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「実はね、私たち二人とも魔法使いなんだ」
「と言っても、せいぜい一世紀生き延びれただけの魔法使いだがね」
やはりか、と界は納得した。彼らの話し方、経験したであろう話の内容も、実際に体験していなければ味わえない臨場感が伝わってくる。
「一世紀……」
「その間にもさまざまな争いがあったよ。もちろん、
「欧州以外にも、さまざまなところから情報が入ってくる。私たちは未熟な魔法使いだから、戦力としては役に立てないと分かっていた。だからその代わりに情報収集や情報交換をして何とか生き延びることができたんだ」
「この二人で戦地に行って多くの人と交流したよ。中には私たちと同じような考えをする人もいて、争いをなくしたいだとか、ノーマルとの溝を埋めたいだとかね、そんなことを考えていたんだが、止めるにはあまりにも非現実的すぎた」
「止まることはなかったね。今は一時休戦というところかな」
「この街も、いつかは戦地になってしまうのかと思うと悲しくなるよ」
本気で争いを止めたいという気持ちは充分に伝ってきた。界自身、戦争を経験したことはないが、人間の究極の喧嘩と言うのは頗る醜いものなのだろうと思わせられる。
抗争の話なんて聞けることはそうそう無い。これはいい情報が得られた、と少し嬉しく思った。
「そういえば、魔女と会ったことは?」
「ないね」
「話ばかり聞くがね、みんな会いに行く勇気は無いんだよね」
「とは言え、私たちがまだ若かった頃は、彼女の元に多くの人間が訪れていたよ。願いを叶えてもらうためにね」
「願い、ですか」
「感情を一つ失うとはいえ、どうしても叶えて欲しい願いがあったんだろうね」
「中には子供もいてね、可哀想なことに他人の幸福を願っていたんだ」
「それは……」
「貧しい子供も未だに多くいてね。教会ではそういう子供たちの援助も行なっているんだよ」
「それは、宗教的な活動の一環ですか?」
「いいや。彼がそう言う人なんだ」
「本当にお優しい方だよ」
クルトと言う教祖は本当に街の人々から慕われているようだ。彼についてはもう少し情報を集めようとは思うが、本当に噂通りの人なのかどうか、まだ確証はない。
「彼と会ったことはありますか?」
「あるよ。定期的に街に出てるからね」
「面識があるかと言われれば無いかもしれないけどね」
よく街に出る、か。街の人々との交流が盛んな司教ということか。ますます分からない。本当に善人なのか、何者なんだろうという疑問が界の中で大きく膨れ上がっていた。
「彼と会って直接話を聞くことって出来ますか?」
「どうだろうね、彼の中で優先とするものがあるだろうから君と会って話を聞いてくれるかどうかは私たちには分かりかねるよ」
「そう、ですよね」
「まあ、ゆっくり時間をかけて信頼を得ることは大事なことさ。彼は優しい人間だからきっと分かってくれるよ」
紳士はそう言って笑った。
時間はあまりあるようには思えなかった。彼らは戦争を生き抜いたからこその余裕があるのかもしれないが、それでは駄目だ。こうなれば自分が止めるしかないのではないか、と考え始める。
「ああ、そうだ。他に情報が欲しいなら路地裏にある”
「それがいいね。あそこのマスターは多分君と同い年くらいだったような……。若い男の子でね、ある噂では彼の頼みと引き替えに情報を売ってくれるという話だよ」
――情報屋か。行ってみる価値はありそうだ。
用紙に「Corneille」と書きなぐり、「時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「いやいや、良いんだよ」
謙遜してか、手を振って笑った。「ジャポネは律儀というか、とても丁寧なんだね」
「ははは、そうでしょうか」
「そうともさ」
界はそれから二人にもう一度礼を言って、その場を立ち去った。
*
一度図書館に戻り、自室で情報を整理することにした。
机に手帳を置き、棚から適当な紙を取り出すと、それに書かれてある情報を取り出した紙にもう一度書き始めた。
【今日の収穫。
一、クルルッタ教の教会(写生した絵)。十字架と赤い蛇がシンボル。
二、司教・教祖様=クルトという人物(模写した絵)。白髪に褐色肌が特徴的。
(ここから老人の魔法使いたちから得た情報。)
三、魔法が使えない人間・ノーマルと魔法使いとの諍いで、ここ最近は物騒だという。
四、「ドイツの一部の人間」との抗争。
五、軍に呼ばれる魔法使いの存在。
六、一世紀の間だけでも多くの争いが存在している。
七、魔女・ララについて、老人たちが若かりし頃には図書館に、願いを叶えてもらうために来館する人間が多数いた。中には子供もいたという。
八、クルトについて。貧しい子供たちの援助をよくしているようで、定期的に街に出ているらしい。街の人々からの信頼は篤そう。
九、情報屋の存在。路地裏に「Corneille」というバーがあるらしく、そのマスターが情報屋だという。】
「……こんなところか」
メモ用紙に書いたものをもう一度別の用紙に簡素に纏めることで頭に詰め込む。これは、幼い頃から続けている習慣だった。何度も書くことで自然と頭の中に情報が入ってくる。
ふと目の前に倉庫に移す時に見つけた本があった。それを後で読もうと机の脇に置き直し、もう一度図書館を出た。
山を下りると、先程行ったサント大公園の方へ馬車で向かうことにした。
人通りも多く、バーについて知っている者がいないかどうかが尋ねやすいと考えた。
公園に着くとすぐに行動に移した。
結果、殆どの人は「Corneille」というバーについて知らないようだった。
尋ねたうちの僅か数人は知っていたが、その殆どは中年の男性が多く、あまり表立った職業には就いていなかった。中には魔法使いだという人もいて、そのバーについて知っている人間はそういった“裏社会に属する人間”が多いことが分かった。
目立たない位置に店を構えていることが分かった時点で薄々感じていたが、そこの店主について少し身構えていた方が良さそうだと思った。
ただそう言った店では表立って聞けないような話も入ってくると考えると、ますます興味が湧いた。
界はここからは徒歩で探そうとして、聞いた情報を頼りに裏通りを散策することにした。
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