第15話
「重森…大丈夫だけど大丈夫じゃないって…どゆこと?」
「んー…」
「小山内が送ってってくれるって言うから心配するな!」
「うん…」
「さ、どうする?」
「ごめんたかと君…私達も帰ろ?」
「え?良いのか?楽しみにしてたんじゃ?」
「大丈夫…たかと君…」
「ん?どした?」
「たかと君家行っても良い?」
「え?そりゃもちろん!ちょっと待って、母さんに電話するわ」
すぐに母に電話をかける。
「もしもし?母さん?あのさ、これから彼女家に連れてきたいんだけど」
「え!彼女!あら珍しい。いつの間にあんた彼女出来たの?」
「そんなことはいいから、これから帰るからだいたい一時間位だわ」
「はぁい、待ってるよ」
そう言って電話を切った。
「理佳子、オッケーだ!」
「うん」
二人は遊園地を出てバスに乗り自宅に戻る。
玄関のドアを開けて
「ただいまぁ」
母さんがリビングから興味津々と言わんばかりに足取り軽く出てくる。
「お帰り~!」
理佳子が
「お久しぶりです、理佳子です」
と、挨拶した。母さんがしばらく理佳子を見て考えている。
「え?理佳ちゃん?あの理佳ちゃん?えー!こんなに美人になってぇ~!あのときはまだ豆粒ぐらい小さかったのにねぇ~」
理佳子は笑いながら
「おばさんも全然お変わりなくてお綺麗です。」
と、お世辞を言った。
「あら、お世辞まで覚えちゃって」
「いえ、ほんとですよ」
俺はこの二人の会話にに全然付いていけない。
「なぁ、母さん…俺、全然理佳子との記憶無いんだけど何で?」
「えぇ!あんなによく遊んでたのに覚えて無いのかい?なんでぇ」
「なんでぇって…何かのトラウマで記憶を封印しちゃったとか?」
「トラウマ?あぁ~、あの事かねぇ…」
やっぱりみんな知ってるんだ…そして俺だけ取り残されてるのか…
「ねぇ理佳ちゃん、天斗が覚えてないなんて。しかも10年も経ってから彼女ですって連れてきてビックリだわ」
「私も高校で最初会ったときは忘れてましたから」
「そう言えばあの娘は?あのぉ~なんだっけ?忘れちゃったけど理佳ちゃんのいとこの…」
「薫です」
「あぁ!そうそう!矢崎…薫ちゃんね…」
え?矢崎?いや…重森だけど…
「はい、たかと君と同じ高校なんですよ」」
「あらそう!あと…あの娘のお兄ちゃんの…透(とおるちゃん)!あの子は元気にしてる?」
「はい、透君はトラックドライバーやってるそうです」
「そうなんだぁ、透ちゃんは美香と同級生だったよねぇ」
「そうですね。お姉さんはお元気ですか?」
「うーん、お陰様で就職して一人で気楽にやってるわ、あらやだごめんねぇ…こんなところで立ち話しちゃって、さあ中へ入って」
この井戸端会議ならぬ玄関会議が終わって俺達は家の中へ入る。リビングに入るとテーブルには既にお菓子や、ジュースが置いてありコップも並べられていた。
「さぁさぁ座ってゆっくりして」
母さんが言う。
「ありがとうございます。ご馳走になります」
理佳子はそう言ってソファーに腰をかけた。リビングは12畳でそれほど広くも無い一般的な広さだ。テーブルを囲んでL字型にソファーが置いてある。
「なぁ、母さん…俺のトラウマって何だったんだ?」
母さんは理佳子と顔を合わせて
「お前がまだ小学校上がる前にねぇ…理佳ちゃんが小学3年生ぐらいの子等に虐められたことがあってねぇ…それをお前が守ろうとしたんだけど、川辺での出来事だったから理佳ちゃんの靴を川に放り投げこまれてそれを必死に取りに行こうとしてお前川で溺れてしまったんだよぉ~」
え?マジか!そんなことあったんだ…
「その時薫ちゃんが透ちゃんを呼んできてお前は透ちゃんに助けられたんだよ」
「そうだったんだ…」
