想い出す2人

ダシタマゴ

想い出す2人

 日差しがきつく暑い日が続いていた。


 俺は病院から帰る途中で、日差しの強さがますます強くなる中、

 帰路についていた。


「ねぇ、君」


 突然、後ろから女性の声がした。


「えっ、はい?」


「これ君の落とし物じゃない?」


 振り返ると、黒髪を括ってポニーテールにした同い年くらいの綺麗な女性が

 キーホルダーを持ち、俺の目の前に突き出してきた。


「えっと、すんません僕のじゃないです」


「ふーん・・・そっか、ねぇ君この辺りの人なの?」


 やけに、声のトーンというか、調子が馴れ馴れしいのが少し気になった。


「えっと、なんすか?違いますけど」


「そうなんだ、最近越してきたの?」


「いや、そういうわけじゃぁ、てか!やめてくださいよ!」


「ん?」


「あんたみたいに綺麗な人から声かけてきて。どうせ怪しいツボとか買わせたり、

 ネズミ講の入会募集でしょ、結局!」


「・・・ぷっ・・・あははは」


 俺が目の前の不審な女性に警戒心を持って言葉を放ったのに彼女は笑い出した。


「は?ちょっと、何が可笑しいんすか?」


「だってさ、全然見当違いだし、こんな田舎でそんなのあるわけないじゃん」


 確かに、俺が今いる場所はドが付く田舎で、詐欺どころか普段から周り近所には

 鍵なんかもつけない地方である。


「いや・・・でも・・・」


「ふぅん、都会に出たらそんな危険もあるのかぁ、そりゃ疑わしくなりそうだね」


 一瞬ドキッとした、なんなんだこいつ。

 少し虚勢を張った。


「は?てか、なんですかさっきから俺に???もしかして逆ナン?」


「ちっちがうよ!そっそんなんじゃなくてさぁ」


「じゃあなんですか?!俺はあんたのこと知らないし・・・」


 そう、俺は目の前の女性を見たこともない、あるいは・・・


「うん、そだね・・・」


「だから、あんまし話とか!」


「っ・・・そっか」


 急に彼女は悲しそうな顔を見せた


「えっと、なんかすいません、変になっちゃって」


「いいよ!いいよ!君が謝る事なんかじゃないっていうか、なんていうか仕方ないじゃん、知らない人に急に話かけられたら」


「で結局、そのキーホルダーも俺のじゃないですし、俺は何も」


「うん、知らないっていうより覚えてない・・・だよね?」


「覚えてない・・・って、えっ!?なんでそれを?」


 驚いた、俺が「覚えていないの」を彼女は知っているということに。


「ごめん!ドッキリみたいになっちゃったけど、実は私たち高校の時に同じで」


「そうだったんですか、てかそれなら俺の・・・その・・・記憶喪失の理由とかも知れ渡ってるんですか???」


「いや、違うよ、私がご両親から聞いたの・・・」


「えっうちの親と?」


「そう、ご両親の方から連絡を頂いたんだけどね、私はずっとこの街に住んでいて、それで竹原君の事情を聞いたんだ・・・」


 なるほど、合点がいった、それにしても両親とも関係があるなんてこの女性はどういう人なんだろう。


「そうですか・・・すいません、なんか心配かけてしまって、申し訳ない」


「いいって!てかさ!そんな性格じゃなかったじゃん!あっ、・・・ごめんね」


「いや、いいですよ、正直俺もエピソード記憶だけ、ここ10年分ほとんどなくなったて医師から聞かされて、そんで、もしかしたらそのせいで人格にも多少の変容は

 あるかもしれない、て」


「そう、なんだ」


「あぁ僕の場合は失くす直前の生活環境や仕事の中で、かなり人格が変わってしまったかもって」


 俺は、ある時記憶をなくした。それもここ10年分。記憶喪失の中でもありとあらゆる人との出会い、出来事、思い出、全てがなくなり、どうしようもなくなった俺は都会で1人暮らしをしていたことから帰省をして、今は実家のこの田舎で治療を進めている。・・・しかし、回復する目途は全くと言っていいほどないらしい、

