第105話 対メラキュラ対策会議

 「まずこの星には大まかに2種類の生物がいます」


 「足の無い白い幽霊のようなもの。

 そして、その他比較的普通の人々ですか?」


 「正解よアランくん。

 まずは幽霊(仮)ついて話すわね。

 簡潔に言うわ。このホテルに来るまでの道中での情報、キューからの情報、そして独自に動いてもらってた一部銃士隊からの情報、この3点から推測するに、この星の幽霊(仮)に人を襲う習性はない。そもそも目には見えるけど、触れないもののようだわ」


 フィロさんからの話を聞き、良かったなど安堵した声が漏れ始まる。

 選手ではないとはいえ、星の生物に襲われたら問題だ。もし俺たちが襲われたとしたらメラキュラは失格になるだろう。

 だから襲われないだろうとは考えていた。しかし、襲えるけど襲わないのと、そもそも襲う気がないのとには天と地ほどの差がある。

 襲う気がないから襲われないと断言してくれるのは気持ち的に凄く余裕が生まれるな。


 「ちなみに、その確証はどこからですか?」


 「今回同行してくれた、オグレスでもトップクラスの生物学者のチェグリさん。彼の調査と実験によると、あの生物から実体のある生物の反応は得られなかったらしいから大丈夫よ。

 もちろん、視覚的な恐怖、そして聴覚的な恐怖は残るだろうけど、これで軽減はできたでしょ?」


 「はい。

 危害が加えられないというのなら、徹底的な無視で解決できますね。もっとも、その実現は簡単ではありませんが」


 「まあ多少気を取られるのは仕方がないわ。

 アウェイだもん、割り切りが肝心」


 なるほどな。例えるなら、この星の幽霊(仮)は、見た目が怖く、触ることのできない虫みたいなものか。近くに虫がいても、触れられないのなら気は散れども何かされるわけでもないし、無視でいいもんな。虫だけに。

 それに意外と試合が始まって集中すると気にならないのかもしれない。


 「次に幽霊(仮)以外の生物……実体のある生物に関して話すわ」


 息を呑む音が聞こえてくる。

 この生物には先程あったメラキュラのキャプテンオルロックの種族である吸血鬼も含まれる。

 実際に戦う相手なのだからここが一番重要だ。


 「だけどここは結構厄介だったわ。あなたたちも感じたでしょう。ここに来るまでの間、幽霊(仮)以外はオルロックさん以外誰もいなかった。

 外出禁止令でも出しているのかしら。情報を隠すことに必死のようね」


 外出禁止令か、ホームの優位性を100パーセント活かすためには必要なことだろう。

 当然だがメラキュラも対策してきている。前回負けて後がない状態なのは俺たちと同じだしな。


 「だから銃士隊からの情報だけだと厳しかったわね。でも私たちにはもう1つ、キューからの情報がある。

 詳しい方法は言えないけど、情報は入手してきたわ」


 すると突然、ヒルが大声で笑い始める。

 どうやらフィロさんの言葉の中に気になる点があったようだ。


 「ははっ、詳しい方法は言えないかよ。お前それ、犯罪近い方法って言ってるようなもんだろ。

 いいじゃねえか。今までの生ぬるいやり方にはいい加減辟易してたんだ。それくらいやってもらわねぇとこっちが困る」


 「ふふっ。その辺りの方法はあくまで秘密よ。私の口からは何も言わないわ」


 「はっ、いいね。続けてくれ」


 ……まあ詳しくは追求しないようにしよう。完全アウトなことはしていない……と信じる。


 「それでこの星の住民についてだけど、まあよくある階級制ね。この星はその階級が種族によって分かれていて、ヒエラルキーの頂点に位置するのが、吸血鬼ってわけ。

 吸血鬼は生物としての機能に優れているそうだから、運動神経はそこそこ高いでしょうね」


 「確か、この間のエクセラルとの試合はアウェイ戦で1-2で負けてたのですよね。

 フロージアの策略で一部選手が足に爆弾を抱えていたエクセラルは多かれ少なかれ弱体化していた。アウェイ戦とはいえ、そんなエクセラルに勝てていないのですから、やはりサッカーの実力は高くないと見るべきでしょう。

 当然、油断は禁物ですが」


 今回の大会、最初に登録した選手から交代できるのは1人だけとなっている。

 つまり、フロージアの罠によって満足に動けないため、選手全員を入れ替える、なんて真似はできないわけだ。


 実際のところ、ゴールキーパーのようにフロージアの発動条件を満たしづらい選手もいるため、エクセラルの選手のうち何人が罠にかかったのかは不透明だが、フロージアの目的を考慮すると、主力選手は全員が罠にかけられたと考えていいだろう。


