第25話

「なぁ、天斗…ちょっと噂で聞いたんだけど、向こうに一人メチャクチャ危ない奴がいるらしいぞ」


黒崎天斗はタバコをふかしながら柱にもたれて台の上に座っている。


「フーッ」


黒崎が煙を吐き出して


「剛、その話は知ってる。そいつは去年俺が別荘送り(鑑別所)にした安藤って奴だろ?最近出てきたって聞いてる。アイツは…何もわかっちゃいねー…どんな相手にも敬意と愛情は忘れちゃいけねー…アイツはただの…殺りく願望に飢えた獣だ。あんなの野放しにしてたらこの世の為にはならねーんだよ…だからアイツを…」


「そうか…色々と噂はあったみたいだが、やっぱアイツ封じ込めたのはお前だったんだ…」


「アイツは…本気で人を刺すタイプの人種だ…俺達とは…考え方がまるで違う…頭の作りがな…剛…薫の言うとおり、マジで気を付けろ!」


「フン、俺は死にやしねーよ。今までも…これからも…ずっと薫の側に居るんだ…ずっと…」


「剛…」


武田剛は小声で


「大好きだぜ、ハニー」


薫はみんなが聞いて居ないかチラッと辺りを見回した。私も…愛してる…剛…


「おい、お前ら!お前らも気を付けろよ!向こうには人の命の重さなんざ何とも思っちゃいねーバカがいる…油断するなぁ!」


黒崎が全員に向かって怒鳴った。


「はい!」

「おぅ!」


各々がこの黒崎の言葉に答えた。そのとき遠くから複数のバイクの音が聞こえてきた。


「おっ!アイツら来たかぁ」


武田剛がそう言った。剛が仲間を呼びつけていたからその集団の音だと思っていたのだが…黒崎が


「いや、違うな…バイクの音が違う…まさか…」


そして埠頭の倉庫にやって来た集団は黒崎達の敵対勢力の暴走族集団だった。お互い向かい合う形で並んだ。相手はざっと40人。倍ほどの数が違う。お互い喧嘩など日常茶飯事でどちらも闘い慣れている。個々の戦力差はほぼ無いに等しい。数でこれだけ変われば圧倒的に不利な状況だった。


「黒崎~、久しぶりだなぁ…俺はお前のお陰で随分と楽しい時間を過ごさせてもらったぞ!」


「フン、そうか…それは良かったなぁ。少しはまっとうな人間に戻るお勉強でもしてきたか?」


「あぁ、いろんな事を教わってきたぞ。人に対する復讐心とか、怒りの溜め方とか、殺られる前に殺れとか色々なぁ…」


「フン…やっぱ頭のイカれた奴はどこまで行っても、どんだけネジを締めてやっても直りやしねぇか…」


「てめぇ!黒崎!それ以上安藤さんバカにするとただじゃおかねーぞ!」


安藤の仲間の藤本が怒鳴った。


「雑魚は引っ込んでろ!三下が!」


武田剛もやり返した。


「なぁ、黒崎…あんまりいきがるなよ…もうお前を守ってくれた矢崎透は居ねーんだよ…一年坊主のお前にあんまりデカイ顔されッとこっちの面子も立たねぇんだよ…少しはおとなしくしてくんねーか!」


「失せろ!」


黒崎天斗が言った。黒崎達は相手がどんな汚い手を使おうが絶対に素手でやり合うこと、決して相手に対して必要以上の暴力を加えないことをポリシーとしていて、誰もがそれを破ることはなかった。

対する安藤達は木刀、鉄パイプ、中にはナイフを忍ばせている者もいる。手加減という概念を持ち合わせていない危ない集団だった。黒崎が


「お前ら、男なら素手で来いや!」


「フン、何とでも言え!結局勝てばいいんだよ。お前らみたいなアマチャンのお遊びとは違うんだよ。こっちはガチで命懸けてんだよ!」


安藤が言った。安藤が右手を上げ、そして前へ倒した。それが号令となり全員が


「ワァーーーーーッ」


と大声で罵り合う声と共に一気に動き出した!互いのチームのメンバーが衝突し乱れる。黒崎はこの戦力差を埋める為にどんどん敵勢力を蹴散らしていく。それは正に疾風のごどき速さでバタバタバタッとなぎ倒していった。しかし、敵勢力は武器を持って応戦しているため黒崎側も少しずつ戦力が削がれていった。


