第88話 喧嘩以上

 「よくやった、龍也。ジャスト1日じゃ。まさかこんな短期間でクレートに勝つとは思っていなかったわい」


 「こちらこそありがとうございます。

 停滞していた時間が動き出した気がします」


 「ほっほ、お前さんの努力の成果じゃよ。

 というわけで今回の特訓は終了じゃ。丸一日、大したものも食べず一睡もせずよく頑張ったのう。

 宿舎に戻ってしっかり休みい」


 「はい……。流石に疲れまし……た」


 安心したのか、どっと疲れが押し寄せてくる。

 しかし気持ちのいい疲れだ。

 今からの睡眠は俺の人生史上一番気持ちのいい睡眠になるかもな。


 わくわくにやにやしながら宿舎へとワープされる。

 久しぶりの宿舎、みんなはどうしているだろうか。

 クレへと伝えたいこともあるが、とりあえず先に休ませてもら……


 「龍也、やっと戻ってきたか!」


 そんな俺を呼び止める声。この声は最近よく聞いていたあの声。


 「クレか! 特訓結構時間かかっちゃってさー」


 「そうか、それはお疲れ。

 それより大変だ、聞いてくれ」


 戻って早々なんなんだ? 流石に疲れているから早く休ませてもらいたいのだが……。


 「ネイトが、いなくなった」


 「……え?」


 ***


 ー約15時間前ー


 「ん? ネイト? どこだ?」


 「クレ、どうした?」


 「いや、ネイトの姿が見当たらなくてな」


 ミーティングが終わり、解散の空気が流れている中、ネイトの不在にクレートが気がつく。


 「ネイト先輩? あれ、さっきまでそこにいたと思うんスけどねぇ」

 「ネイトくん? 最後の話までは席にいた気がするけど……」


 ザシャやアリスに話を聞くも有用な証言は得られない。


 「普通に部屋に帰っただけなんじゃねえのか?

 それかさっきの話に触発されてまた特訓場に行ったとか」


 「それならいいのだが、俺たちに何も言わずというのが引っかかる。

 だが確かにここで考えていてもわからないな。とりあえずネイトの部屋を訪ねてみよう」


 こうしてネイトの部屋へと向かったクレートと将人。しかし、インターフォンを鳴らしてもなんの反応も無い。


 次に特訓場にいることを疑い、フィロを訪ねる。

 しかし、期待した言葉は帰ってこない。


 「特訓場?

 今いるのは龍也くん、ぺぺくん、レオくん、ブラドくん、ヘンドリックくんの5人だけね。

 それがどうかしたの?」


 「……もしかしたら、ネイトが失踪した可能性があります」


 「し、失踪!?」


 クレートから話を聞いたフィロ。状況を把握し動き出す。


 「GPSを確認したけどネイトくんの部屋を指していたわ。でも部屋にはいなかったということだから、恐らくテルを持たずに行動しているみたいね。とりあえず全員にメッセージで聞いてみたわ。でも選手はみんなミーティングルームにいたしネイトくんの行方を知っているかは怪しいわね。

 他の職員さんもこの時間はあんまり寮内にいないし……」


 「そうですか……」


 「んー? そういえばさ、ヒル、こいつミーティングにはいなかったよな。でも特訓場にいるわけでも無いし、なんでだよ」


 「ああ、ヒルくんね。ちょうどミーティング中に特訓が終わったみたいで、途中から参加してもよくわからないだろうから、そのまま部屋に帰ってもらったわ。

 ミーティングの内容はまた後で話すし」


 「! ということはヒルはあの時ミーティングルームの外にいた。

 何か見ているかもしれない!」


 「……確かにその可能性はあるわね。とにかく部屋を訪ねてみましょう」


 こうしてネイトの手がかりを求めヒルの部屋まで急ぐ3人。

 しかしヒルはこういった来訪者は無視するのが基本。そこでフィロが機転をきかす。


 「ヒルくん、つい先程のミーティングの話。急いで伝えた方がいいと思ったから出向いたわ。

 すぐに終わるから出てきて貰えないかしら」


 「あ? 疲れてんだよ、くだらねえ内容なら殺すぞ」


 数秒の沈黙の後、物騒な言葉と共に顔を出すヒル。

 そんなヒルにも臆することなくクレートは話しかける。


 「ヒル、お前が特訓を終えて部屋に戻るまでの間にネイトを見なかったか?