「たかと君…その時凄く小学生の子に殴られて、いっぱい泣いてたんだけどずっと私を庇って盾になってくれたの」
「じゃあ…一応俺は理佳子を助けたってことだな?」
「うん…でも…」
「でも…何だ?」
「天斗はこてんぱんにやられて理佳ちゃんを守りきれなくて、それで靴を投げられて…」
「それで俺は靴を拾いに川へ…」
「そうなんだろうね…」
「私が悪いの…買ってもらったばっかりの大事な靴だってたかと君に言ってたから…」
「そうだったのか」
「でも…それ以来たかと君は私を避けるようになって…」
「え?何で?」
「それはきっと理佳ちゃんを守りきれなかった自責の念なんじゃないかい?」
「多分…薫から言われた言葉が辛かったんじゃないかな…あの時薫…たかと君に凄くキツイこと言ったから…」
んー…どうしてもあの頃が思い出せない…そこまでショックが大きいことがあって何故覚えてない?そして理佳子の思い出して欲しいこととはなんだったんだろう…でも漠然と男はどんなことがあっても女を守りきらなくちゃならない…そんな記憶が頭の片隅にチラ付いている。
「ところで何で重森のこと矢崎って呼ぶんだ?」
「薫の家の家庭事情で名字が変わったの」
「矢崎…矢崎…矢崎…」
その名前を復唱する度に矢崎透という人物に植え付けられた恐怖心が俺の心の奥底でくすぶり始める。多分…俺はこの矢崎透という人物に…かなり酷い目に合わされてるような気がする…
「なぁ理佳子、俺の部屋に行かないか?」
「うん、じゃあおばさんちょっと失礼します」
理佳子は母さんにそう言って二人は二階に上がる。
「理佳子…今日…家に泊まって行かないか?」
「え?そりゃ私もたかと君家に泊まりたいけど…お母さんに相談しないとわかんないし…」
「じゃあ電話してみろよ。俺の母さんはあんな感じだから喜ぶだろうし」
「うーん…大丈夫かなぁ…」
「いいからほら、早く電話して」
俺は理佳子に強引に電話させる。今俺の頭の中はピンク色に染まっている。理佳子…お前が欲しいんだ。お前の全てが欲しいんだ。今日こそ俺は大人の男になりてぇ…
これは正常な若い男子の当然の生理的欲求である。そして心から想っている彼女に対してのストレートな感情で決して不純な気持ちでやりたいだけの獣では無いことを了承してもらいたい。
「あっ、もしもし?お母さん…今日ちょっとお泊まりしたいんだけど…うん、あの…黒崎天斗君の家…うん、うん…おばさんにはもう挨拶した。うん、うん、まだ言ってない…」
俺はドキドキしながら待っている。頼む、頼むぞ!何とか理佳子の母さん説得してくれ!
「うん、わかった聞いてみる」
理佳子は携帯を耳から離し
「たかと君、おばさんに聞いてみてくれる?」
「そんなの聞くまでも無いって!理佳子なら全然大丈夫だ!」
「でも、一応おばさんの許可が出たらって言ってるから…」
「わかった、すぐに聞いてくるって言っといて」
そう言って俺は転がるような勢いで階段を駆け降りる
「母さん母さん母さん!」
母さんが驚いた表情で
「なんだいそんなに慌てちゃって」
リビングから顔を出す。
「今日さ、今日さ、理佳子家に泊めてもいいかな?」
俺は興奮して言った。
「えぇ?そりゃ私は良いけど…理佳ちゃんのご両親に了承得ないとねぇ…」
「良いんだよ!母さん次第なんだってば!」
「そりゃ私は理佳ちゃんなら大歓迎だよ」
「わかった!サンキュー!」
そう言って階段下から理佳子に大声で呼び掛けた。
「理佳子ぉ~、オッケーだぞぉ~!」
理佳子はその声を聞いて母親に
「たかと君のお母さんは良いって言ってくれてるから大丈夫。うん、うん、わかった。じゃあ、はぁいバイバーイ」
そう言って電話を切った。俺はすぐに理佳子の元に戻っていた。俺は目を輝かせながら
「理佳子ぉ~やったなぁ~!」