「天斗~、このままじゃやられちまうぞ!先ず安藤を止めてくれ!」


剛が言って黒崎は動き出した。目の前にかかってくる相手をバッタバッタ倒しながら安藤に近づいて行く。


「安藤~!」


黒崎がそう叫んで安藤もそれに応えてうなずく。


「黒崎~!」


二人は拳と拳を繰り出す!黒崎の拳が一瞬速く安藤の顔面を捕らえ、安藤の拳は黒崎の頬をかすめた。そこから一気に安藤にたたみかける。そして安藤が倒れた…黒崎が鼓舞する。


「オラァー!一気に押し返すぞぉ~!」


その声で黒崎側の士気が一気に上がりどんどん形勢が逆転していく。



「天斗…勝ったぞぉ~!」


「あぁ、俺達は絶対負けねぇ」


剛が安藤に近づく


「安藤…もう目を覚ませや…お前のやり方は間違ってる…天斗を逆恨みする前に自分のことをよく振り返ろ!」


安藤がゆっくり立ち上がりポケットに手を入れる。


「よせ、安藤…もうこの戦争は終わった。お前らの負けだ…」


そう言った瞬間ポケットからサッとナイフを取り出し剛に向かって…剛は身を翻してかわしたが薫がそれを助けようと飛んで来た。


「剛~!」


そこへ安藤が標的を変え薫にナイフを向け突進した。


「薫~~~~~!!!」


剛が薫の上に被さるように倒れた…


「剛?剛?ねぇ…ねえって…どうしたの?ねぇ…剛?ウソでしょ?冗談でしょ?剛?」


薫は目の前で起きてることに頭が付いていけない。剛は薫を見つめるが目には力がない…


「か…かお…り…」


「なに?どうしたの?ねぇ…剛?」


薫は剛が起き上がることなく、どんどん剛の体重が自分にかかってくる感覚に恐怖を覚えた…。そしてこれがどういう意味なのかを理解出来たとき…薫は壊れた。


「い~やぁー~~~~~!!!!!」


薫は絶叫した。黒崎が安藤を殴り倒したあと剛に向かって駆け寄った。


「剛~~~~~!」


黒崎は剛を薫から離して座って抱きかかえた。薫は目の前の光景が信じがたく震えて動けない。薫の手には剛の血がベッタリと付いていた…


「剛…剛…お前…しっかりしろよ!…なぁ剛…誰かぁ!救急車呼べよ!早くしろ!!」


黒崎が叫んだ。


「天…斗…わりぃ…」


「もういい…しゃべるな…黙ってろ…」


「か…お…り…」


薫は意識が飛びそうになっている。


「………」


剛…剛…逝っちゃいや…絶対死なないって言ったじゃん…俺は不死身って言ってたじゃん…何で…何でなの?私は剛が居ないと…生きていけないって言ったじゃん…なのに…なんで…



薫は小山内の方へ振り返り


「小山内…いや…清…ありがとう…あんたの気持ちは十分わかったよ…前に待たせてた返事だけど…」


そう言って薫は小山内を見つめる。


「清…どんな時でも私を守って…そして…絶対に死なないで…それと…私は…清だけを見るから…」


薫の最後の言葉は消え入りそうなほど小さかったが小山内の心にはしっかりと突き刺さった。


「かおりちゃん…ウソでしょ!?マジで!?」


小山内は目をまん丸くして言った。


「私ね…去年最愛の人を亡くしたの…その人は凄く優しくて…強くって…私のことを…愛してくれていた…でも………」


薫はしばらく黙って


「でも私の目の前で死んじゃったの…」


小山内は黙って聞いていた。


「清には全部隠さず話すよ…私ね…前にレディース総長やってて…彼も族でさ…そういうのっていっぱい敵対勢力がいるからしょっちゅう抗争が起きてさ…それで…だから…もう愛する人を失う辛さを味わいたくないの…だから誰とも関わらないように生きてきた…」


