじゃない!

「お嬢様をそれはそれは大切にしてくださったのだと聞きましたが」

 にこりと告げる彼女に、あんな楽しそうな顔あまり見たことなかったのだけれどと顔を歪める。そうよ、それはもう丁寧だったわ。今までアルフレッドは一緒に歩くことがあってもいつも彼が先を歩き、私はその後ろをついていくだけ。手を差し伸べられたこともなかったし、それにあんな、まるで誓いのように跪かれたこともなかった。始終私に対して笑顔を向け、極力気を付けて丁寧な言葉遣いをしようとしているのも見て取れたし、何より表情が豊かだった。

 アルフレッドはいつも無表情か面倒臭げな表情をしてばかりで、それに比べてまるでコロコロと変わる表情に私の胸はずっとときめくばかりだった。

「旦那様も奥様も大喜びだと思いますよ! アルフレッド様よりもお嬢様のこと大切にしてくれそうですし!」

「私は婚約破棄されたばかりの身よ?! 世間体が……!」

「何をおっしゃいますか! 婚約破棄されたからこそ次の恋ですよ、恋!」

「なぜアイリーが乗り気なのよ!」

「屋敷の者は皆乗り気ですが?」

 そもそも帰ってきてそんなに時間が経っていないというのに、彼女の口振りからするともう屋敷の皆に知れ渡っている。それだけでももう恥ずかしいのになぜ皆応援する方向に行っているのか。今この場に婚約破棄をされた私を慰めようとする人間は一人もおらず、寧ろ新しい出会いにまるでファンファーレを鳴らさんばかりの勢いだ。

「では私は情報収集に行ってまいりますね!」

「何の情報収集よ!」

「それはもう、色々と!」

 不穏げな言葉を残して、それまでお喋りしながら私の着替えの手伝いやその他メイドとしての仕事をテキパキとこなした彼女は颯爽と楽しげに部屋から出て行く。唖然としながらその後ろ姿を見ていると、無情にもドアはパタンと閉じられた。

 もう、と呆れながらもう一度ベッドに戻って腰を下ろす。アルフレッドのときはあんなにも渋い顔をしていたのに。たまに「なぜ婚約者があんな……」と漏らしていたのに。でも彼女がああなるのもわかる気がしないわけでもない。貴族は大体政略結婚。小さい頃に婚約させられそのまま成人し結婚する。その間相手を愛する人もいれば、何一つ愛情が湧かないまま夫婦でいる人も少なくはない。

 私も後者だと思っていた。きっとこれから愛というものを知らずただただ妻としての役目を真っ当するだけなのだと。

「帰り、気を付けてください」

 馬車まで送ってくれた彼は帰り際座った私を確認して、笑顔でそう告げてきた。私にはその笑顔がすごくキラキラして見えて、胸がドキドキしてまともな言葉を返すこともできずに無愛想に返すしかできなくて。今その後悔が押し寄せてきたのだけれど。

「……きゃーっ!」

 後悔よりもドキドキが上回ってそれどころじゃない。

 枕に顔を埋めてはしたなく足をバタバタさせてしまう。私だって読んだことはあるもの、お姫様を守ってくれる騎士の物語を。私にはそんなこと絶対にないって思っていたことが、目の前で起こっただなんて。こんな感情があるだなんて今まで知らなかった。

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