第93話

 夕飯を食べていると酔っ払い達が大声で噂話をしているのが聞こえて来た。どうやらロルマジアでの事件がこちらにも伝わって来たらしい。俺も向こうに混ざって飲んで来ようかな、と思ったらアンちゃんの視線が刺さった。やっぱり止めておこう。飲酒は節度を持って、休肝日を設ける様にします。ハイ。


*****


「何でもよ、王都でエマ姫様が襲われたって言う話じゃねぇか。」

「おう、その話なら俺も聞いたぜ。中央広場で暴漢に切り付けられたって話だな。」

「そうなんだよ。それで姫様は怪我されたそうだ。」

「なんだって。暴漢のヤツはどうなったんだ。逃げちまったのか?」

「噂じゃぁ、その場に居合わせた女冒険者が暴漢を切り殺したらしいぜ。一刀両断で真っ二つにしちまったらしい。」

「女冒険者がかい?すげえ女冒険者も居たもんだな。」

「身の丈が2m近くもあって、ばかでけぇ剣を振り回すっちゅう話だ。」

「しっかし、そんな女を嫁にしようって男が居るのかね。俺はもっと可憐な乙女がいいなぁ。」

「バカか。おめぇなんか、端から相手にされるもんか。」

「ちげぇねえ。」


 俺はにやけながら話を聞いていたが、ふとアンちゃんを見ると俯いて震えている。俺は金を払うとアンちゃんを促して店を出た。


この街メレカオンまでアンちゃんの噂が広まってるとは。噂が広まる速さって凄いね。」

「わたし・・・、わたし・・・、もうお嫁に行けないのかしら?」


 単なるうわさ話なのに、変なスイッチ入っちゃったよ、この子。しょげ込んで、今にも泣き出しそうだし。ペアを組む俺としては、ここはしっかりフォローしておくべきところだろう。


「あれはきっと宰相閣下辺りが流した噂だよ。偽装工作さ。うん。第一、事実と大分違うしね。」


 姫様も怪我なんかしてないし、犯人も真っ二つじゃなくて手首を切り落としただけだしね。それはそれで怖いけど。


 この世界には写真もビデオも無いしSNSなんて有る筈も無いから、噂は口伝えで広まるだけだ。噂話に正確さを求める方がどうかしてる。当然尾鰭も付いて段々大げさになるもんだ。庶民の娯楽のひとつだからね。


「ねえジロー。も、もしもよ。もしも私にお嫁に行く当てが無かったら、ジローが貰ってくれる?」


 弱弱しく聞いて来るアンちゃん。ここはひとつ元気付けてあげないとね。


「ああ、良いとも。俺で良けりゃアンちゃんをお嫁に貰ってあげるよ。」


 うなだれていたアンちゃんはガバっと振り向くなり、俺の両肩を掴んだ。


「本当?本当よね?約束よ!」


 肩を持って揺さぶられる俺。アンちゃん、力入れすぎで肩痛いです。周りの人たちも何事かとこっちを見ているよ。

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