第71話 ゴールキーパー
「ピィィィィィィィィィィィィ」
フロージアボールで後半が始まった。
フリアがドリブルで突っ込んでくる。
それを見た俺は普段通り指示を出す。
「ザシャ! 裏から
「アラン! パスコースの封鎖!
「レオ!
「ラーラ! 相手を誘い込んでからメリハリをつけて圧をかけろ!」
指示は出している。しかし、これが正しいのかはわからない。
わからないんだ。
俺は気づいている。ザシャは俺の指示に従っているが、アランやラーラ、レオは時々俺の指示と異なる行動をとることがある。
そして、しっかりとディフェンスを成功させる。
俺の指示が間違っていたのか、それは起こらなかった事象だから判断はできない。
しかし、俺の指示が信用されていないということは現実に起こった紛れもない事実。
結果がどうあれ、チームメイトの思考を乱して……俺は足を引っ張っているだけなんじゃないのか。
そんなことを頭に浮かべていると、さらに盤面が見えなくなる。悪循環だ。
今俺は、ラーラがディフェンスを成功させ、ゴールにボールが飛んでこないことを願っている。
情けない。
やはり俺にゴールキーパーは向いていないんじゃないのか。
フォワードは一点決めればヒーローだが、キーパーは一点決められるだけで戦犯になる。
有名な言葉だ。
別にだから何を言いたいってわけじゃない。
俺が選んだポジションだ。文句は言わない。
……選んだ、か。
懐かしいな。あの頃は楽しかった。
俺の出身国、ドイツではキーパーは人気のあるポジションだ。
サッカーの人気ポジションといえば、フォワードやミッドフィールダーが挙げられる。ディフェンスやキーパーなどの防御系ポジションは比較的不人気なポジションにあたる。
しかし、ドイツは珍しくキーパーが人気の国。サッカーを始める際、ボールとシューズとグローブの3点セットを親から与えられるのが恒例だ。例に漏れず、俺も子どものころからキーパーに憧れていた。
人気があるのに、キーパーとして試合に出れるのは一人だけ。当然、難しい戦いだった。
厳しい練習の日々。しかし、決して辛くは無かった。好きなもののためだからな。
そして、俺はキーパーの座を勝ち取った。
小さい頃の遊びのようなチームから、ドイツ代表という大きな舞台まで、俺はキーパーであり続けた。
キーパーというポジション、それは変わらなかった。
しかし、心は変わっていた。
子どもの頃の純粋にサッカーを楽しんでいた自分。
シュートを止めたときのみんなの喜ぶ顔が好きだった。
最後尾からコートを見渡し広い目線で指示を出すのは、まるでゲームメーカーにでもなったかのようで気分がよかった。
チームが攻めているときの、微妙にやることのない時間すら好きだった。
いつからだろう、キーパーというポジションの責任感に押しつぶされそうになっていたのは。
いつからだろう、自分のせいで負けることが怖くて、試合を素直に楽しめなくなっていたのは。
悪いネイト。
お前だろ? 俺に憧れている有識者っていうのは。
ああ言って貰えて嬉しかったが、違うんだ。俺は責任感が強くなんかない。
さっきだって俺はキーパーの役目を放り出そうとした。
責任感のあるように振る舞うのが得意だった……いや、それが体に染み付いてしまっただけなのかもしれない。
副キャプテンか……。俺にそんな資格はない。
アランかクレに任せるべきだ。2人ならきっと俺より上手くやれる。
……俺はこのチームから――――
「ヘンディさん!」
「え……」
ザシャの声!? やべえ、完全に集中を切らしていた。
今の状況は……
「おほほほほほほほ!
アマトさんから頂いた愛のムチ!
私フリア! 確実に応えてみせますわああああああああああ」
「いっけえ! ドM姫!」
「ビンタがご褒美ってことか!? そんなん予想できねえよ!
動きのキレ増しすぎだし……頼む! 止めてくれえ!」
龍也たちも焦っている。
ラーラは抜かれたのか!? フリアはもうすぐ前まで迫ってきている。
ディフェンス! と思い周りを見回すが、ダメだ。俺の指示通りパスを警戒した結果、中央ががら空きだ。
クソっ、今までの流れならラーラのディフェンスでフリアは確実にパスでボールを流していたのに。
なんでやることなすこと裏目に出るんだ……。
違う! そんなことより今はシュートを止めることに集中しなければ。
大丈夫。俺なら止められる。
こいつらはスピードに乗って動く分、細かい動きが疎かだ。
だから、シュートにフェイントをかけられない。
体の動きをしっかり観察すれば、どこに打つかは予測……できる!
右上!
フリアの蹴ったボールは俺の予想通りのコースを描いて飛んでくる。
取った!
そう確信して手を伸ばす。
ボールに触れる。その瞬間、足元で嫌な感覚を覚える。
それは、少し前にも感じた感覚。
最後くらいいいカッコしたかったが、やはり俺はダメだ。
滑った俺の足は前に進まず、当然ボールは弾けない。
ゴールネットが揺らされる。
俺は、無様にも二点目を許してしまった。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおお」
俺の咆哮は虚しく、冷たい氷に吸い込まれ消えていった。
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