第9話 「レインのおしカリ」

 僕がアジ・フライの背で目を覚ますと、目の前では教会で出会ったミーシャという名の少女と誰かが話していた。

 その相手はよく見ると、同じ街のギルドカップの仲間で冒険者ソーサーでもあるマインド・ジンブレイズという男であった。


 彼は仲間内からはマインという愛称で呼ばれ、彼の高い行動力と面倒見が良い性格から、みんなから頼りにされる存在であった。


 ……どうやら僕は、いつに間にか、アジ・フライの背の上で完全に意識を失ってしまったようだ。

 だがその間に、ミーシャのテレポートの副作用で混濁状態になっていた記憶はしっかりと思い出すことができていた。


 (マインがいるって事は、ここは既にソーサーズランドの中かな……)


 とりあえず僕はアジ・フライに頼んで、彼の背中から降ろしてもらおうとした。いつまでも赤子のように、アジの背中でおんぶされてるわけにはいかない。


 僕は彼の鎧と同様にボロボロの兜の後ろからアジに声をかけようとした。



 しかしその直前、マインの取った傍から見れば一見何でも無いような行動の真意に、僕は気づいてしまった。


 (あいつ……! ミーシャに零具ギアを使おうとしている……)


 マインは少し腰を屈めミーシャの手錠に触れると、彼女に対し優しい顔で優しい言葉をかけていた。


見るものに安心を与えるその笑顔は偽物で、マインのギア発動の為の行程に必要な儀式だった。

 僕はそれを見るととっさに制止をかけた。


「やめろ!!!」


零具ギアの発動を中断させるために大声で叫ぶと、ミーシャがこっちを振り向いた。その顔はどこかほっとしている様子にも見える。


「レイン!」


「マインに返事をするな。心を読まれるぞ」


「えっ……」


 僕が叫んだのはマインへ返事をかえさせないためでもあったのだ。僕にきづいたマインがこっちを見た。


「へへへへ、レインじゃんっ いたんだ!!」


「……いたよ」


 マインの方を見ると奴の口元が緩みまくっていた。何故だか彼はとっても嬉しそうだった。まるで悪戯が見つかった子供のようだ。


 僕はアジの背から降りるとマインの前まで来た。マインは立ち上がるとレインと顔を合わせるように互いに向き合った。


「悪いんだけど、今さ、この可愛い女の子とおしゃべりしてる最中なんだよな。 ……話ならあとにしてくれないか? レイン」


 にこっとした無邪気な笑みのマインに向かって僕はむすっとした無表情を返すとそのまま淡々と話した。


「マインは可愛い女の子と話すときに、いちいち眼界読摩theサイト零具ギアを使って相手の心を読みながら話すのか?」


 僕はマインの服の左袖をつかむと肘まで一気に捲り上げた。するとマインの左手首には藍色の石がついたブレスレットが身につけられていた。


 そしてその石は微かに光を放っていた。それはテレスギアを発動するときに生じる光、赫星カクセイの一種だ。


「…………」


「………………」


 すると沈黙を破って、マインは観念したかのように全身の力を抜いてどっしゃりと地面に腰を下ろした。


「あ~あっ やめだやめ! あーあ」


 そして力を使っていないことを証明するように、ブレスレットを腕から外した。


「この女は余所者だろ。情報を取るのに、なんの躊躇も要らないんじゃないのか?……まさか!お前の女だったなんてこ……ごふうッ」


 僕はマインを軽ーく小突いた。


「適当にお前の女とか言うのやめろよ……可哀そうだろ」


(レイン…… 私を気づかってくれて)


「レイン、私は別に気にしてないよっ」


「俺が!」


「ええ?????」


 てっきり僕が気配り的なものをしてくれたと思っていた彼女だが、「俺が!」という言葉を聞くと驚いて目を大きくさせていた。


「えっと、聞き間違いだよね…………なんでレインが可哀そうになるの?」


「ふっ そんなわけない お前みたいなのと一緒にされる僕が一番可哀そうだ」


「は、はは、鼻で笑ったなぁぁ!!!」


「いやいや! 突っ込むところはそこじゃねえよ」


 ついマインがミーシャのずれた怒りのポイントに適切なツッコミを入れていた。

 

