第128話

「アンちゃん、孫の手が欲しいんだけど市場に行ったら売ってるかな?」

「え?孫の手って何?そんな子供の手を切り落としたものなんて売ってる訳けないじゃない!」


 アンちゃんに、”コイツまた変な事をやらかすんじゃないだろうな?”的な目で見られてます。いやいや、キミが考えてる様な猟奇的な物じゃないから。


「アンちゃん、俺の言う孫の手って言うのはね・・・。」


 自分で自分の背中を掻く道具だ、と説明したら一応納得はしてくれた。背中が痒いのなら誰かに掻いて貰えば良いじゃない、とはアンちゃんのげん。この世界では大家族が普通だから、側にいる家族に掻いて貰うのが普通との事。ボッチが当たり前に居る前世前の世界とは事情が違う。


「今度痒くなったら、私が掻いてあげるから。ね。」


 アンちゃんの優しい言葉に、それだけで『こっちの世界に来て良かったな』と思ってしまうほどにボッチ歴の長い俺だ。アンちゃんの居ない時は、柱の角とか木の幹とかに背中を擦り付けて我慢するとしよう。絶対にフレッドには掻いて欲しくない。


 さて、背中もスッキリした事だし昨夜の情報をまとめよう。大筋では俺が予想していた通り、江戸柳生と尾張柳生の関係見たいだ。よくある本家と家元、元祖と開祖みたいなもんだ。


 レイウス流を開いたのはアンちゃんの曾祖父で間違いないのだけど、ヘルツ王国レイウス流とカンデラ王国レイウス流は祖父の代で分かれたらしい。血は繋がっているけど、ちょっと遠い親戚って感じだね。交通網なんてものは無いに等しいこの世界では、数年に1度手紙のやり取りがあれば良い方くらいの付き合い。アンちゃんもヘルツ王国レイウス流こっちの親戚に会った事は無いのだそうな。


 ヘルツ王国から仕官の口が掛かったとき、曾祖父本人ではなくアンちゃんの祖父の弟(大叔父)が仕官した。その時、『自分はまだ研鑽の途中なので、この者(大叔父)を仕官させる』と言ったとか言わなかったとか。最後の方はフレッドがベロベロに酔っ払って何言ってるのか良く分らなかった。ただ、と言う言葉から、カンデラ王国に仕官したアンちゃんの祖父がその奥義を伝承しているらしい、と言うのがもっぱらの噂だとか。


「アンちゃんは噂の奥義を使えるの?」

「これは内緒の話よ。一度おじい様に見せて貰ったことがあるけど、正式には伝授されていないわ。私が見た時は未だ小さかったしよく覚えてないの。」


 噂は本当だった。本当にあるんだ、秘奥義。素早く秘孔を突くとか。この場合、『アタタタ』言うのは剣で突かれた方だな・・・。アホな想像は止めよう。


ロルマジアここのレイウス流道場に行って、何か得るものがあれば良いね。」

「私なんてまだまだよ。上手く言い表せないけど、こう何か足りない気がするのよね。」


 レイウス流の話をしていてその気になったのか、アンちゃんは素振りをしに出て行った。何か手伝えることはあるだろうか。俺は考えたが、魔法使いの俺には剣術の手伝いは無理そうだ、という当たり前の事しか思い浮かばなかった。


*****


 後日、市場の日用品を扱う店を回って『孫の手は無いか』と探していたら、おばちゃんに衛兵を呼ばれそうになったので直ぐに逃げ帰った。だからそんな猟奇的な物じゃないってば。

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