第31話【犠牲/リアムside】

「……俺だけ、だと……?」


 俺はつい無意識に聞き返してしまう。喧騒は、まだ遠い。


 ふと辺りを見回してみるが、戦況は相変わらず拮抗しており、どこにも負傷者は見当たらない。それに、冒険者はそこまで体力も魔力も消耗していないはずだ。


 だからこそ、俺は無意識に聞き返していた。


 俺には、生誕神が言う未来がわからなかった。たった三十分で俺以外が全滅するとは思えなかったからだ。


 しかし。


「はい」


 はっきりと、生誕神は自信を持って宣言する。


 その自信は何なんだ……?


 どこまでも澄んだ蒼い瞳が、じっと俺を見つめ放さない。その圧倒的な自信と澄んだ瞳に、不安と焦燥だけが募っていく。


 ……こいつはどこまで読んでいるんだ? 作戦のことか? 避難所のことか? 俺たちの限界か?


 ……それとも、これから訪れる未来のことか──……?


 生誕神が読んでいる、見えないはずの未来や心。


 そのどこまでも蒼い瞳に全てを見透かされているような気がして、今までとは別の恐怖が駆け巡った。


 この神は、他とは違うものを見ている。


 そんな感覚が拭えなかった。が、俺は、それを押し殺しアルティーユを見つめ返した。


 (……何を言っているんだ。そんな訳ないだろ)


 そう言おうと思った。しかし。


「うわあああああっ!!!」

「っ!?」


 俺が否定する言葉を紡ぐよりも前に、生誕神の言葉を裏付ける悲鳴が響いた。声が聞こえてきたのは、ディアルとガルドが居る方向。


 ……俺以外がいる方向だった。


 急いで振り向くと、先程までとは打って変わって、そこには地獄が広がっていた。


 炎、雷、大量の傷……。


 情報が脳に届くよりも速く、阿鼻叫喚が聞こえてくる。


「『帯電防御サンダーガード』……っああああああああ!」

「うわあああああ!! 熱い、熱い! やめろおおぉっ!」

「『多重起動……神聖治癒ホーリーヒール』!」

「危ねぇっ! ……おい、大丈夫か!?」

「こいつら……急に! あっ、うわああああああああ!」


 ……何だ? 一体、何が起きているんだ?


 突然のことに理解が追いつかない。いや、追いつくことを拒んでいる。


 ……さっき見たときは確かに拮抗していた。確かに誰も傷ついていなかった。


 目を離したのはほんの一瞬だ。


 ……じゃあ……。


 ドクン、と心が波打った。


 一体、あの一瞬で何があったんだ……? 前兆なんて、何も無かった。ガルドは? ディアルは? あいつらは、一体彼らに何をした?


 ……俺が目を離した数瞬で、どんな技を使ったんだ?


 目を見開き、呆然としている俺に、ふわりと生誕神が微笑を浮かべた。


「……これが神を相手にするということですよ?」


 仲間が苦しみ傷ついていく。それが神を相手にすることに対する犠牲……?


ドクン、ドクン、と心臓が早鐘を打つ。


 神を相手にするということ。それが無謀なことなのはわかっている。そして、俺だけじゃ守れないということもわかってる。


 協力してくれた冒険者の皆は、死を覚悟してここに来たのだろう。

 傷つくことも、承知の上だ。


 ……相手は恐れ多き「神」なのだから。


「っ……」


 皆を守ることは不可能だ。勝つことだって、容易じゃない。「神」という存在と戦うには、多くの犠牲が必要で――。


 ……でも。


 でも、だからといって……


 生誕神が嘲笑うように言う。


「……あら、守りに行くんですか?」

「ああ」

「勝てませんよ?」

「いいや、勝つ」


 だからといって、皆を犠牲にするのは違うだろ……?


「『多重属性結界アトリビューツシールド』!」


 俺は、皆の方向に走り出していた。


✞✞✞


 これは、僅か数分前のことだ。


「っ……! 回復が、間に合わないっ……!」


 私は、傷ついている人たちに、急いで回復魔法をかけてまわっていた。


 構築、詠唱、構築、詠唱……。


 周りには感電して意識を失っている人や酷い火傷を負った人がたくさん居た。重症の人から助けてはいるけれど、どれだけ回復しようともまた新しい負傷者が出る。


 そんな、絶望的な状況だった。


 轟轟と、炎が、雷が、砲弾が。結界じゃ防ぎきれない攻撃が、私たちの元に繰り出されていたのだ。


 何でこうなったのか。


 それはほんの一瞬の出来事で、とても言葉では表し難いものだった。けれど二人が力を振るうたび、どんどん負傷者は増えていった。


 それだけが、事実として残っている。


「『炎よ破滅を導け』」

「『雷電空間サンダーフィールド』」


 強いて言うのなら……二人は、権能を行使した。だ。


 特異な点と言えば、権能が同時に行使されたという点くらいだろう。


 それくらい、純粋で圧倒的な力。


 絶え間なく炎や雷が飛来し、仲間を焼き痺れさせていく。回復も間に合わない、避けることも難しい。圧倒的な神の力が、仲間をどんどん傷つけた。


「『帯電防御サンダーガード』……っああああああああ!」

「うわあああああ!! 熱い、熱い! やめろおおぉっ!」

「『多重起動……神聖治癒ホーリーヒール』!」

「危ねぇっ! ……おい、大丈夫か!?」

「こいつら……急に! あっ、うわああああああああ!」


 神が振るったたった一瞬の権能で、ここは本当の地獄になった。戦況が、戦意が、戦力が……。ほんの一瞬で激変した。


「『多重起動……神聖治癒ホーリーヒール』! 負傷者が、多すぎるっ……!」


 私は必死に猛攻を躱し、無我夢中で治癒をした。が、


「なぁ! おい! 死ぬなって! 今までふざけててごめんよ、謝るから! だから……! っ……おい……?」

「ねぇ! 嫌よ! 死んじゃ嫌! 私……、あなたが居ないとっ……!」

「うわあああああああああああ!!!!!」

「嫌あああああああああああぁぁぁ!!!!!」


 私たちの必死の努力も虚しく、確実に零れ落ちていく命たち。


 どこを向いても助けを求める人ばかりなのに、私の力は遠く及ばない。どこまでも弱い自分の無力さが、私のことを苦しめていく。


 ……どうして、私はこんなにも弱いのだろう? 一緒に戦う人たちの命を、誰一人守ってあげられない。私はリアムさんのように強いわけでも、ステラさんのように優しいわけでもない。


 私は……どうして……


「『多重属性結界アトリビューツシールド!』」


 その言葉の続きが出るよりも前に、視界を淡い水色が覆った。


 その優しい声と共に、遠い日の記憶が蘇る。


『リリーさんは、優しいね』


 迷いは無かった。片手を天に向ける。


「『代償よ、私に力を──!』」


 リアムさんの結界に導かれ、私は躊躇せずにソレを使った。まだ、そこにある命のために。傷ついている皆のために。


 ……そうでしたね、リアムさん。

 私がここに居る理由は、多くの人を助けるため。

 そして……犠牲を少しでも減らすためでしたよね。







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