第11話 決意を胸に、前へ

 魔獣と対峙した寄せ集めの討伐隊は、取り合えず王都からの討伐隊と合流するために村の中心の風の女神の像の前へと向かった。

琥珀こはく!」

 王都からの討伐隊は、中級使い手つかいてが五人到着していた。一人は琥珀と顔馴染みである、剣の師匠の三号七さんごうななだった。そして王都から来たであろう使い手の呪術師が、二人で村人の怪我の回復をしてくれていたようで、彼らの前に傷付いた村人が並んでいた。残りの二人は、辺りを警戒する様に村人を見守っている。

「っ、て! え?!中の子なかのこ様!!」

 藍玉あいぎょくを抱えている琥珀の背後から見えた美しい少女を見つけた三号七は、驚いた声を上げると慌てて膝をつく。それに気が付いた残りの風の使い手たちも、三号七にならって作業していた手を止めると首を垂れる。この場にいる村人達も、深々と頭を下げた。同じ事にいささかうんざりした面持ちで、二号一は全員に頭を上げるように再々度説明する。

 王都からの討伐隊は、剣士が二名に守護師が一名、更に呪術師が二名。先に来た琥珀達の戦力以上の編成だ。王都は、瞬湊村がかなり危ないと判断したようだった。

「最初は魔獣一匹の知らせだったのに、二匹目の気配が出てそれから三匹目って、異常な反応を感知したから慌てて転移の術で来ましたが……まさか、中の子様に助けられていたとは。風の国を代表して感謝いたします」

 三号七が、感謝の意を込めて深々と頭を下げた。それから、彼は琥珀に視線を向ける。

「琥珀、藍玉はどうしたんだ? ……琥珀?」

 琥珀は無表情のまま、胸元に抱えた藍玉を見つめていた。琥珀らしからぬ様子に、三号七は眉を寄せた。

「藍玉は魔獣退治の際、戦死した。見事な戦いぶりだった」

 返答しない琥珀に代わり、凛とした声音で中の子がそうここに集まる皆に聞こえるように言葉を発した。その言葉に、ざわめいていた空気がシンとなる。琥珀や藍玉を白童子しろわらしの頃から知っている村人がほとんどだからだ。

「……まさか……あの藍玉が……? すまん、俺の判断違いだった……もっと数を増やせば……」

 中の子の言葉に、三号七が唇を噛み締めた。今修行に来ている風の民の中で、藍玉は首席になるほどの才の持ち主だと、使い手の中でも話題になっていた。その藍玉を失わせてしまった――これは国にとっても優秀な戦士の損失だし、何より琥珀と藍玉の繋がりを知っている為に、三号七の心が痛んだ。琥珀の腕の中の藍玉に、手を合わせる。

「……俺が、もっと強かったら……」

 琥珀の瞳から、再び涙があふれる。どこか穏やかな藍玉の頬に、琥珀の涙が落ちる。

「戦う者は、過去を振り返るな。琥珀、前を向いて藍玉の敵を討て」

 中の子はそう言うと、三号七に向き直る。琥珀は中の子のその言葉に、はっと顔を上げた。また、自分の弱さに卑屈になっていた。そんな事を嘆いている場合ではないのだ。藍玉の最期の言葉を、思い出す。「卵を託された」と。その託した者のせいで、藍玉が死んだのだ。

「風の国の他に村でも、この様な異変があったのか? あたしに少し心当たりがある、風の国の王へ謁見を望む」

「確かに、ほぼ同時に魔獣が数か所の村で誕生しました。承知いたしました、王都へ取り急ぎ連絡を送ります!」

 中の子の問いに三号七が即座に答えて呪術師を振り返ると、呪術師は小さく頷いて瞑目する。風王都にある魔具に語り掛け、王都にいる他の使い手に連絡を取っているようだ。もう一人の呪術師は再び怪我人の手当てを始めている。

