第23話

理佳子がこの日に会いに来た理由を俺はまだ知らなかった。俺達は家に着き玄関を開けた。


「母さん、理佳子来たよぉ~」


母さんの声がしない…おかしいなぁ、あんなに楽しみにしてたはずなのに…そのときリビングから廊下に向かってパァーン、パァーン、パァーンと大きな火薬が破裂させたような音が響き渡り、ツーンと煙の臭いが漂ってきた。母さんがリビングからひょこっと顔を出して


「理佳ちゃんいらっしゃーい!」


と超ご機嫌な笑顔で出迎える。その手にはクラッカーを3つ手にしていた。


「母さん何だよ、このリアクションは!」


「だってぇ…母さん理佳ちゃんに会えるのが嬉しくて嬉しくて…もうあんた!早く理佳ちゃんお嫁さんにもらいなさいよ!」


「母さん、だからまだ気が早いって!」


「おばさん…」


理佳子は照れ笑いしながら言った。


「理佳ちゃん、天斗なんか放っといておばさんとデートしましょ」


「母さんはいいから、黙っててよ」


理佳子はそれを見て笑いながら


「おばさん、私もおばさん大好きです。たかと君、後でね!」


そんな冗談を言って意地悪い顔をして俺を見てる。


「理佳子なんかこの前もったいぶった感じだったけど、いったい何なの?」


「まぁいいから、たかと君ちょっとだけおばさんと二人にして」


何だよ、すげぇ意味ありげなこの状況…何か隠し事か?


「わかった…俺の居ないところで変な悪巧みはやめてくれよ?」


理佳子はニヤニヤしながら俺に手を振っている。俺は一人で自分の部屋に戻る。理佳子が完全に姿が消えたのを確認して


「おばさん、明日たかと君の誕生日じゃないですか。だからサプライズで誕生日プレゼント持ってきたんです。」


「やっぱりね、理佳ちゃんのことだからそういうことだと思ったわ。理佳ちゃんは天斗のお嫁さんには勿体ないくらいね!」


「おばさん…」


そう言って二人は笑った。


理佳子が俺の部屋に来てベッドに座った。


「たかと君…」


俺は机の椅子に座って理佳子を見た。理佳子は何も言わずに俺を見つめている。


「理佳子…」


そう言ってゆっくり立ち上がり理佳子の前に立った。理佳子も立ち上がり俺の背中に腕を回して抱きついてきた。俺も理佳子の頭と背中に手を回して優しく抱擁する。しばらく抱き合って俺は理佳子の顔を優しく右手で上げてそっとキスをする。


「理佳子…」


「たかと君…」


また二人は見つめあう…理佳子が


「そう言えば、たかと君に見せたいものがあるんだ」


「見せたいもの?」


「うん、これはおばさんも一緒にって思って」


俺は理佳子があまりにも楽しそうにしてるのを見て、それが何か期待に胸を膨らませる。


二人は階段を降りて母さんの元へ向かった。


「おばさん、今ちょっといいですか?」


母さんは理佳子にそう言われて嬉しそうに


「なーに?理佳ちゃん。」


「あのぉ…たかと君とおばさんに見てほしいなぁって思ってこれ!持ってきたんです」


そう言って理佳子がバックの中から出したものは…


「えぇ、アルバム?」


母さんがそう言って、誰の何のアルバムか興味津々に目を輝かせる。


「はい、家の中お母さんと片付けてたらすっごく懐かしい物が出てきて…実はこれ…」


そう言って理佳子が俺と母さんの方を交互に見て


「たかと君が記憶を失くした頃の写真なんですぅ~!」


え?マジか!それが俺の思い出したくない過去にタイムスリップ出来る禁断のアイテムか…


「理佳子…俺は…見るのが怖い…もしそれを見てトラウマがよみがえってしまったら…」


「フフフッ、たかと君すっごく可愛いよ」


「じゃあそこのテーブルでゆっくり見ましょ!」


母さんはリビングのテーブルの上を片付け場所を作った。そして理佳子がアルバムをテーブルの上に乗せ最初のページをめくる。最初に目に飛び込んで来たのは俺と理佳子と思われる小さい子どもが手を繋いでカメラ目線でVサインをしてる写真だった。とても仲良さそうにニッコリ笑ってる姿が幸せな時間を想わせる。


