第11話

小山内が


「黒ちゃん、俺ちょっとコンビニでタバコ買ってくるわ、多分土地勘無いからすっごい迷ってしばらく戻ってこれないかも知れないけど…」


そう言ってバイクの置いてある方へ歩いてく。頭は悪いが気は利く良いやつだ。俺は小山内の背中に


「小山内、気を付けろよ!」


そう言った。小山内は振り返らず右手を大きく上げて答えた。


「あの人、いい人だね」


理佳子は言う。


「あぁ、最高の相棒だ」


俺は理佳子の手を握ったまま


「理佳子…公園でも散歩しないか?」


「うん」


月明かりが夏の夜を照らす。夏の虫の音が優しく鳴り響く静かな夜だ。

理佳子めっちゃ可愛いわ!その弱々しい声も小さい手も健気な所も全部可愛いわ!

俺達は近くの公園のブランコに二人並んで座った。ゆっくりゆっくり静かにブランコを揺らしながら


「たかと君………無理を言ってゴメンね…まさか…来てくれるなんて思って無くて…」


「理佳子、俺が来たいって言っただけだろ?お前は来てとは言ってないよ、謝ることはないさ」


「だって私が泣いちゃったから来てくれたんでしょ?私が無理させちゃったんだもん…」


「俺が悪いんだよ…お前の気持ちもっともっと理解してやるべきだったんだよな」


「たかと君………いつも優しいね…今も昔も変わらず…」


「そのさぁ…昔もってすっごい引っかかるから!」


「フフッ、わざと言ってみた(笑)」


理佳子…だいぶ落ち着いたみたいだな。自然の笑みがこぼれてる。もう大丈夫そうだ。


「………理佳子」


「ん?」


「ベンチに座らないか?」


「うん」


二人はベンチに座った。俺は右側、理佳子は左側に。俺と理佳子の間は30センチほど隙間がある。俺は少しずつジリジリと理佳子の方に寄っていった。理佳子の腰に俺の腰が密着するまで詰めた。理佳子の肩に俺は腕を回した。理佳子は緊張してるのかうつ向いたままだ。俺はこの先の行動に出ようと頑張っている…よーし!このまま理佳子の顎に俺の右手を当て、理佳子の顔を覗きこみキスをするんだ!おぉ~~~!めっちゃドキドキする~!


たかと君…もうダメ…すごくドキドキする…私の心臓の音が絶対たかと君に聞こえてる…どうしよう…このまま…たかと君の唇が迫ってきたら…私の心臓破裂しちゃうかも…あんなにいっぱい妄想してたけど…これが現実になってくると…ヤバいかも…


理佳子~、理佳子~、い…いいかな…キスに行っちゃってもいいかな…そーっと理佳子の方に俺の右手を…


来たぁ~…どうしよう…たかと君にキスを迫られる瞬間…恥ずかしい~…でも…キスしたい…


理佳子~、行くぞぉ~…

俺は理佳子の顎に右手人差し指と親指を軽く当てた。そしてゆっくりゆっくり理佳子の顔に俺の顔を…理佳子は目を閉じて俺のキスを受け入れる。俺はそーっと理佳子の唇に俺の唇を重ね合わせる。理佳子はとろけていた。それはとても甘く…優しいキスだった。唇の柔らかさを感じて理佳子は全身の力が抜けていく…ずっとずっと待っていた、夢にまで見た甘いキスに理佳子はまた歓喜の涙がこぼれた。理佳子の身体が熱くなっていく。

感じちゃう…キスだけですごく感じちゃう…たかと君…もうダメ…


理佳子…大好きだぜ…お前を大切にする…ずっとずっとだ…絶対離さない…


たかと君…私…あなたと離れたくない…ずっと傍に居たいよ…私を連れてって…もうたかと君が居ない街はいや…


二人は長いキスの中で無言の会話を続けていた。お互いこの時間が過ぎ去るのを惜しんでいる。お互い離れたくない…しかしまたこの日が終われば…この時間が終わってしまえば…

連れて帰りたい…理佳子を連れて帰りたい…

離さないで…私を連れてって…お願い…

長いキスから俺は理佳子の唇から俺の唇を離し


「理佳子…」


「………たかと君」


二人はお互い見つめ合う。理佳子の目には涙が溜まっていた。

わかってる…お前の気持ちはわかってる…俺もお前と同じ気持ちだ…

二人はこの幸せな時間が永遠に続けばという思いで見つめ続ける。理佳子の目に溜まっていた涙が一筋こぼれ落ちた。俺はそっと親指でその滴を拭ってやった。そのまま理佳子の左頬に手を当てた。そして俺の親指は理佳子の唇に触れる…お互い無言で見つめ合う。二人の間に言葉は無い。心と心で熱い会話が続く…理佳子の目から次々と涙が溢れ出て来て俺は自分の胸に理佳子の顔を優しく押し当てた。理佳子はまた泣き出してしまった。