 今姿が見当たらないんだ」


 「何の話だよ、ミーティングの内容じゃねえのか」


 「騙して悪かった。だが緊急の要件なんだ。

 何か少しでも知っていたら教えてくれ」


 「うぜえ、死ね。くだらねえ話はしねえ」


 「おい、ヒル」


 「ヒル、知らないって言わないってことは何か知ってるんじゃないのか」


 会話を切り上げ部屋に戻ろうとしたヒルを将人が言葉で引き止める。


 「チッ、鬱陶しいなあおい。くだらねえ話はしねえっつってんだろ」


 「ヒルくん、何か知っているのなら教えてくれないかしら。大事なことなの」


 「……ハッ、そいつならすれ違ったぜ、俺が部屋に戻る途中にな。

 クソ思い詰めたような顔してたから今頃自殺でもしてんじゃねえのか」


 「あ? おいヒル! お前言っていいことと悪いことの区別もつかねえのか」


 「落ち着け将人。それで、ネイトの行き先の手がかりになりそうなことは知らないか? 止めたりは……その様子を見る限りしていないようだが」


 「俺が知るわけねえだろ。興味もねえ。

 まあルート的にこの宿からは出ていったみたいだがな。

 それにお前の思う通り止めてもいねえ、あいつがどうなろうがどうでもいい……どころか死んだ方が嬉しいかもなあ」


 「お前……!」


 ヒルに掴みかかる将人。クレートは慌てて2人を引き剥がす。


 「あー? うざってえなあ。汚ぇ手で俺に触れてんじゃねえよ!

 ……決めた。やっぱお前ら……ぶっ殺す」


 言葉と同時に拳を振り上げ、将人の顔面目掛けて振り下ろす。


 「いっ!?

 あっ……ぶね……」


 突然の事態に驚きながらも、将人はギリギリのところでヒルの拳をかわす。


 「チッ、逃げ回るのだけは得意なのか、ゴミ」


 「お前、本気でやるつもりか?」


 「本気に決まってるだろ。絶対殺す」


 一触即発。いやそれ以上。そんな空気を感じ取ったフィロが2人の間へと割り込む。


 「ストップ、2人とも。仲間同士でなにやってるの?

 それに今はそんな場合じゃないでしょ、頭を冷やして」


 「あぁ!? 仲間なんかじゃねえよこんなやつらは!

 殺す! 殺す! ぶっ殺す!」


 「ヒルくん!」


 「殺す! 殺す……!」


 「ヒルくん!!!」


 「…………ッ」


 「ヒルくん、情報ありがとう。

 そして特訓お疲れ様。

 騙して本当に悪かったわね。しっかり休んでちょうだい」


 「……チッ」


 フィロの言葉に納得したのか、部屋へと戻っていくヒル。


 「なんだよあいつ……」


 「今までも大概だったが、今のは明らかに異常だな。ヒルも気になるが……とりあえず今はネイトだ。

 自殺したりは無いと思いたいが……ああ言われると気にしてしまうな」


 「それは大丈夫よ、安心して。

 オグレス星では自殺を防ぐシステムが確立されてるの。だからその心配は無いけれど……」


 「1人で出ていったのは心配だな。

 早く探しにいかないと」


 「いいえ、あなたたちは休んだ方がいいわ。今日も試合からの特訓で疲れているでしょ。

 ここは私に任せてほしい」


 「……でも俺は特訓してませんし」


 「あなたはそもそもまだ足が完治してないでしょ。

 任せといてって」


 「それなら……お願いします」


 ***


 ー現在ー


 「と、いうわけなんだ。

 だがまだネイトの行方は不明なまま。

 だから龍也、お前にも探すのを手伝ってもらいたい。

 俺も明日になったら動けると聞いている、それまで頼んでいいか?」


 俺が特訓している間にこんな事が起こっていたなんて。

 それに1日経った今でも見つからないのは心配だ。

 俺の疲れなんか気にしている場合じゃない!


 「おう、任せろ!」

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