「あらぁ、やっぱり理佳ちゃん小さくて可愛らしい!」


母さんは俺より理佳子だ!ページを一枚、また一枚と、母さんと理佳子が過去を思いだしながら楽しそうにめくっていく。俺は全くついていけない…確かに理佳子の幼い頃は小さくて可愛らしい。そして次のページをめくったとき、俺の目に飛び込んで来たのは


「これ、誰?なんとなくアイツの面影が…もしかして…」


「薫だよ」


「ゲッ!やっぱり?」


俺はその幼い頃の重森を見てゾッとした…遠い遠い微かな記憶…ハッキリとは思い出せないが凄く嫌なイメージがまとわりついているような感覚…俺はこの子に…凄く怒鳴られて…んー…やっぱり思い出せない…


「ねぇ見て!透君!たかと君がすっごく恐がってて、いつも泣かされてたの」


「…確かにこの男の子にも何か随分と恐ろしい目に合わされたような…」


「天斗はかおりちゃん兄妹には随分鍛えられたねぇ~。いつもお母さーんって泣いて帰って来て。天斗は泣き虫だったから少し強くして欲しかったんだけど…急に理佳ちゃんを遠ざけちゃったからそれっきりになっちゃったもんねぇ…」


「たかと君…私あれからずっと泣いてたんだよ?薫からたかと君が凄く怒られて…それっきり、もう理佳ちゃん来ないで!って突き放されて…たかと君が言ってくれた言葉を私はずっと大切にしてきたのに…」


理佳子は何か思い出にふけっているのか少し遠くを見つめる。


「俺何て言った?」


「天斗はねぇ、いつもいつも理佳ちゃんをお嫁さんにするの!って、理佳ちゃんのことがだーい好きって言ってたのに…急に理佳ちゃんが来なくなって母さん凄く淋しかったんだよ…」


ふと理佳子を見ると少し目に涙が…


「そうだったのか…それが理佳子の思い出して欲しいことだったんだな…」


「お前と理佳ちゃんはやっぱり運命の赤い糸で繋がってたのかねぇ?随分時を経てまたこうしてお嫁さんにしたいって…」


「いやいや、俺の口からは言ってないよね?母さんが婚約しろって急かしてるだけで…」


「でも、理佳ちゃんはその気みたいだよ?ねぇ?理佳ちゃん」


理佳子は下を向いて恥ずかしそうにはにかむ。


「たかと君…まだ思い出さない?」


「んー…どうしても記憶を遠ざけようとしてるのか…恐いってイメージだけが俺の頭の中に…」


そのときまたあのフレーズが《男はどんなことがあっても女を守らなきゃならないんだよ!》俺の頭をよぎる。


「なぁ、理佳子…俺が重森に怒られた言葉って…どんなことがあっても女を守れってやつか?理佳子を守れなった俺にもっと強くなって理佳子を守れってことか?」


「うーん…そうだね…でも…私は強くなくたって優しいたかと君が何より大好きで…別に気にしなくてもいいよ」


「でも…もし理佳子の身に何かあったら…やっぱり俺はお前を自分の力で守りたい!例えどんな状況でどんなことがあっても俺がお前を守らなきゃダメな気がする…」


「ありがとう、私凄く幸せだよ。そんなに大切に思ってくれて…ずっとその気持ち忘れないでね…」


「ちょっと~、母さんも居るんだから二人の世界に入らないでくれる?」


母さんが笑いながら言って


「ごめんなさい、おばさん…なんか恥ずかしい…」


理佳子が赤面している。


「もう母さんは俺と理佳子のこと公認なんだからいいだろ?」



「母さんも理佳ちゃんが大好きなの!」


「はいはい、そうでした、そうでした…」




「清原~、そろそろ行くぞ!」


小山内が側近の清原勇樹に声をかけた。二人は小山内の家でタバコを一本吸い、それぞれバイクで仲間達の見舞いに病院に向かうところだった。バイクのエンジンをかけて小山内が先頭で走り出す。公園の横を走っているとき目の前に路駐している車があり、その車を避けて通る瞬間…車の陰からサッカーボールが転がってきた。


危ない!!!