「理佳子はほんと泣き虫だなぁ…」


「グスン…グスン…だって…だって…グスン…ヒッ…ヒッ…グスン…」


「いいさ、気の済むまで泣けよ」


理佳子はなき続けた。それから10分ほど経っただろうか…理佳子はだいぶ落ち着いたらしくそっと顔を上げ俺を見つめる…また俺と理佳子はお互いの唇を重ね合わせた。


「ありがとう…たかと君…もう…大丈夫…」


「お前ほんと可愛いやつだな」


理佳子は恥ずかしそうにはにかむ。そこで小山内のバイクの音が遠くから聞こえてきた。


「理佳子…」


「うん…もう大丈夫だよ…」


「このまま連れて帰りたいよ…」


「止めて…それ以上言われると…また辛くなるから…」


理佳子は俺の肩に頭を乗せた。


「わかった。次はちゃんデート出来るな…」


「うん…」


「もっともっとゆっくり会える…」


「うん…」


「もし、理佳子が…俺が転校する前に気持ち教えてくれたら…」


「多分…たかと君が転校しなかったらずっと想いを伝えることは出来なかったよ…」


「………そうか」


「だから…」


理佳子はしばらく沈黙する。


「だから…淋しいけどこれで良かったのかな?って…」


そうなのかな…これで良かったのかな?遠く離れて会うのは困難なのに…これで…


「たかと君…淋しいけど、きっかけが無かったら私こうして幸せな時間は訪れなかったんだもん…だから…これ以上望めないよ…」


「そか…お前は大人だな…」


「そうじゃないよ…こんなにたかと君に想われて大事にされて…満足しちゃった…」


「理佳子…」


「そろそろ戻らないと…お友達が心配するよ?」


「そ…そうだな…」


二人は立ち上がった。そして俺は歩きだそうとした時、理佳子は俺の袖を掴み…俺は振り返ってもう一度キスをした。そして二人は手を繋いで歩き出す。


「たかと君…」


理佳子が空を指差しながら言った。


「綺麗な夜空だよ」


「あぁ、凄く綺麗だな」


それはとても静かでロマンチックな夜だった。



理佳子の家に戻ると小山内はバイクに跨がったままタバコをふかしてる。


「小山内!待たせたな」


俺は小山内に手を振ってそう言った。小山内は無言で俺にニヤリとしながら指を指して来た。

お前…マジで良いやつだな…カッコいいよお前…俺もいつかお前みたいな男になりたいよ。

理佳子も


「小山内君、今日は本当にありがとうございました。お陰でたかと君とゆっくりお話しすることが出来ました。今度は薫とダブルデートですよね?」


小山内は顔をクシャクシャにして照れてる。

理佳子にも恥ずかしそうにサッと手を上げて挨拶した。


「理佳子…いつでも電話してくれ」


俺は振り返ってそう言った。


「うん…淋しくなったらすぐに電話する…多分毎日」


だいぶ明るい表情になってる。遠く離れても会えない距離じゃない。


「理佳子…いつでも会える距離だ。淋しくなったらいつでも言えよ」


「うん…もう泣かさないで…私の身体の水分全部無くなっちゃう」


「おぅ…またな!」


俺は理佳子の頭を撫でて、おでこにそっとキスした。

そして小山内の後ろに乗りヘルメットを被った。小山内が


「もう良いのか?」


「あぁ、ありがとな」


小山内もヘルメットを被りバイクのエンジンをセルを回してかける。爆音が鳴りエンジンがかかった。俺は理佳子にそっと手を振る。

理佳子も手を振りながら俺達を見送る。

いつでも会える距離…なんだ…すぐに…だから淋しくないよね。ありがとう…たかと君…



俺は時計を見た。もう日付が変わっている。小山内は帰りも高速を飛ばしている。

そういや明日…つーか今日重森の地獄の特訓が待ってんじゃねーか!俺の興奮が一気に冷めるほどの恐怖の予感がしてテンションが下がる…小山内には悪いがマンツーマンでしごかれるんだよなぁ…でも…いつまでも偽物で居るわけにもいかんよなぁ…本物を超える本物になりてぇ!この前の小山内や重森みたいにいざと言うとき守りたい者を守れる強さが無いと、もし理佳子に何かあったら俺…いや、絶対本物になろう!俺はそう決意した。

