第30話 水面下
寂れた酒場の跡地で、オルガとサムルク達が集まっていた。
「このままでは埒が明かん! 今すぐにでもアナスタシア様を連れ出すべきだ!」
ダレンが野太い声を上げる。
周りのサムルクも「そうだそうだ」と同調した。
「まぁまぁ、闇雲に突っ込めばいいって問題じゃない。少し落ち着いてくれ」
いきり立つサムルク達に、オルガが両手を向ける。
「何を悠長なことを言っている! さっさとお連れすれば済むことだ!」
「そうだ、俺達は誰にも負けねぇ!」
「今こそ俺達の力を見せる時だ!」
「おうよ! 目にもの見せてやる!」
好き勝手叫ぶサムルク達に、オルガは苛立たしげに舌打ちをした。
「チッ……だから、それじゃお嬢さんが困るんだよ! いいか? 彼女は貴族だ、それも筋金入りの名家の血を引いてる、その辺の男爵令嬢とは訳が違うんだよ! この筋肉馬鹿共が!」
オルガの言葉に、サムルク達が押し黙った。
「じゃあ、どうすれば良い?」
トニマが初めて声を出した。
「やっと、脳みそのある男が出て来たか」
「……今のは許してやる、だが二度目はないぞ?」
トニマが凄んで見せたが、オルガはふんと鼻で笑う。
「その元気は後に取っておけ、いいか? 俺も、お前達も、目的は同じだ。俺はお前達よりも頭が良い、お前達は俺より腕っ節が強い……。なら、どうすればいいか、わかるな?」
「どうするんだ?」
ダレンの間の抜けた声に、皆がガクッと体勢を崩した。
トニマが頭を掻きながら、
「はぁ……ダレン、お前は黙ってろ」と、ダレンを下がらせる。
「……す、すまん」
「オルガ、だったな? 言いたいことはわかった。これよりサムルク30名はお前に従う、見事アナスタシア様を救って見せろ」
「……わかった、任せておけ」
トニマは「わかったな!」と全員に檄を飛ばす。
懐から取り出した煙草に火を点け、ゆっくりと煙を吐いた。
「報酬はいらん、だが……失敗した時は、俺がお前を殺す――、必ずだ」
くわえ煙草で笑みを浮かべ、手を差し出した。
オルガはフンと鼻で笑い、その手を力強く握り返す。
「脳みそがあるのは俺だけだったな」
§
スロキアを通じて、オルガにアナスタシアから密書が届けられた。
そこには、カイルがフォルトゥナ商会を狙っていると書かれており、オルガにサムルク達を使って、しばらく身を隠すように指示が書き記されていた。
「なるほど、軟禁状態というわけか……」
自室で文を眺めながら、オルガは考えを巡らせていた。
アナスタシアを連れ出すだけなら、難しい話ではない……。
サムルク達を突っ込ませればいいだけだ。
しかし、彼女の目的は完全な自立だったはず。
遠い異国にこそこそと隠れ住むような真似ではないだろう。
どうすれば、ヴィノクールから離れることができるのか……。
ある程度、資金はある。
贅沢さえしなければ、これを種銭として何とか回していけるだろう。
だが、金だけじゃなく、アナスタシアの自立を認めさせる力が必要だ。
ヴィノクールの当主となったカイルが、おいそれと口出しできないような存在……。
現実味があるのは……アンダーウッド伯爵家か。
アキム卿には見劣りしたが、カイル相手なら、旧貴族派を含めた周囲からの支持も、ノーマン卿に軍配が上がるはずだ。
問題はノーマン卿を説得できるかどうか……。
イネッサ嬢が協力してくれるのは間違いないだろう。
しかし、アンダーウッド家に依存する形になるのは本末転倒な気も……。
と、その時、誰かが扉を叩く音が聞こえた。
「……?」
オルガはカーテンの隙間から、そっと窓から外をのぞき見た。
「……カ、カイ⁉」
窓を見上げたカイが、笑顔で手を振っていた。
後ろには黒いローブを被ったままの男が二人いる。
「なんであいつがここに……」
ひとまず、オルガはカイを家に上がらせることにした。
「突然押しかけちゃって悪いね」
「いや、構わんが……」
オルガはお茶をテーブルに置き、
「それより、いったいどうやってここを?」とカイに尋ねた。
カイはお茶を手に取り「ありがとう」と、礼を言う。
「まあ、それはおいおい話すとして……なかなか良い部屋だね」
部屋の中を見渡し、お茶に口を付けた。
「あいつらは何だ?」
表にはカイが連れてきた二人の男が立っている。
立ち振る舞いや、帯刀した高価そうな剣からして、ただの用心棒ではなさそうだ。
「ああ、僕の護衛だから気にしないで」
「護衛?」
「もうちょっと秘密にしておこうと思ったんだけどね……事情が変わった」
いつもの飄々とした雰囲気はない。
初めて会った時から、カイは変わった男だと思っていた。
それは商人特有の、物怖じの無さから来るものだとオルガは考えていた。
「……事情?」
「オルガ、僕はね……どうしても、皇帝にならなければならないんだ」
「お、おいおい……冗談はやめてくれ、悪いが今は遊んでやれるほど暇じゃない」
「これを見ても、冗談だと思うかな?」
カイはポケットから銀の懐中時計を取り出し、オルガに差し出した。
「ん? 時計……は、はああああぁっ⁉ な、な……嘘だろ⁉」
皇族以外、身につけることを許されない紋章。
大剣を抱く双頭の獅子に竜の翼……。
カイの懐中時計には、たしかにその紋章が彫られていた。
「こ、皇族⁉ お、おま……いや、あなたが⁉」
さすがのオルガでも、皇族を前に冷静ではいられなかった。
「二人の時は、お前でも何でも好きに呼んでくれ」
クスッと笑った後、カイが姿勢を正す。
「改めて自己紹介をしよう――僕の名はアレン・グレイリノ。グレイリノ皇国の第二位帝位継承権を持つ皇太子だ」
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