小山内が急ブレーキをかけたそのとき、幼い子供の姿が見え、子供をかわした拍子にバランスを崩し


ガシャアーン!!!


転倒した。清原が叫ぶ!


「きよちゃ~~ん!!!」



「理佳子、ちょっと街ブラしないか?」


「うん、いいよ。おばさんちょっと出てきますね」


「理佳ちゃん、もうお義母さんでいいのよ?」


母さんは笑って言う。


「おばさん…」


「母さん、理佳子は純情なんだからあんまりからかうなよ」


そのとき俺の携帯に電話が鳴る…


「理佳子ちょっと待って、清原って小山内の連れからだわ」


「うん」


「もしもし、どうした?」


「黒崎さん!きよちゃんが!救急車で…」


清原はかなり動揺している。その声で俺は小山内がただならぬ状況に陥ってると直感した。


「どうした!何があった!」


「ヤバいよ…どうしよう…とりあえず救急車呼んで病院に運ばれたんだけど…今から俺も病院に行くんだけど…」


「清原!落ち着け!先ず何があったか話せ!いいな?」


「うん…俺ときよちゃんは高谷達の病院に見舞いに行こうと思ってバイクで向かう途中だったんだ…そしたら車の陰から急に子供が飛び出してきて…きよちゃんそれを避けてバランス崩してコケたんだ…」


「それで小山内が?」


「それはかすり傷で済んだんどけどな…」


何だよその前ぶりは…


「その後でまたバイク走らせてたら、この前、戦争の発端となった原が歩いててさ、その原が女の娘にまたちょっかい出してて…そこにちょうどヤバそうな野郎が現れて原がヤキ入れられてたんだよ…きよちゃん仲間意識強いだろ?だから止めに入ったんだよ…」


「それで返り討ちにあったのか?」


「いや、それはちゃんと丸くおさめたんだけどな…」


だから何なんだよ…今はそこまで話さなくていいだろ…こいつも小山内以上に天然なのかも知れない…


「じゃあ結局何なんだよ!早く結論を言えよ!」


「あぁ…それでちょっと寄り道して大きなスーパーで見舞いに何か買っていこうってなって、エスカレータで上ってたら俺達の前に若い女の娘がミニスカートだったからさ…きよちゃん興奮して鼻血出過ぎて出血多量に…」


「お前そこは話し盛ってるだろ!」


「バレたか?」


今そんな冗談言ってる場合じゃねえ…俺はイライラしてきた。


「それでジロジロ見てたら気付かれてな…その娘におもいっきりビンタ喰らってエスカレーターからきよちゃん転げ落ちちゃって…」


「やっぱバカなのか?」


「でも目の保養にはなったよ!」


「そ…そうな………んだ…」


ほんとはどんな色だった?とか興味はあったが…理佳子の手前、それ以上深く掘り下げて聞くことは出来ず…俺は咳払いをして


「で、小山内の容態は?」


「けっこうド派手に落ちたから流石に無事では済まないと思う…」


「わかった!その病院教えろ!」


俺は一旦電話を切った。


「なぁ、理佳子!すぐに重森に電話をしてくれ!小山内が救急車で病院に運ばれたらしいんだ!」


「うん、わかった。これから小山内君のいる病院に行くのね」


そう言って理佳子は薫に電話をかけた。


「もしもし理佳子?」


「もしもし、薫!今たかと君の家に居るんだけど電話があって、小山内君が怪我をして救急車で病院に…」


薫はそれを聞いて動揺した。小山内が…小山内は大丈夫なの?アイツ…もしアイツの身に何かあったら…薫は自分でも信じられないほど心から小山内の身の心配をしている。


「わかった…その病院教えて…すぐに…向かうから…」


薫は声を震わせながらそう言った。このとき薫の中にあるトラウマがよみがえっている。そして、理佳子がたかとと一緒に居ること、自分が小山内の話でこんなに動揺することに、一気に自分の中の色々な想いが交錯し、自分で自分の心の整理がつかなくなってその場に座りこんでしまった…そして…ここから…ゆっくり壊れていく…

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