 怒りの静まらないミーシャは両手を無様にも振り回して攻撃してきたので僕はそれを華麗にかわし続けたが、そうしている内に体力のない彼女はへばって座り込んでしまった。


「ははは おもしろいなぁ……で、結局さ、彼女は何者なんだ? 」


「え? 」


「え? いや、庇ったからには何か理由があるんだろ」


 ……そういえば、どうしてこんな事をしたのだろう。別にミーシャが過去に見た記憶をマインに覗かれたって構わないじゃないか。

 正直言うと、僕はよく考えずにマインの読心を邪魔したのであった。


 けれど今更遅い。なのでミーシャをかばった理由を僕は不自然に思われないよう取り繕うことにした。


「ミーシャには、 ――……借りがあるんだ」


「借りだって?」


「戦闘で負傷したとき、左腕を治してもらったんだ。おかげで命が救われた」


 実際に間違ってはない。

 森で人攫いと戦ったとき、ミーシャに腕を治癒系零具ギアで治してもらわなければ、僕は人攫いに敗れていたかもしれない。そして殺されていたかもしれないのだ。


 しかし実は僕は、そこまでミーシャに借りがあるとは思っていなかった。あの時のお互いの貸し借りはとりあえず清算されてると僕は思っていたのだ。


 だからといって人攫いにミーシャが攫われそうになったときに、僕が人攫いに彼女を引き渡そうしたことは彼女をとても怖がらせただろう。


 そしてきっとこれから彼女の顔を見るたびに、僕がした事を思い出してしまうだろうな、と思っていた。


「違うよっ 私がレインに……」


 地面にいたミーシャは立ち上がってマインに説明を続けようとしたので僕は右手を真横に突き出し制止した。それは彼女の口元を塞ぎそこから出てくる余計な言葉を言わせないためだった。

 彼女が話すとまた話がややこしくなってしまう。


 ミーシャの言いたいことは分かるけど今は黙っていてくれ。僕はそう思いながら彼女の瞳を見た。


「街にいる間、彼女のことは僕が責任を持つよ だからもう零具ギアはいいだろ」


「まあ……、そういう事にしといてやるか ニシッ」


 にっと、彼はいたずらっ気のある笑みをみせて答えた。


 すると、僕は突然何かに引っ張られたような気がして振り返った。それは様子を見ていたミーシャが僕の服の裾を引っ張ったのだった。


「レイン。ちゃんと説明してよ」


「……マインは他人の過去の記憶を零具ギアで覗くことができる。そして思考も少し読み取れる。だから他所から来た怪しいと思った奴がいたら、マインが零具ギアを使えば一発で、そいつが危険かそうでないか分かってしまうのさ」


「そうだったんだ……」


 ミーシャはそんな能力の零具ギアは聞いた事が無かったので、レインからマインに心が読まれると言われたときも、まさか本当に人の心が読み取れるとは思っていなかった。

 なので事実だと分かったときは驚いたが、それよりもその力が怖いという気持ちの方が心に強く出ていた。


 マインはそのとき、零具ギアを使った訳ではないが、何となくミーシャが自分の力を恐れて不気味がっていることを僅かな表情から察した。


「ええと、ミーシャちゃんだよね。さっきは怖がらせちゃってごめんな」


 マインはにやっと笑いながらミーシャにそう言った。


「はい でも、マインさんもお仕事だと思うので……もう大丈夫ですっ」


 最初、少し考えていたようだったがミーシャはいつものようなキラキラした表情で返答をかえした。


「おお」


マインは僕の耳元で囁いた。


「ミーシャちゃん超いいね?」


はぁ……。

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