第5話

「よくあんたこんな時間に走ろうと思うよね」


「なんていうか、背に腹は変えられない的な?」


「下っ腹的な意味で? なんかうまいようで全然うまくないよ」




 実際に霞に確認してもらう為に私達は夜再び集合した。土下座男がいなくなってくれれば万々歳なのだが、もし無理そうなら仕方がない。その時は泣く泣くだがコースを変えるしかない。




「出来れば見たくないけどな」


「すまぬ。今度マリトッツォーネ奢るからさ」


「ん? マリトッツオじゃなくて?」


「カルツォーネの中身が生クリーム版のやつだよ」


「何かわからんけど興味あるから一回食わせろ」




 やはり二人で歩いていると心強い。そう思いながら歩いていると間もなくして祈里神社にたどり着いた。




 ーーいた。




「いる、ね」


「そもそも再確認なんだけど、あれってどっち?」


「幽霊、だね」




 霞のお墨付きが出た。それにしても霞の様子が少しおかしい気がする。


 震えている?


 幽霊が見えるからと言って得意ではないと言っていたことはあるが、彼女が怯えたり怖がったりしている所を今まで一度も見たことがなかった。




「近く行ってみる?」


「……うん」




 明らかに霞は躊躇っていた。それでも彼女は社をくぐってくれた。静かに静かに私達は男に近づいていった。




「ダメ」




 ふいに霞が独り言のように呟いた。


 えっと思った瞬間言葉の意味を理解した。


 気付けば男の顔がこちらを見ていた。あの時と同じ狂気にも満ちた笑顔で。




「……さい、……さい」




 男が何かを言っている。でも私にはやはり聞き取れなかった。


 でも一つ確信出来たことがあった。




「霞、あいつーー」


「出るよ」




 遮るように霞が私の腕をぐっと捕まえ、社の外に向かって走り出した。突然の事で驚く私を容赦なく彼女は引っ張った。そして私はしばらく彼女に引っ張られたまま走り続けた。




「ね、もう離してもらっていいかな?」


「あ、ごめん」




 息が切れ立ち止まったタイミングでようやく私は彼女に話しかけた。




「霞、あれ違うよね」




 霞は頷いた。




「じゃあ、あれ何?」




 分かった事で分からなくなった事もあった。


 ただ一つ分かった事。あれは間ではない。恐ろしい形相ではあったが、記事に載っていた間のものとは似ても似つかないものだった。




「……あんなの、無理」




 霞は心底怯えているようだった。こんな彼女を見たのは初めてだった。




「あいつが何て言ってたと思う?」




 私は首を振った。


 霞には私が聞き取れなかったあの男の言葉が聞こえていたようだ。




「殺してください殺してください同じように巻き込んでください、って」


「……何それ?」




 ”殺してください”という直接的なものは分かりやすいが、”同じように巻き込んでください”とはどういう事だ? それが彼の祈りだったというのか?




「どういう、意味なんだろ」


「意味なんてどうでもいい。そんな事願うやつなんていくらでもいる」




 霞の声はいまだ恐怖で震えていた。




「問題はそこじゃないの」




 私は彼女の言っている意味が分からなかった。




「祈るだけで人は死なないの。そんな事されたらとっくに人類何て絶滅してる。あいつがどれだけ祈ったって、それだけじゃこんな事は起きないの」




 まだ意味が理解しきれなかった。でも、彼女がこれから口にする言葉がとてつもなく恐ろしいものであることはなんとなく分かった。




「祈りが通じて、誰かがそれを叶えるから、祈りは現実になるの」




 しばらく私の中で時が止まった。彼女が異常なまでに恐怖している理由がようやく理解出来た。




「それって、まさか……」


「信じたくない。あのお堂に何かあるのか。そもそもそうなのか、それともどこかで変わってしまったのか、何も分からない。でも、普通叶えられるはずのないようなこんな祈りを、叶える奴がいるという事だけは分かった。こんなの、どうしようもないよ……」




 霞じゃ無理だ。というより、それならもう、人間には無理じゃないか。




「霞、ごめんね」




 私たちは力なく歩き始めた。

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