第五話 レッドキャップ

 本当にこの町は俺のような田舎者を驚かす出来事に事欠かない。


 ──「挑戦者求む! 勝者には金貨五枚」


 この言葉を思い出す。宿舎内に張られていたポスターに書いてあった。傍らには赤いベレー帽を被った凛々しい表情のゴブリンの姿。


 そのゴブリンの名は「レッドキャップ」と言う。どうして「キャップ」なのにベレー帽を被っているのかというツッコミはあるが、"名前付き"という存在らしい。これまでこの町の剣闘士の誰もが勝てなかった最強の個体という触れ込みだ。


 戦績は二六戦全勝。負けは当然だが引き分けさえも無い。この時点で誰もが戦いを避け、記録が更新されなくなった。今は命知らずの挑戦者を待つ身だいう。


 さすがは都会だ。こんなにも凄いゴブリンもいるのかと思った。人間にも様々に突出した才を持つ個があるように、ゴブリンにも同じ事が言えるというのは理解する。生き物である以上、全てが同じ能力の個という事はあり得ない。


 だが、何故それをおらが町のスター選手として持ち上げる理由がある? 所詮、ゴブリンはゴブリン。怪物である以上はヒール(悪玉)じゃないのか? 人間側のベビーフェイス(善玉)は一体どうした? プロレスのような興行から考えればヒール対ベビーフェイスで盛り上げるのが普通だ。


 ……対になる選手がいないのが不思議でならない。


 まだこの剣闘士の業界は俺の知らない事ばかりだ。ましてや他の町の事情まで知る由はない。剣闘士が盛んだというなら選手間の対立構造を作り、ファンさえもそれに巻き込む。例えレッドキャップに勝てなくても、人間側のエースが挑戦し続ける事が必要じゃないのだろうか?


 事情も知らない俺だからこそ、こんな無責任な考えができるという事は分かっていた。それでも……


「そう言えばさ、今フィンが被っているベレー帽、もしかしてレッドキャップのアレか?」


 多分そうだろうと思うが、ずっと気になっていた。個人的にはこれくらいの男の子はヒーローに憧れるんじゃないかと思うので、レッドキャップの事をどう思っているのか知りたくなったからだ。


 後は、純粋に興味本位となる。俺のような新人がレッドキャップと対戦する事はまずないだろうが、どれ位強いのかを知りたかった。


「う……ん? そうだけど何か変かい?」


「という事はフィンはレッドキャップのファンなのか?」


 その言葉を言った途端、リンゴを齧ろうとしたフィンの動きが止まる。そうしてゆっくりとこっちを向きながら、したり顔で俺の事を見詰めてきた。


「……ぷっ。大丈夫だって。デリックのファンを止めたりしないからさ」


 その後はお約束のように大爆笑。俺の言い方が悪かったのもあるだろうが、どうやらフィンは俺がレッドキャップに嫉妬していると受け取ったようだ。こういう時、上手な言い方をするのは意外と難しい。


「そういう訳じゃないんだけどな。フィンならレッドキャップの事を知っているんじゃないかと思っただけさ……」


 何となく頭をかきながらそう返す。結果、俺の姿を見て更に爆笑。つぼに入ったらしい。


「そういう事にしておいてあげるよ。デリックの言いたい事は分かったからさ。それで、もしかしてデリックはレッドキャップと戦うつもりなの?」


「その顔がムカつく。分かってて言ってんな。そりゃ俺だって剣闘士だからさ、いずれはレッドキャップと戦えるくらいにはなりたいけど、強さが分からないとどうしようもないからな」


 この辺は多少誇張しておいた。ただ、強くなる指標が欲しいのは間違いない。漠然とした強さを求めるよりは、仮想敵を作っておいた方が鍛錬に身が入るのではないかと思ったからだ。間違ってもレッドキャップと今すぐ戦うつもりはない。


「うん、まあ……レッドキャップの事は話しても良いんだけどさ……」


「ん? 何か不都合な事があるのか?」


「話が長くなるからさ、デリックがお腹を減らすと思うんだ。オイラは」


「……ちゃっかりしてんな。フィンのお勧めの所で良いぞ。高い所は無しな」



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「悪い。何言ってるのか分からない」


「オイラこそ、デリックが何言ってるのか分からないよ」


「いや、それで理解しろというのが普通は無理なんじゃねぇか?」


 場所を変え、パスタの食える屋台へとやって来る。


 俺達が普段食べる穀物は大麦やライ麦である事から、小麦という食材はそれだけで貴重である。そして、パスタにするにはどんな小麦でも良い訳ではない。パスタにはパスタ用の小麦が必要となる。はっきり言って、今の俺にとっては贅沢極まりない一品……なのだが、この町では平気で屋台で売られていた。


 屋台とは言いつつ実態はデパ地下のような形態になっている事 (場所は地上一階)や、パスタなのに手掴みで食わなければいけない事 (フォークはまだ無い)とかはどうでも良い。少し値は張るが、手頃な値段で塩とオリーブオイルで味付けされたパスタが食べられる。何と素晴らしい町だろうか。この町は。


 木皿に乗ったそれを文字通り手にして口へと運ぶ。シンプルな味付けだが、そのお陰で小麦の味が良く分かるのが嬉しい。ずっとこの味を味わっていなかった。パン、うどん、ラーメン、お好み焼き、たこ焼き等々と小麦粉大国日本を懐かしく思う。


 ふと、「たこ焼き作って売れば大儲けできるかも」という邪な考えが頭を過ぎるが、これまで食卓でタコを見た事無いのでここでもデビルフィッシュかもしれないと思い、その考えは打ち消す。


 ある程度腹もふくれ食べるスピードが落ちてくると、ずっと話をしたくてうずうずしていたフィンが少しずつ俺に対してレッドキャップの試合を観戦した時の事を語り出してくれた。