俺の家に着いて小山内は


「じゃ、またな!デートの日程は決まったの?」


「あぁ、8月第1土曜日だ」


「そっか、わかった」


「小山内…」


俺はバイクを降りて小山内をじっと見つめる。


「小山内、お前最高だよ」


小山内はヘルメットを被っていたが照れてるのがわかる。黙って親指を立てアクセルを吹かし走り去った。俺は家に入りベッドに寝転がり理佳子の唇の感触を思い出してニヤけている。



AM5:30

やっべぇー!もう朝だ!あまりにも興奮し過ぎて全く寝れなかった…しかも準備してる暇ねーし!遅刻したら絶対殺される…

俺は急いで歯を磨き顔を洗い戦闘に備え服を着替えた。今の俺の動きは熊に教われ逃げ惑う小動物のように機敏だ。たったの10分で用意を済ませ約束の集合場所のコンビニまで疾走した。待ち合わせ場所に着いたが重森の姿は見えない…俺は腕時計を見るが時間はまだ5分前だった。少し待って重森が現れた。


「おはよう…」


俺は寝不足で疲れた顔をしていたのだろう…重森が


「もしかして全然寝れなかった?」


と聞いてきた。一睡もしてないのだから当然だろう。


「うん…全く寝てない…」


「そか、今日が楽しみで興奮してたんだ」


はぁ!?んなわけないでしょ!何でこれから地獄に突き落とされるのに楽しみにしてウキウキしてくるヤツが居る?そんなの自殺志願者でもあり得ないわ!


「んなわけ…」


「あ?」


重森が恐ろしい目付きで俺を睨む。


「あ…いや…楽しみです…」


「じゃ行こか」


「行くって何処に行くの?」


「バッティングセンター」


はぁ!?何で?今日は特訓とか言ってなかった?何で二人でバッティングセンターに遊びに行くんだよ?お前とデートするほど俺は暇じゃねーんだよ…


「何しに?」


「特訓」


「特訓って…」


「動体視力、先ずは基本中の基本」


「俺、野球とかやったこと無いし」


「フンッ、バットなんか持たなくてもいいよ」


「え?じゃあどうすんの?」


「球を避ける」


は?球を避ける?どゆこと?俺は全く寝てないから頭が追い付かない…球を…避ける…バッターボックスに立って球を避ける?段々と重森の恐ろしい作戦が理解出来てきた…いやいや冗談じゃないよ…そんなの普通に打撲どころでは済まないよ…


「あのさ、あのさ…もう少し違う遊び考えてよ…」


「は?遊び?何言ってんの?死ぬ気でやれよ」


ヒイィィィ~!こわっ!めっちゃこわっ!やっぱこいつ絶対極道だ!絶対こいつの親暴力団だ!


「あ…あの…急にお腹が…」


「あ?そんなの終わってからにしろ」


すごーく冷たい目で見てる…こわっ!


「わかったら行くよ」


逆らえない…とても逆らうことはできない…

めちゃくちゃ威圧感がある…もう俺はこのバケモンの奴隷…いや下僕だ…

バッティングセンターに着いた。


「ほら、そこの真ん中に立って」


「ハイ…」


俺は恐怖で足が震える…何故俺はこんな強制約束を受けてしまったのだろう…それは強制だからだ…逆らうことの出来ない…


「大丈夫、死にやしないから」


そんな確証どこにあるってんだよ!死ぬかも知れないじゃん!当たりどころによっては死ぬかも知れないじゃん!


「さぁ早く」


俺は足がすくんでなかなか前に出られない…


「早くしろよ!」


恐っ!わ…わかりました、わかりました…やりますよ、やりますよ…俺はゆっくりバッターボックスの真ん中に立った。


「先ずは80キロから行こうか」


え?いきなり!?それはヤバいって、それはヤバいって…


「いい?痛い思いしたくなかったら死ぬ気で避けろ」


そりゃそうでしょ!そりゃ誰だって死ぬ気で避けるよ!


「ただし、ギリギリまで避けるな!」


え!?何でそんな条件付けるんだよ!そんなの無理だって!


「もし、ギリギリで避けなかったら後ろから抑えてやるからな!ギリギリ避けを連続10回成功したらクリアな」


鬼!鬼畜!人垂らし!…いやそれは何か違うか…もう俺の頭の中はパニックで何がなんだかわからなくなっている…

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