「アタシも手伝うわ、先ずはアンタ達ね」

 二号一がパンと手を合わせて、琥珀達を振り返った。琥珀の父親に道具屋のオヤジ、翠玉すいぎょくに琥珀。それぞれが、傷の大きさは違えど皆が怪我を負っていた。無傷な玉髄が不思議なくらいだ。

「琥珀、藍玉を寝かせてあげなさい」

「……」

 琥珀は何か言いたそうに口を開きかけたが、二号一の言葉に大人しく土の上に藍玉の体を、そっと寝かせた。

「天の慈しみ 甘露かんろの雫 厭穢欣浄えんえごんじょう 深い海より出でし翼あるもの 魂魄こんぱくを光る花弁で輝かせ給え――花詠唱 癒しの花吹雪」

 二号一がそう唱えると、琥珀達の傷が瞬時に綺麗に治った。集団に効く回復の呪術だ。人数に応じて精神力を大きく使うので、ほとんどの呪術師はあまり使いたがらない。

「おお、これはすごい!」

 琥珀の父も道具屋のオヤジも初めて目にしたのだろう。綺麗に治った傷を確認して、感嘆の声を上げた。

「この者は精神力が抜群に高くてな、それで花の男神からあたしの付き人に選ばれたんだ」

「やぁね、褒めても何も出ないんだけど? ま、アタシの力が我が神から認められてるのは、確かよぉ?」

 中の子の言葉に、二号一は前髪をかき上げる仕草を見せ嬉し気にしている。一同は、はは……と、困った様に頷いた。

「中の子様、連絡が取れました」

 呪術師の一人が声を上げる。続けられる言葉を、一同は黙って待つ。

「風の国、天河てんが王が謁見の用意をされるそうです。何時でもお越しくださいとのことです」

 やはり、神に対して待たせるという事はしない。天河王の判断は素早かった。

「我々は、怪我人や村の被害の状況を確認してから王都へ戻ります。花の二号一様の転移の術で、どうぞ風王都へお向かい下さい」

 風の使い手たちは、揃って再び頭を下げた。それを眺めていた中の子は、琥珀に視線を向けた。

「どうする、琥珀。すぐに向かえるか?」

 中の子の言葉に、琥珀は一筋の涙を流して頭を下げた。

「中の子様、申し訳ありません。藍玉を見送るまで、俺は村を離れたくありません」

 神を前に、琥珀は最後の我儘を通した。慌てたような琥珀の父が彼に声をかけようとしたが、道具屋のオヤジが止めた。

「そうか、分かった。ならば、あたしも藍玉を見送ろう。それから風王都に向かう」

 揃っている皆がざわついた。まさか、神が一人の人間の為に王を待たせるなど、考えもしなかったからだ。

「藍玉は、素晴らしい能力の持ち主だった。敬意を払いたい」

 しかしその空気を、中の子は切り捨てた。

「有難うございます!」

 琥珀は、地に額を擦って礼を述べた。玉髄と翠玉もそれに倣うように頭を下げた。

「藍玉!!」

 そこに現れたのは、藍玉の両親だ。怪我をしたのか、母親の額には血が滲んでいた。

「琥珀ちゃん! 藍玉は!? 藍玉はどこ!?」

 辺りを見渡しながら、藍玉の母親は琥珀を見つけると駆け寄ってきて彼に縋りついた。藍玉の訃報を聞いたのかもしれない。涙と嗚咽を零している。

「おばさん……藍玉はここに……」

 琥珀は藍玉の母を受け止めながら、彼の少し後ろに横たわる藍玉へと視線を向けた。藍玉の母の動きが凍り付いたように止まった。ゆっくりと琥珀から離れると、藍玉の許へと向かう。父親も、彼女を支える様に傍に寄り添った。

