第31話

俺達はビルの廊下、部屋の前で一呼吸おく。


「たかと、小山内、玄関入ったら思いっきり暴れて!一気に奴等を撹乱してかき乱す…チマチマ一人ずつ相手にするより、とにかく手数でどんどん中へ進んで行って!」


「わかった」


「はぁい、かおりちゃん!」


「了解ッス!姉さん!」


「じゃあ行くよ?」


そう言って薫はドアノブに手をかけた。


ガチャ


「オラァ~~~~~!」


一気に中へなだれ込み、全員が一気に入り乱れた。


「お前ら!この状況わかってんだろうなぁ!女はこっちの手の内だぞ!」


石田陣営から怒鳴り声が響く。


「黒崎~!どこだ黒崎~!」


石田遼(いしだりょう)が黒崎の姿を探す。


「石田さん!黒崎は居ねぇ!」


「何?じゃあ、こいつら誰だ?」


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ!俺の女に手を出したこと…死ぬほど後悔させてやるよ…」


天斗はもはや怒りで理性を失いかけている。


「あ?誰だてめぇ」


「黒崎天斗だよ!」


「何言ってんだ?お前が黒崎なわけねぇだろ!俺は何度もアイツとやりあって来てんだ…てめぇみたいな雑魚に興味はねぇよ!」


「んなこと知るか…俺が黒崎天斗なんだよ…」


「フン…女人質に取ったが…どうやら人違いだったか…興ざめだ…お前ら、あの女好きにしろ!あと…この雑魚殺っとけ!」


「オッシャア~!」


天斗は相手を容赦なくぶっ飛ばし、あっという間に石田陣営は崩れ残り4人となった。

石田を除く3人が一気に天斗に襲いかかる。


ドッ、バキッ、ドスッ、ドガァーン…


それは…一瞬の出来事だった…天斗は3人を秒殺で倒していた。


なんか今日の黒ちゃん…危ねぇ…キレ方が半端ねぇ…こいつらめちゃくちゃブッ飛んだぞ…生きてるのか?


偽物の黒崎のくせに…めちゃくちゃ強ぇ…こいつ…既に名実共に本物と肩を並べるんじゃ…それは薫の仲間の心の声だった。


「おい、てめぇ…女人質に取られてよくそこまでやれたな…」


もはや石田一人しか居ない…


「返せやコラ!理佳子返せ!!!」


「フン…調子に乗るなよ…雑魚がどれだけ束になってかかってこようが所詮雑魚は雑魚…あんなブスな女には興味はねぇ…が…なかなか良い味だったぜ…」


「……………てんめぇ!!!!!!」


天斗は完全に理性を失い石田に殴りかかる!


「たかと!!!」


ピタッ


薫の気迫こもった声に天斗が止まった。


「たかと!理佳は無事だよ!大丈夫…何もされてない…」


「たかと…君…」


理佳子は安堵して泣きじゃくっていた。


「たかと…冷静になりな…」


「これが…落ち着いていられるわけねぇだろぉ~がぁーーーー!!!!!」


部屋中に怒鳴り声が響き渡り、全員鼓膜が破れんばかりだった。


「理佳子…悪かったな…お前をこんなに怖がらせた奴は…俺がぶっ殺す!!!!!」


「あぁ?お前、何か勘違いしてねぇか?俺はあの黒崎を何度も追い込んでんだよ!お前とは格が違うんだよ…」


「たかと…そいつは石田って言って、そうとうヤバい奴だよ。気を付けな…」


薫は正直不安だった。いくら天斗が強くなったとは言え、果たしてこの男に敵うかどうか…石田という男はそれほどまでに強かったのだ…


「相手が誰だろうが、例えそれが黒崎天斗だろうが、俺の理佳子を泣かす輩は絶対許さねぇ!絶対ぶっ殺す!てめぇ…不運だったなぁ…俺の女に手を出さなけりゃ長生き出来たものを…」


「フッ、良いねぇ~、世間知らずの坊やは…恐いものはまだ知りませんってか?良いだろう…たっぷり見せてやるよ…この世の地獄ってやつをよぉ~!そうやって俺にたてついて死んだ奴は数えきれねぇ…」


「クソが、わめいてろ!」


石田は本当の恐怖を人生で一度だけ味わったことがある。それは初めて伝説の黒崎天斗とやりあった時だった。恐いもの知らずで生きてきた石田にとって、その強さは衝撃を受けた。それから何度かリベンジでやりあったが…やはりレベルの違いを実感せざるを得なかった。そんな石田にとって黒崎天斗以外は全く眼中に無かった。


「面白ぇなぁ…お前も俺の二の舞だぜ!自分の力を過信している哀れな世間知らずの坊や…そういう奴の自信をかんぷなきまで壊すのは、俺にとっては何よりも快感なんだよ!」


「フンッ、黒崎に勝てねぇ腹いせに、自分よりも弱い奴等をいじめて喜んでたってわけか…かわいそうになぁ…」


「まぁ、そういきがるなよ。この世にはどうしたって埋めることの出来ねぇ理不尽なこともあるもんさ…お前は今日それを知ることになる。自分が強いと思って生きてきたとしても、敵わねぇ相手に遭遇して自信を無くす…それは仕方ないことだ。持って生まれた資質ってもんがそうさせるんだ…まぁ、せいぜい弱いなりに頑張りな!」


天斗の右の拳が目にも止まらぬ速さで飛ぶ!