前に片桐が言ってた言葉を思い出して全てが繋がった。矢崎…薫…


「もしかしてそれがきっかけで転校してきたの?」


薫はコクッと頷いて


「そのショックからレディース抜けて全てリセットしたの…って言っても未だに仲間達とは繋がってるけどね…私はか弱い女なんかじゃないけど…そういう全てを清は理解してくれると信じてる」


「かおりちゃん…かおりちゃーーーーん!!!」


小山内は薫の心境を全て察知しギュッと抱き締めた。薫は小山内の厚くたくましい胸板に包まれ、小山内の身体に腕を回して抱きついた。薫はずっとずっと淋しかったのだ…ずっと剛の温もりに甘えたかった…もうそれは叶わない…でも…やっとあなたのことを忘れさせてくれる人が現れたかも…あなたのことはずっと私の心の奥にしまっておくよ…今はもう…この人が…その時小山内が


「大好きだよ…ハニー…」


小山内は優しく微笑んでそう言った。薫は小山内から出た言葉に驚愕した。な…なんで?なんで剛と同じセリフを…清?…もしかして…剛が…

薫は小山内を通して武田剛の幻影を見た。剛…ごめんなさい…そして…ありがとう…



時は過ぎてあの夏の暑さが嘘だったように朝晩の空気はすっかり冷たく感じるようになってきた。


「もうすぐ冬がくるなぁ…」


天斗と小山内が登校中二人で歩いている。


「そうだなぁ…今年のクリスマスは何か良いことあるかなぁ…」


小山内がボソッと言った。


「そういや…お前…最近すげぇ重森と仲良くなってねえか?」


小山内はニヤッと笑って


「そう?そう見える?」


意味ありげな言い方をして濁す。


「お前ら…まさか…付き合ってんのか?」


「んん?んー…まぁ…なんつーかなぁ…」


「何だよ!いつからだよ?」


「そうだなぁ…あれは一年半前までさかのぼる…」


「いやいや、お前が告って玉砕したのは今年に入ってからだろ!」


「黒ちゃん…かおりちゃんって…すげえ乙女だぞ!」


「フン…知るか!アイツの本性知ったらそんな事言えなくなるぞ?」


「フン!黒ちゃんこそ彼女の何を知ってそんな事を言ってるのか…」


小山内は得意気に言った。


「彼女はな…実は…とんでもない大物だったんだよ…それを今は隠して…」


こいつ…重森の過去を知ってるのか?

その時後ろから


「小山内おはよう」


薫が小山内に挨拶した。これは明らかに今までの重森とは違う…いったい何があったんだ?


「?…かおりちゃん…おはよう!」


小山内も前とは何か違う…重森に遠慮してる感が全くない…重森が小山内の隣に並んで歩きだす。チラッと重森の様子を伺う。な…なんか…こいつ…恋する乙女みたい顔してる…あり得ん!そんなのあり得ん!あんなにツンケンしてたこの怪物が…いつの間にか女になってやがる…


「かおりちゃん、修学旅行楽しみだね!」


薫はちょっとにんまりした表情をしてる。重森…いったい何を考えてそんな顔してんだ?

ちょっと気持ち悪いぞ!こ…こいつら…なんか気持ち悪い…中学生のウブな恋愛じゃないんだから…なに二人して…はにかんでんだよ…

天斗は自分と理佳子との事を棚に上げて小山内と薫のことを非難する。


「修学旅行かぁ…俺は理佳子が居ないからつまんねえなぁ…」


「黒ちゃん、ドンマイ!」


「何だよ急に上から目線で…」


「小山内、今日テストだよ?大丈夫?」


薫が小山内を心配して言った。


「はぁ~~~~~!ヤッベ…忘れてた…」


「しかたないなぁ…コッソリ教えてあげるから…これ赤取ったらまた追試だよ!」


「ありがとう~、かおりちゃん!」


マ…マジでキモい…お前ら…そういうキャラじゃ無かったよな…俺は空気を呼んで


「わりぃ…先行ってテスト勉強してくるわ」


そう言って一人足早に学校へ向かう。


「ハニー…」


二人きりになって小山内が照れながらウインクして言った。


「フフッ、清…恥ずかしいじゃん…」


薫も照れてはいるが嬉しそうに言う。薫がこれほどまで激変したのは、剛との甘い日々が恋しく、淋しかったからである。

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