第24話 艾葉の秘密

 門を出ると、二号一にごういちは閉じた瞼にてのひらを添えた。付近に魔獣の卵がないか、術で調べるのだ。


「とりあえず空間探査で調べたけど、王都付近は何も感じなかったわ。風の国との国境付近の村を、探しに行きましょう」

 二号一が術を解くと、残念そうに肩を竦めた。そう簡単に行くものではないと、全員が分かっていた。


「木に埋められている黒く光る石を探せばいいの?」

 翠玉すいぎょくは手前の村に向かう道で、二号一に尋ねた。武闘派の自分たちは、何を頼りに探せばいいのか分からない。

「そうねぇ……あ、艾葉がいよう。『けがれを見る眼』の付与は使える?」

「はい、使えます」

「え? 付与って何?」

 翠玉は、数日前まで村から出た事が無かったので、何もかもが目新しい。そして、少しでも艾葉と話して、仲良くなりたかった。

「その……召喚士は、『付与の術』が使えるのです。勿論召喚士の中でも、使えない人は沢山います。私は幸いにも召喚士として才があるようで、この能力も使える事が出来ます。付与術とは、自分を含め他人や物に何か特別な能力を与える術です」

 自慢して良い事のはずなのに、艾葉は随分申し訳ないという話し方だ。

「穢れを見る眼、とは何か良くないものを目にする事が出来る付与術です。付与の術をかけている間だけですが、邪悪である魔獣の卵を感知することは出来ると思います」

「それがあれば、皆で探すことが出来るから楽ね。艾葉のおかげで助かるわ。呪術師とは似ていているようで、召喚士の能力は違うのよね」

 二号一は、艾葉が来てくれたことで負担が減ったことを喜んでいるようだ。彼は、あくまでも中の子を守るためにいるのだ。人間を助ける中の子なかのこに付き合っているだけ、と思っていなければならないのかもしれない。


 琥珀は、少し寂しい気がした。二号一は、精霊である使い手だ。神である中の子と同じで、人間ではない。それが、自分たちと何処か線引きをしているようで、一緒に旅をするはずなのに悲しく思える。


「村に入ると人が集まって面倒だから、外から探しましょ」

 最初に辿り着いた村の前で、彼らは足を止めた。関所が近いので、この村は賑わっているようだ。この中に自分や中の子が入れば、人々の興味の目にさらされて時間がかかると考えたのだろう。

 二号一の言葉を聞いた艾葉は、指示される前に片手を軽く振った。すると、何も手にしていなかった彼女の手に、何やら紋章や読めない文字が書かれた紙が握られていた。

「これを、額に貼ってください。額に貼ると透けますので、視界を遮る事はありません」

 琥珀と翠玉と玉髄ぎょくずいと艾葉の分だ。彼らはそれを受け取ると、額に押し当ててみる。すると張り付いたそれは、静かに素早く紙は透けて消えてしまった。

「消えた!」

「すごいもんだな」

 翠玉と玉髄は感心して、顔の前にある見えない紙を引っ張ったりしていた。

 それから二手に分かれて、村を眺める事にした。中の子と玉髄と艾葉、二号一と琥珀と翠玉だ。その手順で風の国と隣接する道を歩き村を探しながら、東から西南へと歩み進む。輝華きか奏州そうしゅうは隣り合っているところが多く、一日では終わりそうにない。