しかしその拳は空を切る。一歩引いてかわした石田がバランス崩した天斗の襟と肩の辺りの服を掴んでボディに数発膝蹴りが炸裂する。


「かはっ…」


あまりの衝撃に天斗は上手く呼吸が出来ない。更に石田が追い討ちをかけて右アッパーを天斗の顎にヒットさせる!


「ぐはっ…」


天斗は天を仰ぎ後ろに引っくり返って倒れてしまった。天斗は意識を失っている…


「たかとぉ~~~!」


「黒ちゃーん!」


「いやぁ~ーーーー!!!!!」


理佳子…必ず俺が…助けてやる…そうだ…俺が…お前を守ってやらなきゃ…

天斗は昔の夢を見ていた。それはあのトラウマとなった事件のこと…理佳子が小学生に苛められてる…俺は必死で理佳子を守ろうとした…しかし、天斗には手も足も出せない…その時理佳子の靴が川に流された…それは理佳子にとってとても大切な靴だった。


「おい、大丈夫か!しっかりしろ!」


矢崎透の声が聞こえる。俺は意識が朦朧としてる。


「何とか大丈夫そうだぞ。意識はあるみたいだ」


「たかちゃーん…ごめんねぇ~」


理佳子の泣き声が聞こえる…


「たかと!あんたそれでも男の子?りか守れないぐらいなら、りかをお嫁さんにするとか言うな!」


薫の罵声が聞こえる…矢崎透が


「薫、こいつはこいつなりに頑張ったんだから」


「でも、でもどんなことがあっても男の子は女の子を守らなきゃならないって!それが男だって!父ちゃんいつも言ってるじゃん!」


「かおり…たかちゃんは…ずっと私を守ってくれたよ…」


「弱い男なんて男じゃないじゃん!もうりかに近づくな!」


そう言って薫は理佳子の手を取って行ってしまった。

りかちゃん…どうして…行かないで……しかたないじゃん…俺は怖かったんだもん…それに相手は…おっきいし…3人もいるし…勝てるわけないじゃん…なのに…弱いってそんなにいけないことなの?

……理佳子…守ってやれなくてごめん…大切な靴を…拾ってやれなくて…

良いんだよ…たかちゃん…たかちゃんは強くなくたっていいの…優しいたかちゃんが大好きだよ…だから…気にしないで…ごめんね…私のせいで…

たかと君…たかと君…

たかと…たかと…

黒ちゃーん…

戻って来て…くれたのか?もう二度と会えないと思ってたのに…今度は必ず…俺が…お前を…守って…


「やるからなぁ~~!」


天斗の意識が戻った。


「たかと君!」


そこには泣いてる理佳子の姿があった。


「理佳…子?」


「黒ちゃん!」


「たかと!」


俺は…気を失ってたのか?痛ってててて…顎が…痛ぇ…


「たかと君!良かった…」


理佳子は泣きながらそう言った。


「なかなかしぶといなぁ…弱ぇくせに」


「…俺は…理佳子を守らなくちゃならねぇ…今度こそは…どんなことがあっても…例え相手が誰であろうと…男は…女を…守るのが…絶対条件…だから…お前ごときに…やられるわけにはいかねぇ…」


そしてゆっくりと立ち上がった。


「たかと…君…」


「たかと…」


「ハッハハハ、ぶっ倒れて気を失った奴が言うセリフかよ」


「バカヤロウ…寝不足でちょっと落ちただけだ…こっからだよ…」


「そうかい、じゃあもう少し寝んねしてな!坊や!」


「もう、十分頭はスッキリしてんだよ!」


石田は近くに居た理佳子を払いのけた。


「キャッ!」


理佳子が転倒する。


「理佳子~ーーーー!てんめぇーーー!ぶっ殺す!!!」


ダダッ石田が踏み出して拳を突き出す!思い出せ…重森との特訓を!力を抜いて…ギリギリで…かわせ!ビュッ!左頬を石田の拳がかすめる…そしてカウンターで天斗の右手拳が石田の顔面を直撃!

ボコォ~ッ

石田は数メートルブッ飛んだ…


「たかと~!」


「黒ちゃん!すげえ!」


アイツ…ものすげえ破壊力してやがる…あの力…こいつ喧嘩弱かったんだよな…信じられん…薫の仲間が度肝を抜かれている。石田がゆっくりと立ち上がり


「ほう…なかなかやるじゃねぇか…こんなパンチもらったのはアイツ以来だ…」


たかと君が…まるで別人みたいに見える…どうして?私の知ってるたかと君はいつも土下座して謝って、絶対喧嘩なんかしなかった。人を殴ったことなんて無かったのに…やっぱりたかと君は変わった…薫の影響?私の知らないたかと君がいる…


「おい…理佳子を泣かせた奴がどうなるかちゃんと教えてやる…」


ダッ!