 先ほど医師からその説明を聞いたばかりだった。


「ねぇずっと立ってここで話してるからさぁ、駅から少し歩かない???」


 俺が、暗い顔をして佇んでいると彼女のほうから声をかけてきた。


 確かに、駅前のこの場所は居心地が良くはない。


「あぁそうですね」


「あとさ、敬語禁止!!」


「え、はい・・・じゃなくて、うん、わかった」


「うん!しっくりきた」


 彼女は満足そうに、頷いて俺のほうをジッと見てきた。


「なぁ今からさ、」


「あのさ!いきたい所あるんだけど、いい?」


 急に言葉を遮られ彼女から話を振られる。


「えっと、本来なら実家に戻った方が良いんだけど、まぁ良いよ連絡してみる、

 ごめん・・・名前は?」


 一応、実家には病院に行くとだけ伝え、電車に乗り有名な脳外科の病院へ行ってきた

 ばかりだ、このまま連絡もないと不安だろう。それに目の前の女も俺はまだ完全に信頼は出来ないでいた。


「あっそうか、ごめん!言いそびれてたね、私の名前はあや、いや松林だね・・・」


 松林・・・やはり聞き覚え、というか覚えていない。


「そうか、松林さん・・・でいいか?」


「うん、それで」


「そうか、で、俺と松林さんて同い年?」


「ぷっ・・・なに?さっき同じて言ったじゃん!」


 そういえばそうだった。


「いやぁ、なんかさ、大人びてるように見えるから」


「それってさぁ、年齢より老けてるてこと!?」


「いやいや違う違う!なんていうか・・・大人って気がしてさ」


「ふふふ、なにそれ、まぁそりゃ、あの頃より大人になりましたよ!」


 彼女は少し見栄を張ったような言い方で俺に言った。


「そうか、なぁ高校の時って俺たちって友達だったの?」


「うん、そだね。高校1年生の時に忘れもしないよ。君が転校してきて、1番初めに

 話しかけて、仲良くなったのが私だったから」


「そうだったのか、ごめん、そんなことも俺はまるで」


 一応、仕方ないのだが、彼女に対しては何故か自然と申し訳なくなってくる


「ふーん、・・・あーあ大切な思い出もさー、忘れられてたなんて傷ついちゃったぁー、だからね!バツとしてここの売店でアイスを奢りなさい!」


 そうして、古びた売店のアイス売り場を急に彼女は指さした。


「ぷ、なんじゃそりゃ、まぁ別に良いよ、えーと何が良い?」


「うーんとね」


「おっ俺はこのパインキャンディーにしよ!」


「あ・・・・・・」


「ん?松林さんもこれが良いのか?てか、これ2つにパッキン出来るじゃん、これパッキンして1つあげるよ」


「そだね、私・・・それが良いや」


 彼女の顔が少し曇った気がした。


「なんだよ、ケチ臭かったか?」


「ううん!ちがうの!でも・・・それ1個で分けるので、良いから!」


「わかったよ、ほれ」


 俺は棒が2つ付いていてパキッと分けれるパインキャンディーを買い

 彼女に1つあげた。


「あっありがと」


 そこからかなり歩いたような気がする、日差しがきつかった午後も暮れ馴染み、少し街中から外れた山道付近まできた。


「ふぅー、正直結構歩いたな」


「えー、体力ないなー、・・・あのごめんね、時間取らせて」


「いやさ、いいよ暇だからな、てかさ、知ってるんだろ?」


「えっなにを?」


「俺の事、記憶喪失になった原因とか親から聞いたんだろ?」


 俺は率直に松林さんに聞いてみた、今までの会話で何となく避けてたが、俺は不思議と素直にどう思うか聞いてみたいと思った。


「そうだね、そう・・・教えてもらったよ、言い出せなくてごめんね」


「いや、しょうがないよな、暗い話だしさ、俺が松林さんでも自分から聞けないと

 思う」


 これも本心だ、俺は自分の記憶喪失に関して人に打ち明けることなんて考えてもみなかった。


「そんな気を使わないでよ!でもさ、あの、どうして?」


 彼女の目はまっすぐ俺の目を捉えた。


「どうしてかな、正直本当に全然覚えてないんだ、でも日記みたいなのをスマホに残しててさ、俺が橋から飛び降りる直前までのがクラウドに残ってて、あとから見て

 ドン引きしたよ、内容をみてさ」


「そう、なんだ」


「内容はずっとさ、仕事で俺がいかに役立たずで、ダメかを自責している内容だったよ、今日も怒られた、今日も辛かった、もう生きていても何の意味もない人間だとかさ」


「・・・・・そんな・・・ひどい」


「そしてさ、ずーとそんな日記の中で、壊れたようにずっと同じ文章を書いてた、

 戻りたい、そしてやり直したい、なんで俺はこの道を選んだんだろうって、