 しかし、ここでとんでもない事が起こる。フィンの話を普通に聞くと、どこのラグナロクか、はたまたスーパー〇イヤ人か。


 ……過剰表現過ぎて、まるで神話の戦いにしか聞こえなかった。


 俺が唖然として聞いていると、気を良くして舌のギアが一段階上がる。大地はひび割れるわ、突如雷は落ちるわ、相手をふっ飛ばした時は壁を突き破って闘技場外は勿論の事、町の外壁を越えて運んだらしい。正直、乾いた笑いしか出なかった。


 それでも多少分かった事がある。これまで戦ったゴブリン達はパワーファイターであったが、レッドキャップはそれだけではないという事だった。ラリアット? もしくはアックスボンバー? どちらか分からないが、決め技としてそれを持っている。つまり、力任せに腕を振り回すだけの相手とは違う。それだけでも厄介なのは間違いない。


 ……ただ……何と言うか、レッドキャップには右腕にドクロの刺青が入っているらしいのだが、そこには倒した相手の怨念が篭っているらしい。そこまでは良い。問題があるとすれば、その怨念の力を解放する事でレッドキャップに力を与え、一撃必殺の技になるという話だった。ここまで来れば魔法の類としか言いようがない。聞いた瞬間、派手にずっこけるのは当然だと言える。


 そうしてある程度話を聞いた所で率直な感想を伝えるが、フィン自身もどうして俺がそんな事を言うのか逆に分からないというコントのような状況になってしまっていた。


「デリックはニトラから来たから分からないだろうけど、ここではこれが普通だよ」


 諦めたのか、はたまた俺が田舎者である事に気付いたのか、俺から目線を外して諭すように話してくれる。


「マジか……。知らなかったとは言え、悪かったな」


 まるで講談のような世界だ。実際に試合を楽しみ、その後は演出を加えて娯楽として楽しむ。一粒で二度美味しい。ここではこうした事が当たり前なのだと知る。


 残念な点としては、フィンの話ではレッドキャップの実態が分からない事だろうか。俺も興味本位で聞いた訳だからその辺は諦めるより他ない。

 

「分かれば良いんだよ。なら逆に、デリックは昨日の戦い、どうやって勝ったか話して欲しい」


 そうなると今度はフィンが俺の話に興味を持つ番となる。剣闘好きというのはあるだろうが、見知らぬ技を使用した本人から聞けるというのは彼にとっては滅多にない機会だろう。目が輝かんばかりの表情をしている。


「ん? 大した事無いぞ。体当たりして関節技を極めた後、棒で殴っただけ」


 しかし、俺には昨日の戦いをハルマゲドンにする技能は無い。お陰で正直に話した瞬間、残念な人を見る表情へと変化してしまった。


 続く言葉は、


「…………デリック」


 たった四文字ではあるが、これは見かけ上である。俺には分かる。本当の意味は「デリック、今から説教をするからここに座ってオイラの話をきっちり聞くように」となる。いつの間にかフィンは言霊使いへとジョブチェンジしていた。


「何だ?」


「それこそあり得ない! どうして剣闘士が自分の最大の見せ場をたった一言で終わらすのか。ファンを馬鹿にしてんの? ただ、勝てば良い訳じゃない事くらい分かるよね。試合を観に来るお客さんがいないとご飯食べられないよ。それが分かったらもう少し考えて言って!」


 物凄くシビアな説教である。だが、フィンの言っている事は正しい。お客さんの呼べる剣闘士が重宝される事もとてもよく分かる。


「そう言われてもなぁ。新人には過度な要求じゃないか? ……って、分かったよ。使った関節技は『ヒールホールド』で、逃げ方を知らないと抜け出せない極悪な技……とか、こんな感じか?」


「うん。最初よりは良くなったけど、まだまだ足りないね。……というか、何、その『ヒールホールド』って技? オイラ初めて聞いたんだけど」


 フィン先生の評価はとてもからい。及第点さえも出してくれない。だが、それとは別に初めて聞く技名に関心が移ったようだ。さすがは生粋の剣闘好き。少し助かった。


「その辺は説明が難しいんだけど、相手がどんなに頑丈でも、自分の力が足りなくても痛みを与えられる技があるんだ。『ヒールホールド』はその一つだな」


 とは言え、俺が使える関節技はそれ程ない。せいぜいが後は脇固めとか、腕ひしぎ十字固めくらいか。他はプロレス技が少々という感じである。


 今回は運良く使えたが、現実にはそうそう使う機会はないだろう。


「えっ? もしかしてデリックは凄い剣闘士だったりするの? 剣も持てないひ弱じゃなかったの?」


「ひ弱は余計だ。今はまだ身体作りの途中なんだから、そう言ってくれるな」


「なら、身体が大きくなったらもっと強くなったりする?」


 何だろう? 少し質問の風向きが変わったような気がする。関節技の事が知りたかったんじゃなかったのだろうか? もしくは関節技の理念に興味を持ったのかもしれない。


「そのつもりだけどな」


「……そしたら、レッドキャップはデリックがいつか倒してくれる?」


 決して大きな声ではないが、聞き間違っていない。フィンが言った言葉は俺へのレッドキャップ討伐依頼であった。さっきまでレッドキャップの話で盛り上がっていた、当の本人からこんな言葉が出るのが信じられない。何かの事情があるのだろうか?


「…………どういう事だ?」


「皆言わないけど、本当はこの町の誰もが色付きカラードの剣闘士がレッドキャップを倒してくれる事を待っているんだよ」


 新たに出た「色付きカラード」という単語。アルパカという都会には発展という光と表裏一体の闇が潜んでいるようだ。

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