そう言ってベッドに座っている理佳子の横に座り抱きついた。理佳子も俺に腕を絡ませる。
「たかと君…」
「ん?何だ?」
「おばさんに改めて挨拶してこなきゃ…」
「そんなの後でいいじゃん」
「ダメ!こういうのは先にしておくものなの!」
理佳子は何につけても礼儀を重んじるタイプだ。
「わかった。じゃあさっさと済ませようぜ」
そう言って二人はまた階段を降りる。二人はリビングに入っていった。母さんは鼻歌歌いながら台所に向かい晩御飯の支度をするのか、まな板には野菜が置かれトントントントンとリズミカルに包丁の音が心地よいテンポで響いている。
「おばさん?」
理佳子が母さんの背中に向かって話しかけた。
「あら、理佳ちゃん!」
母さんが振り返って理佳子に優しい笑みで返した。
「おばさん、今日は突然の訪問にも関わらずお泊まりまでさせて頂くことになってすみません。何かお手伝い出来ることはありませんか?」
「いいのいいの!理佳ちゃんはほんとに礼儀正しくて可愛いわねぇ。昔からあなたはほんと可愛らしいわ」
母さんは理佳子を凄く気に入ってるみたいだな。まぁ、理佳子ならどこに行っても可愛がられるタイプだろうけど。
「そんなこと…」
理佳子ははにかみながらそう言って
「でも、せっかくですから何かお手伝いします」
「良いのよ、理佳ちゃんはお客さんなんだからゆっくりして。今日は肉じゃがとお魚を焼くから晩御飯の支度出来たら呼ぶわね。あぁ~今日は嬉しい日だわ。理佳ちゃんに久々に会えておばさんとっても嬉しい」
母さんめちゃくちゃ上機嫌だな…
「天斗、あんた理佳ちゃんお嫁さんにもらえるようしっかり繋ぎ止めなさいよ!」
「おばさん…そんな…私なんて…」
「理佳ちゃん!お願い!天斗を宜しくね」
まさかの展開!もう理佳子がお嫁さん候補に上がってるよ!そりゃこんな良い女だったら俺もお嫁さんに欲しいけど…でもいくらなんでも気が早すぎるだろ!
「おばさん…ありがとうございます。私の方こそ宜しくお願いします」
そう言って理佳子は母さんにお辞儀をした。
母さんもニッコリ笑って頷く。
「じゃあ理佳子二階に行こうか」
「うん、おばさんそれじゃまた」
そう言って軽く会釈をして二階へ上がった。
「いや、ビックリしたよ。まさか母さんあそこまで理佳子気に入ってるとはな」
「昔もおばさんには良くしてもらったから」
「そうなのか?」
「うん、凄く可愛がってもらったの」
理佳子が昔のことを思い出してるのか、少し物思いに耽っているような、視線が少し遠くを見ている。
「そう言えば、そっちの学校ではイジメとか大丈夫か?」
「うん、今はけっこう落ち着いてるかな…」
「そっか。それなら良いけど…何かあったらすぐ電話してくれたらいいんだぞ?」
「ありがとう。たかと君がそう言ってくれるから私は大丈夫だよ」
そう言ってニコッと笑ってつぶらな綺麗な瞳で俺を見つめる。色白で小顔で、薄くて赤い唇。髪はストレートで肩ぐらいまで伸びていて、前髪は眉毛にかかるくらいに自然に垂らしたまだ幼さの残る理佳子…可愛い…俺はじっと理佳子の顔を見つめそっと俺の唇を理佳子の唇に近づける。理佳子はそれに応えて目を閉じる。もし、理佳子と結婚するとしたら…いつもこんな甘い生活が待ってるのかな…理佳子…お前のこと…俺と理佳子の唇が触れようとした瞬間、理佳子の携帯に着信…
俺と理佳子は甘い夢の中から一気に現実に引き戻された。俺はこの最悪なタイミングの着信に思わず舌打ちをしてしまった。理佳子は笑って
「ごめんね、間の悪い携帯で」
そう言って笑いながら誰からの着信か確認する。
「あっ…薫からだ…」
思わず二人は顔を見合わせた。
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