短編・ショートショート保管庫
四二一
私は止まるが世界は動く
やあどうも。藪から棒ですまないが、私の話を聞いてくれ。一つは自慢で一つは後悔。
やあどうも。突然いったい何事か。まあ時間はたっぷりあるわけだから、よろしい、話を聞こうじゃないか。
いやいやどうもありがとう。あなたもここでは退屈だろうし、会話を通して暇をつぶそう。それでは話そう自慢の話。あなたは悪魔を信じるか? いや、信じてなくても構わない。とにもかくにも私の前に自称悪魔が現れた。悪魔を信じていないなら、天使か魔人か変人か、お好きに男を想像してくれ。
なるほど、私は現実主義者、それはあくまで悪魔を名乗る変人一人としておこう。
ええどうぞ。その変人悪魔がいうわけさ、「不思議な力はいらないか。お代は魂後払い」。
後払いって一体なんだ?
私も聞いたが答えてくれた。「魂、つまりその命、要らなくなったら私を呼べよ。いつでもどこでも取りに来る」。
なるほどそれでは力とは?
そちらも聞いたが答えてくれた。「その力、時間を止める力なり」。
時間を止める力とな。何をバカげたことを言う。
私も初めは半信半疑。だけどもひとまず受け入れたのさ。なにせお代は後払い。臨終間際に払えばタダさ。
なるほど、確かに一理あり。それで力をもらったわけか? それで効果はいかほどか?
使って驚き、確かに時間は止まるは止まるが、その方法には愚痴が出た。時間を止めるその方法とは、私が瞼を閉じるだけ。
なるほど確かに愚痴も出る。閉じなきゃダメなら意味がないよな。真っ暗闇見て何が楽しい。
そうそう本当にその通り。おまけに止まるその範囲、なんと自分も止まっちまう。唯一動くは意識のみ。
なんならそれこそ意味がない。一体それでは何ができるか。
ところがどっこい、私も初めはそう思ったが、案外活用法はある。目を閉じれば即時間が止まり、目を開けるまで好きなだけ、好きなとこまで思考が動く。おかげで会話が詰まることなし。じっくりゆっくり考えて、目を開けてから話せばいいのさ。
なるほど道理でそういうわけか。お前があの子と話せていたのはそういう理屈があったのか。
そういうことだ。じゃなきゃいたずら好きで茶目っ気のある明るいあの子とあそこまで、仲睦まじくなれるわけない。一言一句、十秒かけて言葉を選んだ。
にしてもまさか会話だけでか?
いやいやまだまだ話は続くさ。目を閉じれば時間が止まり、目を開けば時間が動く、つまりパチパチ瞬きすれば、世界の動きがひとコマ送りに早変わり。悪漢の振るうジャブ、ストレートも、私にとってはカタツムリ。動きが見えれば怖くもないから、ひらりと躱して返り討ち。
なるほど道理でそういうわけか。お前があの子を救えていたのはそういう理屈があったのか。
そうそう、そういうことなのだ。じゃなきゃ四人の男に囲まれて、困るあの子を助けて逃げて、無事に帰ってこれたわけない。
そうか話が見えてきた。お前が手にした不思議な力で素敵な彼女を作った話か。確かに自慢もしたくなる。
いやいや話はまだまだこれから。力の本質これらにあらず。その真髄とは眠るときこそ現れた。毎日睡眠七時間。無駄で無意味なそのロスタイムが、私にとってはゼロになる。「ひとまばたき」と書き「一瞬」。その字の通り、どんなに長く眠っていても、世界は一瞬しか経たず。
なるほど道理でそういうわけか。睡眠時間が浮いた分、好きな努力に時間を割ける。たった数月経った間に、あの子に劣らぬ魅力を得たのはそう言う理屈があったのか。
自慢話はこれにておしまい。続いて私の後悔話。私の後悔とはそれすなわち、あの子と交際始めた話。
いやいやどうしてそうなった。あんなに素敵な彼女ができて、何を後悔することが?
初デートのとき彼女は遅刻、少し遅れてやってきた。私の背後に駆け寄ってきた彼女がやった、「だ~れだ」というあの行為。なんにも知らずに瞼までまたぎゅっと押さえてさあ大変。なるほど道理でそういうわけか。こうして真っ暗闇の中、一人で二役ぶつぶつと、つまらぬ独白練っていたのはそう言う理屈があったのか。瞼がふさがれ時間が止まり、かれこれ何十、何百年、一人でいるから気が触れて、こうして長々独り言。目さえ開けば戻れるが、ああもうさすがに限界だ。おーい悪魔よ、もういいぞ。私の魂持っていけ。
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