 日が傾くころ、光円こうえんという村の近くで休むことにした。二号一が収納の術から野営用の寝具やらを取り出して、休む用意する。

 しかし光円村に来てから、艾葉の口数が極端に減った。緊張しているようで、ふいに話しかけると飛び上がるくらい、怯えていた。


「艾葉、この村がどうかしたの?」


 見かねた様子の二号一が、そう尋ねた。光円村はそう大きい村ではないが、農家が多いようで家畜の姿も見える。

「……私が育った村です……」

 誤魔化そうとすれば出来ただろうが、艾葉は正直に話した。

「あら、そうなの? それじゃ、夕餉ゆうげの食材を買いに行くのに付き合って。玉髄も来てね」

 二号一の言葉に、艾葉と玉髄は驚いたように目を丸くした。


「え? なんで俺もですか?」

「荷物持ちになりなさい。女二人に荷物持たせるつもり?」

 女は一人なんですが、という言葉を玉髄は飲みこんで仕方なく頷いた。

「琥珀と翠玉は、魚や肉狩ってきて頂戴。中の子は、じっとしてるのよ。勝手に動かないでね」

 残る三人にそう指示すると、二号一は艾葉の背を押し村に向かった。玉髄は頭を掻きながら、少し離れて付いていく。

「気を付けてな」

 中の子は何かを感じたようで、口答えせずに三人を見送って手を振った。


「ほら、琥珀に翠玉。今夜の食事の主役はお前たちにかかっているぞ、頑張ってこい。昼の様に手ぶらで帰ってくると、二号一に小言をチクチク言われるぞ」

「はーい!」

 それぞれの武器を手に、琥珀は魚を。翠玉は鹿かウサギを探しに向かった。



 村が近付くにつれて、艾葉は見た目に分かるほどがくがくと震えだした。顔色も悪い。さすがに、艾葉の異常さに玉髄は心配になった。

「艾葉、大丈夫……」

「いやぁあ!!」

 玉髄は彼女の肩に手を置こうとしたが、瞬時に大きな声を上げた艾葉にその手を振り払われた。爪が当たったのか、玉髄の手の甲に引っかき傷が出来て僅かに血が滲む。

「……っ!」

 叫んだ艾葉は口を押さえると、木が並ぶ道の端に走って行く。その脇で、吐いたようだ。元々あまり食事を摂っていないので、胃液で苦しそうな声を上げている。


「やっぱり、この村に何かあるのね。それを乗り越えないと、アナタずっとそれに囚われるわよ」

 艾葉の様子を眺めていた二号一は、落ち着いた声音でそう声をかけた。胃液を吐ききった艾葉は、木の幹に手を添えて、ぜいぜいと荒い息を繰り返していた。


「怖い……怖い……」


 焦点の合わない目で、艾葉は震えていた。玉髄はどうしていいのか分からず、二号一と艾葉に視線を移して見つめるだけだった。

「私は……この村が怖いです……男が怖いです……嫌だ……」

「――この村で、何があったの?」

 艾葉は力なくそこに座り込むと、木の幹に凭れ掛かる様に体を預けた。

「私は白童子しろわらしの頃に親が魔獣に殺され……村長に引き取られ……奴隷の様に育てられました……」

 ぼんやりと空を眺めながら、艾葉はポツリポツリと話し出した。二号一も玉髄も黙ってそれを聞いていた。

「……食事もろくに与えられず……そして。そして……あぁ……」

 ボロボロと艾葉の瞳から涙が零れ落ちる。玉髄は、そんな不当な扱いを受ける白童子がいるなど聞いたことがなかった。風の国の法律では、『親を亡くした白童子は村の皆で育てる事』と、決められていたからだ。

「村長や取り巻きに、……なぐさみ者にされ……白童子だった故……幸い女としての純潔は守られましたが……毎晩……嫌がる私を押さえつけ……気持ち悪い……怖い……嫌だ……」

 玉髄は、艾葉が自分に対して怯えていたのが分かった。ふつふつと、顔も名も知らぬその村長達に、怒りが芽生えてくる。

「白童子から成人して女になったのが分かると、着の身着のままで村を飛び出しました……これ以上の地獄は耐えきれなかったので……。光王都は、そんな私に戦士教育を受けさせて下さり、居場所を与えてくれました。この国には恩があります。だから、近衛兵になったのです」

 木の幹から手を離すと、艾葉は自分を抱き締める様に腕を回した。細く、小さな体だ。小さな頃から、毎日どんなに恐怖を耐えて生きてきたのだろうか。


「やり返しましょう」

 二号一の言葉に、震えていた艾葉は動きを止めた。

「アナタ、一生そのオッサンを怖がって生きていくの?アナタには、今は力がある。今までの恐怖を、全部そのオッサンに返しなさい」

「無理……体が竦んで……」

 いやいやをするように、艾葉は首を振った。

「アナタは、戦士でしょ!」

 不意に、二号一は怒鳴った。これには艾葉だけでなく、玉髄も驚いたようにびくりと体を震わせた。

「自分の尊厳は、自分で護りなさい! 一歩間違えば、アナタは女としての尊厳も踏みにじられていたのよ!? そんな奴、野放しにしちゃだめよ!」

 珍しく、二号一が真っ当な事で怒っていた。

「艾葉、行くわよ」

「え、あ、ちょっと!!」

 二号一が艾葉の手を掴むと、軽々と彼女の体を引きずり村へと向かった。玉髄が慌ててその後ろから付いて行った。


 日が落ち始めてかがり火で明るくなった村に、三人は足を踏み入れたのだ。

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