第13話 2人の秘密


「ナライ、ごめんなさい。もっと早く来るべきだったけど、わたくしなんか恥ずかしくて、もう一度子供時代に戻りたいくらいよ」


 モナカがしおらしい態度で紅茶を飲んでいる。

「なんで制服姿なんだ?」

「高校生なのに王様って大変でしょ、少しでもなにか手伝いたいと思って、勉強しなきゃって気がついたの。一年浪人して、今三年生、秋には卒業よあと半年」

 モナカの柔らかい微笑みがメチャ癇にさわる。

「家に戻れたのか?」

「まさか、ナライの許可がないと、次元移動はできないでしょ、お部屋で補習授業を受けてたの」

モナカのことだから、高校の取り巻き教師を巻き込むくらいは簡単なことだ。この涼やかな顔、そりゃ、モナカは魂を洗って爽やかでしょうが、あたしにはまだ真っ黒な汚れが溜まっている。それはときに、妬みや嫉みや恨みに違いない。吐き出してしまえば、少しはすっきりするはずだ。だけど、あたしの頭脳が新品になったら、この国のはどうなる。後継者もいないのに。


 我慢するんだ、だったら、少しくらい仕返ししてもいいはずだ、20年分溜め込んだドス黒い物を、モナカに擦り付けてやろう。モナカの人形のようなすべすべ素肌は、日の光に透けそうだった。


「ねえ、モナカのパパの仕事は船乗りだったよね。うちの親父の仕事知ってる?」

「ナライのお父さんは学校の先生でしょ」

「違うの、ああ、まあ研究者だけど。うちの父さんがモナカのパパよ。結婚してすぐにとなりの美人の女性を好きになって、両方の家を行ったり来たり」

「嘘よ、だってパパは頭が良くてすごく真面目な人なの」

「だから、その真面目なそいつがあたしの親父だ。モナカの本当のパパは行方不明で、モナカのママはひとりでモナカを育てていた。その健気さと美しさに親父が惚れたんだ」

「それならナライと血のつながりはないのね、良かった」

心を整理するのは、そこじゃないだろ。魂は洗濯出来ても、頭の回転はいまひとつ鈍いままだ。

「モナカのパパはたまにしか家に帰らなかったでしょ。我が家で暮らしていたからね」


 ナライはモナカの性格は知り尽くしていた。これくらいのショックはせせら笑ってかわせる筈だ。

「嘘、どうしてそんな嘘を」

「あたしね、モナカがパパのこと話すたびに、ごめんって謝りたかった。うちにはいつも父さんがいたからね」

モナカが泣き出した。モナカのママは父さんの二号さん、愛人だ。モナカは義理の妹、あの下劣な親父がやっと手に入れた美しい憧れの女性。母ちゃんは『ナライが成人するまでは離婚はしない』と、父ちゃんを抑え付けていた。 

それでも親父は、母さんの留守に隣に行っていた。モナカの幸せそうな笑い声が隣家から漏れて来た。


モナカには、関係ないことだ。知る必要もない。父さんも、母さんも嫌いだ。モナカの母親には少し同情する、あんなに情けない男を好きになるなんて、世の中ってそんなものかも知れない。ダメ男に惚れるのがいい女の常だから。


 モナカにいくらやられても、仕返しができなかった。モナカが自慢する素敵なパパは、我が家の座敷でビールを飲みながら、カーテンの隙間からモナカのママを盗み見していた。情けない。ナライはとっくの昔から気づいていた。


「ひどい、ナライはあまりにも暗くて、卑屈でいつもイライラしてたの、幼馴染なのに少しも仲良くしてくれないし、私を見ようともしない」

しばらく泣いていたかと思うと、突然出て行った。窓から眺めていると、銀河があとを追って行った。


べつにいいけど、なんか赤い空の下を超絶美少女のモナカと引き締まった体の銀河が走るのは、やはり絵になる。 


 あたしの魂、入れ替える必要はないと思うけど、洗った方がいいかな。どうして涙がでてくるんだろう、モナカと一緒にいると敗北感に包まれる。ナライは、早々と自室に入って、頭から布団をかぶってしまった。知らない花ばかり、知らない動物、読めない文字もある。普段は気にならないことでも悲しさを増幅する。


「ナライ様、女王様、お加減でも悪いのですか? 」

部屋に入って来たメイド頭のリズが早口で問いかける。すかさず、体温を計られた。


「銀河様のお留守になにかあったら困ります。医師を呼びましたから」

「しばらく眠る」ナライは目を開けていられないほど酷い眠気に襲われた。


「ナライ、お待たせ、風邪引いたんだって? 」

銀河の顔が目の前にあった。思わず心臓が跳ねた。

「風邪かぁ、それならしかたがないよね」

銀河の後ろに立つモナカは、すでに立ち直っている。なかったことにしちゃったのか?


「ナライったら、銀河の名前を呼んでたらしいわよ!ふっふっふ」

ナライは焦って毛布に頭まで潜っていた。

モナカが見抜けない訳がない、ベッドサイドに椅子を運んで来て追求するつもりか? なんだよ、自分だって泣いてたくせに。


まったく気に入らない! あたしは王女なんだぞ、モナカなんかシモベじゃないか。言えたらいいのに、なんで言えないかな。ナライは天井を見上げた。モニターにはなにも映らない。


「壊れたのかしら、ナライ、ちょっと見て来るわ」モナカが出て行こうとしたら、先にドアが開いた

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