第4穴 二世帯で住む
半年間の通信教育を終えた亮一は、なんとか試験にも合格して無事カラーコーディネーターの一級の資格を得たので、個人事業主となって自分で仕事を始めたいと言った。すぐに収入につながる仕事が舞い込んでくるわけではないので、しばらくの間は、土建屋を営む叔父の所でアルバイトをさせてもらうことになった。
ちょうど同じ頃、彩也子もバイオリン講師の契約期間が近づいていた。職場でのストレスを抱えていた彩也子は、契約更新するかどうか、とても迷った。
「亮一の仕事が軌道に乗るまでは私の収入もあてにしないと生活できないから、もう1年だけ頑張ろうか迷ってる」
と亮一に相談した。すると、
「おふくろが、実家リフォームして二世帯で住んでもいいって言ってたよ。俺も事務所を借りる余裕はないから、納屋使わせてもらって仕事しようと思ってるから。そうすれば、今の家賃分は生活費に回せるから、彩也子が体調崩してまで講師続けなくても済むんじゃない?」
「・・・同居ってこと?」
「うちのおふくろ、気を遣うような人じゃないから大丈夫だよ」
「大丈夫って、そりゃ母と息子はそうかもしれないけど・・・」
彩也子は、この流れに乗ったらダメだと分かっていた。どんどん亮一の過ごしやすい方に流されている。親戚も友達もいない、亮一の親族や仲間ばかりの今まで全く縁のなかった土地で、本当にやっていけるのだろうか。でも、今の仕事を変えたい気持ちと亮一の収入が不安定なことを考えると、そうするしかないような気もした。
「大丈夫だって。リフォームするんだし、アパートの2階に住んで大家が下にいるみたいなもんじゃない」
亮一は、もう引っ越しすることを了承しているように言った。
(提案のような口ぶりだけど、これはもう亮一の中では決定事項なんだろうな)
過去を振り返ると、いつもそうだった。亮一は、強引に自分の流れに持っていったと思わせないように、気付くと自分の思い通りになっていたというようにするのがうまかった。
彩也子は、もう少し具体的にちゃんと考えたいと言って、その日の即答は避けた。
次の日、仕事に行った彩也子は、先輩講師からのセクハラまがいの言動と上司の嫌味攻撃をダブルで受け、完全に心が折れてしまった。そして、その日の帰り際に、
「今期限りで、契約終わりにさせてください」
と言ってしまった。
もう、亮一の計画に乗るしかなくなってしまった。
亮一の実家のリフォームは着々と進んでいるようだった。話はされていたが、もともと義母が住んでいる家のことだから、彩也子は一度も見に行くこともなく、引っ越しの日を迎えた。
リフォームと聞いていたが、思ったより大々的な工事だったようで、前に来た時より、実家はかなりきれいになっていた。
「どうぞ~」
義母がご機嫌な様子で私たちを迎え入れてくれたが、その入り口で彩也子の頭に疑問が湧いた。
(あれ。玄関は一緒なの?)
「上もなかなか良くなったよ」
義母に愛想笑いをしながら、2階に上がろうとして階段を見た。
(え。普通の2階に上がる階段なんだけど。普通に下とつながってるんだけど)
「きれいになってるけど、やっぱ懐かしいなぁ」
はしゃぐ亮一とは裏腹に、彩也子は早くも気が滅入り始めていた。
二世帯にすると聞いて、てっきり1階と2階は完全に区分されていると思っていた。亮一が、2階に住んで大家が下に住んでいるようなものだと言っていたからだ。ところが、2階にも洗面所とトイレと洗濯機とアパートより小さい簡易キッチンがあるだけで、玄関も一つ、お風呂も一つ、階段でつながっている、いわゆる同居としか言いようのない形態だったのだ。
(話が違う!)
でも、義母の前では発せない言葉だった。
はっ、と息を呑んだ。彩也子は思い出した。
亮一は、義母がリフォームして二世帯で住んでもいいと言っていたと言ったが、二世帯住宅にするとは、一度も言っていなかったことを。
「彩也子さん、料理が得意なんだってね。亮一がいつも自慢してるから、これから楽しみだねえ」
食事も一緒にすることが分かった。そして、どうやら作るのは彩也子らしい。
(聞いてない、聞いてない、聞いてない!)
(でも、お金がないからしょうがない・・・)
彩也子の新しい生活は、後悔から始まった。
新しい蟻が、穴を掘り始めた。
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