目にも見えないほどの速さで飛びかかり、石田に飛び膝を見舞う!石田はそれを手で受け止めたが、天斗の猛攻は止まらない。上から拳を振り下ろし、顔面を直撃しボディ、顔面と猛烈なラッシュで石田はガードするのが精一杯。天斗の重い拳に耐えきれず石田は崩れて膝を付いた…更に天斗は顔面に何度も膝蹴りを入れて石田の意識が飛ぶ!


「黒ちゃんやりすぎだ!もう意識がねぇ!」


「たかと!もういい!」


そう言って薫が天斗の身体を押さえて止めた。


「たかと!敵にも情けは必要だと教えただろ!」


「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…こいつが…理佳子を泣かした…許せねぇ…」


怒りで我を忘れて自分の行きすぎた暴力に気付いた時


「たかと君…もういいよ…私の知ってるたかと君に戻って…お願い…」


「ハァ…ハァ…理佳子…」


俺は初めて自分の強さを知った…そして…同時に変わり果てた自分の姿も…俺は…理佳子の言うとおり変わっちまった…人を殴ることにあんなに抵抗があったのに…今の俺は…俺らしくねぇ…天斗は血まみれで倒れてる石田を見て、自分の醜さに失望していた。時には…敵にだって寛大さを…俺は…小さい…


「理佳子…怪我は無いか?」


理佳子は俺の顔をじっと見つめる…


「たかと君…ありがとう…怪我…大丈夫?」


理佳子の俺を見る目が、今までとはどこか違って感じた。


「あぁ、俺は大丈夫だ…」


「たかと君…もう喧嘩なんてしないで…たかと君は強くなくたっていいの…」


「でも…お前を守れる力が無きゃ…お前のことを…」


「たかと…」


「ううん、たかと君の優しいところが好きだから…たかと君らしくいて欲しい…」


「理佳子…」


「でも…助けに来てくれてありがとう…凄く怖かった…」


俺は理佳子を優しく抱き締めた。


「小山内…行こう…」


薫は小山内の手を引いてドアを開けて出ていく。薫の仲間も続く。


「理佳子…昔の失くした記憶を思い出したよ…全て思い出した…俺は…本当はずっと弱い自分が嫌いだった…お前を守れなかった弱い自分が…心のどこかで強くなりたかった。お前を守れるぐらいに…でも…あの時の恐怖が…俺を臆病にさせてた…俺はもっと大きな人間になりてぇ…全てを包み込んでやれるくらいビッグな男に…」


「うん…たかと君ならなれるよ…絶対…だって…たかと君は誰よりも優しくて…誰よりも強いもん…」


「理佳子…」


俺は理佳子の手を引いて外に出た。小山内、薫、そしてその仲間たちが二人を待っていた。


「みんな…ありがとな…無事に理佳子を救出することが出来た。本当にありがとう」


そう言って頭を下げた。


「皆さん…本当にありがとうございました」


理佳子も深々と頭を下げた。


「理佳…良かった…」


「理佳子ちゃん!良かったね!」


理佳子は笑いながらうなずく。


「姉さん…」


薫の仲間が薫にそっと耳打ちをする。


「アイツ…何なんすか?あの石田を倒すなんて…ちょっと話が出来すぎじゃないですか?だって…アイツは喧嘩したことないんすよね?信じられない…」


「誰が鍛えたと思ってるの?それに…あいつは元々人並み外れた力はあったから…」


「姉さん…そんなんで石田に勝てるくらいなら誰も苦労はないっすよ…」


「フッ…確かにあいつはバケモンかも知れない…」


理佳を守りたい一心で…あの弱虫だったあいつが…とうとうあの石田まで…


天斗が石田という絶対的存在を倒したという話はあっという間に広まった。


そして理佳子の通っている高校では


「なぁ、聞いたか?あの伝説とも言われる黒崎天斗の影武者説…まさかあの天斗じゃねーよな?」


「無い無い!絶対無い!だってアイツいつも土下座して謝ったりして情け無かったじゃん」


「確かになぁ…あんな奴があの石田をやれるわけがねぇよなぁ…」


「誰かが黒崎ですって名乗ってんじゃねぇ?」


「いやいや、本物の黒崎がまた石田とやり合ったとか…」


「いや…それは無いらしい…全くの他人だったって話だ…」


この手の話はこの近隣の県の高校生達の中で面白おかしく広まる。

そして天斗達の間でも…


「なぁ、黒崎さん!聞いたか?」


それは小山内の側近にして小山内を上回る天然キャラ…清原勇気。


「あっ?何が?」


「今、あんたは時の人となってるんだぜ!」


「ん?どゆこと?」


「石田ってメチャクチャ有名な奴がいるらしくて、そいつを黒崎天斗と名乗る男が落としたって!あれ…黒崎さんだろ?」


へぇ…隣県での出来事がこっちでも噂となってんのか…俺も随分と有名人になったもんだな…


「んで…どんなこと言われてんだ?」

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