 もう一度戻れるなら何でもするって、ずっと同じような事を書いてたんだ、

 俺はなんでそんな過去に囚われてたのか、記憶がないからサッパリ分からないけど、とりあえず両親からこの街に帰って来いって言われてさ、そんで今だよ」


 俺は包み隠さず、全てを話した。少し彼女の反応が怖かったが、真剣に彼女は聞いてくれていた。


「ごめんね、辛い事を思い出させて」


「いや、いいよ、てかさ?ここって、神社なの?」


 気が付いたら山道から少し古ぼけた神社の中に着いていた。


「うん!実を言うとね、穴場スポットが横にあるの!」


「穴場スポット?」


「そう、私のお父さんが見つけてね!それで私に教えてくれたの、小学生の時に亡くなっちゃたんだけど」


「そうなのか、でも確かに良いとこだな、静かで・・・おっ町が一望できる」


「そうなの!人が全然来ないしね、実を言うと花火大会が毎年この時期にやるんだけどさ、ここは特等席なんだ!」


「そうなんだ!すごいな!花火大会かー、いってみたい」


 思わず俺は子どもみたいに口先が動いていた。


「そう!?ねぇ、あのね!」


「うん」


「あのさ、もしよかったらさ」


「うん?」


「・・・いや、なっなんでもないや!ねぇ竹原君、さっきのキーホルダーなんだけどさ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだ」


 この場所、俺は・・・来たことがある。


「え?」


 その時俺の中で、はっきりとアノ時のことが思い浮かんだ。


「俺が、誘ったんだ・・・あやかを・・・花火大会に!」


「え・・・・・・・・・・けん君・・・・・・なの?」


「そうだ!そうだよ、今歩いてきたのもさ、いつもの学校の帰り道で!」


「けん君、覚えてて、」


「そうだ!あん時なんだ・・・全部あん時に俺の人生は!」


「けん君」


 頭の中の映像は、くっきりとはっきり鮮明に浮かんでくる。


「いや!良くない、思い出すんだ!あの時、何時もみたいに2人でアイスを買って

 分けて食べて、俺はあやかが、ずっと・・・ずっと好きだった!でもどうしても、

 東京の美大へ行って東京で暮らしてみたかったんだ、だからあやかに告白なんて・・・出来ないって!」


「もういいよ!!!けん君!!!」


「いや!良くない!そこで俺は間違えたんだ、結局俺は言えなかった、勇気がなかっただけなんだ!それに東京へ行ったら、みんな敵に思えてさ、働き出しても誰にも助けを求めれず・・・どこへ行っても、あやかといた時に戻りたかった!だから、もう何もかもどうでもいいと・・・橋から飛び降りでもしたら、何故かやり直せると、勝手に身体が動いて!」


 それは俺が一番心の中で蓋をしていたことだった、東京に行って孤独になって、いつもあやかを思い出した、そんな自分が情けなくて嫌いだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・けん君」


「・・・いや・・・・・・・違うそうじゃない・・・・俺はあやかに酷い事を」


「ダメ・・・・違うの・・・けん君」


 そうだ、俺はここまで来て、まだ逃げてる。「真実」はそうじゃない。


「そうだ、俺はあやかの告白を断って・・・」


「いや!!!やめて!!!けん君!!!」


「せっかく作ってくれた、手作りのキーホルダーを受け取れないって!俺はあやかを突き放さないといけないと思って!馬鹿だ、本当に・・・傷つけないつもりが余計にあやかを・・・傷つけた」


「・・・・もう・・・・もう・・・いいよぉ」


 彼女の瞳からはとめどなく涙が溢れて、地面に滴り落ちていた。


「・・・・・・今みたいに泣かせたんだ、俺は最低な男だ」


「けん君・・・・もういいよ・・・・ごめんね・・・・ごめんね」


「良くないんだ、俺は、あやかのことが好きで」


「・・・・・」


 彼女は目に必死に涙を貯めながら、俺の話を聞いてくれている。


「だからさ、あやか!高校の時は・・・間違えたけど、もう一度」


「けん君!」


「・・・・あぁぁ・・・・・駄目だ・・・あたまが・・・たまが

 真っ暗に・・・・」


 急に意識がなくなっていく感じは自分でもわかった、視界がぼやける。


「・・・・けん君!!?ちょっと!!!大丈夫!?しっかりしてよ!」


 彼女の声が、酷く遠くに聞こえる。


「だめだ・・・・はぁはぁ・・・やり直さないと」


 もう何も見えない、真っ暗な闇がまた俺を覆いつくす。


「・・・・けん君!!?!!!