「……大きくなったねぇ……蒼玉によく似てきた……私の可愛い藍玉……」

 動かない藍玉の頬を撫でながら、母親は二年振りの息子を確かめていた。周りの村人は、その親子の再会を邪魔しないように静かにしていた。

 藍玉の顔は安らかで眠っているようで、それを両親の最期の記憶に残せたことが、何よりもの救いだった。

「……琥珀ちゃん、藍玉は立派な戦士だった? 勇敢に戦ったのかしら……?」

「はい、藍玉は最後まで立派に戦いました。訓練所でも優秀だと認められて、皆の誇りでした」

 琥珀は、藍玉だけを死なせてしまったことを責めない彼の母の後ろ姿に、涙をぼろぼろと零しながらはっきりとそう伝えた。

「そう……本当に、藍玉はいい子に育って……私達の自慢の息子……」

 父親が、母親ごと藍玉を抱き締めた。

 呪術師の回復の呪文と藍玉の両親の嗚咽だけが、暫く辺りに響いていた。





 亡くなった人は、すぐに魂の浄化の呪文を唱えてから埋めなければならない。もし魔物に見つかれば、『死人使い』と呼ばれる術の道具にされてしまうからだ。

 村の墓守の男が、今回の騒動で死んだ四人の墓穴と蒼玉の墓穴を掘った。墓守は罪人か、罪人の家族がその仕事を担う事が決まっていた。普通は村の長老が魂の浄化の呪文を唱えるが、今回は二号一が唱えてくれた。

「すみません、あの……藍玉の髪を一房頂けないでしょうか?」

 玉髄が、恐縮そうに声をかけた。藍玉の母が不思議そうに彼を見つめるのに気付いた琥珀は、玉髄には風王都の訓練所から世話になって、最後まで一緒に戦ったことを話した。両親は再び涙を浮かべて快諾した。中の子が双剣の片身で瑠璃紺るりこんの髪を一房切ると、それを玉髄に与える。玉髄は大切そうにそれを受け取ると、手ぬぐいにくるんで胸元に直した。

 藍玉は、彼の杖と共に墓穴に寝かされた。琥珀は自分の伸びた髪を切ると、藍玉の胸元にそっと置いた。

 村の白童子達が、椿の花や花一華はないちげの花、水仙の花を沢山摘んでくれていた。藍玉や他の四人も村人の墓穴を、華やかに飾ってくれた。

「では、お別れを」

 もごもごと、歯が悪い墓守の老人が告げる。



 もう、お別れなのだ。笑顔の藍玉の姿がよぎるが、琥珀は唇を噛み締めてもう泣かなかった。



 ――藍玉、俺がそっちに行くまで待っててくれ。お前の敵は絶対に討つ!!





 手を合わせる一同の中、墓守が藍玉に土をかけていく。足元から、どんどん頭まで土でその姿が消えていく。藍玉の綺麗な顔が土に全て埋まると、喪失感がどっと襲ってくるが琥珀は気丈に耐える。

 敵を討つ、琥珀はその日の為に藍玉を想う涙を流すまい、と心に決めた。





 風王都には、琥珀と玉髄、中の子と二号一、そして翠玉も向かうことになった。翠玉が旅立つ事を琥珀の母が反対したが、自分も戦った当事者だからと翠玉は譲らなかった。最終的に琥珀の父が許し、一緒に行く事になった。


「こら、翠玉!」

 不意に琥珀の父が挙げた声に、皆がそちらに視線を向ける。視線の先では、翠玉は大きく裂かれた着物の裾を取り払うように破り、白い太ももを露にしていた。

「邪魔なんだよ、父さん」

 玉髄は赤くなって慌てて視線を逸らし、道具屋のオヤジは翠玉らしいと小さく笑っていた。

「なら、着物屋で袴を買ってきなさい。嫁入り前の娘の姿ではない」

 瓦礫の片づけやら壊れた所の補修が始まっていた。その邪魔にならぬように、琥珀達は風王都へ早く向かうことになった。

「どんな衣装が流行りなのかしら? アタシもついていくわ!」

 二号一が、翠玉と一緒に着物屋へと向かう。琥珀の両親は藍玉の両親を連れて、飯屋へ戻っていった。道具屋のオヤジも、村の片付けの手伝いに向かう。中の子と琥珀と玉髄が、その場に残された。