 それに、同じくフロージアの罠にかかったクレは次のエクセラル戦には出場できないだろうと言われていた。つまり、凍傷が発症すると試合に出られないほど痛むようだ。

 一部の選手がそんな状態だと、満足に試合をすることなんて不可能だろう。

 そんなエクセラル相手に負けてるあたり、やはりメラキュラが強いとは思えないが……。


 「あの……」


 「? どうした、ラーラ」


 「多分……クレくんとエクセラルを重ねて考えてますよね……? 今」


 「ああ、そうだけど……」


 「それは違うみたいです。

 クレくんは怪我した箇所と同じ箇所の凍傷だから通常より重症になったそうです。

 それから逆算して考えると……」


 「エクセラルの弱体化は動きが鈍くなる程度よ。本来の実力の50パーセントといったところかしら。

 元の実力の高さや、全員が全員弱体化しているわけではないことを考慮したら、それでも並以上の実力は保持している。

 正直、1点差に抑えたメラキュラを褒めてもいいと思うわ」


 「なるほど……決してなめてはかかれない相手だということですね」


 以前話を聞いた時より、フロージアの特性についての理解が深まっている。

 恐らく、クレが被害にあったことで、フロージアの特性について研究することができたのか。まさに怪我の功名ってやつだな。


 「そう。だけどメラキュラについてわかったことはこれくらい。どんなサッカーをするのか、とかは全然わからなかったわ。

 一応明日の試合開始までは調べ続ける予定だけど、あまり期待しないでほしいわ。そう簡単に調べられるほど相手も馬鹿じゃないと思うから」


 「いえ、貴重な情報ありがとうございました」


 「それにしても吸血鬼っスかー。

 定番なのは十字架やニンニク、太陽の光っスよねぇ」


 「十字架は意味ないと思うな、ザシャ。

 俺、一応お守りとして十字架持ってきてて、時折オルロックに向けてたんだけど、全然気にしてる様子無かったぜ」


 「ヘンディさん、こそこそ何かしてると思ったらそんなことしてたんスか……。

 となると、太陽の光はここだと厳しいし……ニンニクでも食べまス?」


 「ほっほ、そんな迷信に頼るまでもないわい。

 わしはお前さんらなら勝てると信じておる。お前さんらが今考えるべきことは、最終戦のために得点を稼ぐこと。そして力を覚醒させることじゃ。

 安心せい、特訓を思い出すんじゃ。お前さんらなら、確実にやり遂げられる」


 ***


 アウラス監督の言葉で締めくくられたミーティングを終え、俺たちは全員で外へ出る。理由は簡単、少しでもこの星の不思議な生物に慣れておくためだ。

 少し前のフィロさんの言葉を思い返す。


 「メラキュラもホームの有利を最大限に活かしてくるはず。今考えられるホームの有利とはこの幽霊みたいな謎生物ね。

 この幽霊(仮)が試合会場にいないなんてことは考えられない。いや、最大限活用するなら……そうね、試合会場全体が幽霊(仮)によって埋め尽くされていたとしても不思議ではないわ。

 だから、今から明日の試合までの僅かな時間で、あなたたちには少しでも幽霊(仮)に慣れておいてほしいの」


 まあ、試合までの期間でやれる対策としては最良の手かな。姿だけではなく、声や動きなど少しでも理解しておくことは有意義だろう。


 そして夜、俺たちはホテルへと戻ってくる。

 幽霊(仮)に対しては……まあ大丈夫とは一億歩譲っても言えないが、最低限の最低限くらいは慣れられたはずだ。


 こうして明日の試合に向け、皆が体を休ませようと部屋に戻り始めた頃、俺はホテルの入口へと向かう。そろそろ戻ってくるであろうあの男に会うためだ。


 そして、フィロさんの予想通りの時間に戻ってきた、その男に俺は話しかける。


 「よおクレ。お疲れ様」


 「……龍也か」


 「ついに明日だな、試合。頑張ろう」


 足の怪我には触れず会話を続ける。クレから話を持ち出されない限り、俺から触れる必要はないだろう。


 「おう。そうだな。

 ……それだけか? てっきりミーティングの内容でも伝えに来てくれたのかと思ったのだが」


 「いや、これだけじゃない。だけど、ミーティングの内容でもない」


 「?」


 不思議そうな顔を浮かべるクレ。そんなクレに、俺は濁すことなく言葉をぶつける。


 「欠点だ」


 「……欠点?」


 「ああ。俺が特訓中に見つけたお前の欠点を伝えに来た」


 「そ、そうか。それは突然だな」


 「前から言いたかったんだけどな。どうしてもタイミングが合わなくて」


 「なるほど。なら試合前に聞けてよかった。

 教えてくれ。俺が強くなるために必要なことなら何でも知りたいんだ」


 予想通りの反応。今のクレなら積極的に聞きたがると思っていた。


 「ああ。お前の欠点。

 それは、仲間を信じていないことだ」


 「……仲間を……?

 どういうことだ? 俺は仲間を信じているつもりだが」


 「いや、厳密には……って、お前、大丈夫か?」


 「え?」


 「いや、だって。凄い汗だし……足も震えてて」


 「え」


 すると、バタンと音を立て。クレが倒れた。突然のこと。しかし、不思議と驚きはなかった。

 いつかこうなってしまうんじゃないか。

 そんな予感はしていたからだ。

 俺が会うタイミングが無いほど、ずっと練習をしていたんだしな……。


 ヒリラさんによると、重度の疲労。

 しかし、薬を飲めば明日の朝には回復しているそうだ。


 一安心。伝えきれなかったアドバイスは明日伝えればいいだろう。

 不安も残るが、できる限り心を落ち着かせ試合に望まなくてはならない。

 そう思いながら床につき、迎えた試合当日の朝。

 耳にした第一報は……


 「ネイトくんが……いなくなった」


 「……へ?」

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