「っはぁぁぁあああ」


「けん君!!!大丈夫!?」


 目を開けたら、目の前に松林さんの顔があった。


「ああ・・・大丈夫だよ・・・松林さん」


「・・・っ・・・」


 彼女が、とても寂しそうな顔を見せた。


「そうかまた意識がなくなってしまったのか・・・」


「・・・またって?」


「後遺症みたいなものって言われている、原因は分からないけど、ふとした切っ掛けでてんかん発作がでるらしい、医者に言われたことの受け売りだけど、ごめん、俺此処に来てからの記憶がないんだ、迷惑をかけたろ?」


 俺の脳はひどくダメージを負っているらしい、彼女に心配をかけたと思い

 謝罪をしようとする。


「ううん・・・全然!私は平気だよ?・・・それよりごめんね・・・そんな状況

 なのに連れ回して、本当にごめんなさい!」


 謝る前に彼女に、頭を下げられてしまった。


「いやいや、俺を見てくれてたんだろ、助かったよ、それに身体は、病院と家との往復で少し鈍ってたのかもしれないから良い運動になった!」


 気が付いたら、あたりは日が落ち、もう暗くなってしまっていた。


「もうこんな時間か、そろそろ家に帰ろうか」」


「そうだね、竹原君、もう家に帰らないとね」


 彼女はどこか名残惜しそうだ。


「そうだよ、まっ子どもみたいだけどさ、親が心配するからな」


「そうだよ!私は、竹原君のご両親からしっかり言われてるんだから!」


「そうなのか!?まぁ親が心配するのも無理はないな・・・ごめんなそろそろ」


「そうだね、帰ろっか」


 彼女は踵を返して町に降りていこうとする。


「あっ待ってくれないか!」


「ん?どしたの?」


「今さ、さっきのキーホルダーを渡してくれないか?」


「え!!???」


「正直ほとんど覚えてないんだ、松林さんとの思い出とかな、でも心っていうのかな、松林さんからさっきのキーホルダーをここで受け取ったら、なんか俺の戻りたかった過去から前に進める、少しだけそんな気がしたんだ」


 俺がそういうと、唐突に彼女の目から涙が流れ落ちた。


「・・・・うん・・・・いいよ」


「え!??ごめん!なんか泣かせるようなことを俺は言ったの!?」


 よく見ると、彼女の顔には涙跡が残っていた。俺はそこまで心配をさせてしまったのか、申し訳ないことをしてしまった。


「・・・ううん・・・ちがう・・・・私は・・・キーホルダーを今さ、渡したい

 から」


「そうか、んじゃありがたく貰うな、あっ松林さんも!」


「ふふっ!そうだよ実は、お揃いで2つあるんだー」


「へーなんか良いな」


「・・・ねぇ」


 彼女が何かを言おうとしたが、また俺の口が勝手に動いた。


「あっそうだ!」


「うん?」


「もうすぐさ、この時期にやるって言ってた花火大会っていつなのかな??あのさ・・・・突然・・・・こんなこと言ってキモイかもしれないけど・・・松林さんが予定空いてたらさ、一緒に行かない???」


「いいよ、全然キモくないよ・・・・・・それに・・・ずっと・・・ずっと・・・

 待ってるから!」


 彼女が、壊れるほどキーホルダーを握りしめながら、まっすぐ俺の目をみて言う。


「うん?うん・・・わかった!花火大会、楽しみにしとくよ!」


 正直過去のことは、何も覚えていないから苦痛な日々が過ぎると思っていた。

 知らない場所に、知らない人。


 でも、不思議と彼女と再び出会い心の中に涼しげな風が吹いた、

 暑くるしい夜の闇の中、少し夏が過ぎるのが楽しみになった、

 そんな想いをするのも随分久々だなと家路につく。


 夏の始まりの出来事であった。

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想い出す2人 ダシタマゴ @dashitamago

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