「……静かになったな」

 中の子は小さくそう零すと、地面に腰を落とした。

「ああ、地面に座るなんて駄目ですよ!」

 玉髄が慌てたように声を上げるが、中の子は気にした風でもない。

「あたしを崇める必要なんてない。あたしは、中途半端で神なのかすら分からないのだから」

 中の子の言葉に、二人は戸惑った。とりあえず、彼女の視線に合わせる為に同じように腰を落とした。


「あたしの誕生の話は知っている?」

 中の子の言葉に、二人は顔を見合わせて頷いた。


 闇の男神と光の女神は人間に深く興味があった為、人間の繁殖方法を知ると同じ行為をして三人の神を産んだ。闇の力を受け継いだ女神の闇の子。光の力を受け継いだ男神の光の子。そして、闇とも光とも、他の神々のどの力も受け継がなかった無属性で両性の中の子。闇と光の神が創造神と眠りについた後、闇の子と光の子がその後を継いだ。

 中の子は花の神に拾われ育てられ、何時からか中ノ地なかのちを旅しているという。なぜ花の神が中の子を引き取ったのかは謎だ。どの書物にも書かれていない。

「花の神に引き取られたので、花の術を使っている。そして剣に適しているが、どの神の剣を使って良いのか分からず、兄神に頂いたこの双剣を使っている。それに、私は男でも女でもない……皆に崇められる存在ではない」

 琥珀は、中の子の言葉に親近感を抱いた。確かに彼女……性別は分からないという事だが、少女のような見た目で、魔獣を難なく仕留める。自分にはそんな強さはないが、「孤独」を背負っている彼女は、平凡の域を出なく苦しんでいる自分の姿と重なる。

「中の子様は、どうして中ノ地を旅されているのですか?」

 玉髄が問いかけた。大地の神と中の子ぐらいしか、絵巻物で冒険譚がほとんどない。他の神は、数えるほどだ。

「あたしは、死ぬために旅をしている。あたしを殺してくれるものを探している」

 笑顔で、中の子は言った。琥珀も玉髄も言葉を失う――神が、死を願うとは?

「こんな中途半端な姿で、生きているのは辛いんだ」


 ――ああ、そうなのか、と琥珀と玉髄はぼんやりと中の子の想いを知った。

 神の寿命は分からない。多分中の子自身も、自分の寿命が分からないのだろう。自分が嫌いだから、神殺しのモノを探しているのだろう。

 かつての神々での戦いでも、神は死ななかった。だから中の子の願いは、そう簡単に見つかりそうにない様に思えた。

「中の子様」

 村の白童子達が数名、行儀よく三人の元に歩いてきた。小さな手には、苺が沢山乗っている。

「村で一番美味しい所の苺です。どうか村を助けてくれたお礼に食べてください」

 親の話を聞いて、子供達なりに一生懸命に礼を考えたのだろう。井戸で綺麗に洗った美味しそうな苺に、中の子は珍しく子供のような笑顔を見せた。

「有難う、人の子達。とても美味しそうだ」

 琥珀と玉髄は、白童子達からそっと沢山の苺を受け取る。琥珀の手に乗った瑞々みずみずしい苺を一つ手にすると、中の子は笑みを深めた。

「ああ、美味しい」

 苺を食べた中の子の言葉に、白童子達は飛んで喜んだ。騒ぐ声に気付いた母親たちが、「ご無礼致しました」と慌てて白童子達を迎えに来た。



 春の風が、穏やかに吹いていく。しかし、その風に含まれるのはまだ燻る焼け跡の匂いと土の匂い、地の匂い。





 この時まだ琥珀達は、巨大な敵の存在を知り得る事はなかった。

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